第11話

7月31日。7時15分。

 創護社地下一階、記憶保存課。

 僕は今日のノルマ200冊をこなす為にひたすら本を速読している。

 あー、昨日の疲れが取れない。それ程難しい任務だったって事だ。

 5冊目を読み終え、6冊目の本を開く。

 7時から作業を始めたから一冊3分ペース。身体には疲労が溜まっているのに集中力は普段より冴えている。

 これなら昼までに100冊が行けそうだ。頑張らないと。


 12時。南エリアの丘にベンチに座って、西条さんが来るのを待っていた。

 町は明日から始まる想蘇祭の準備の佳境に入っている。

 西条さんが渡したいものがあるからと連絡が来たのだ。何を渡してくれるのだろう。

 あー100冊を覚えるのはかなりしんどいものがあるな。あと100冊は17時以降に覚えよう。根をつめてもいい事はない。

 それにこのあと莉乃姉のアトリエに行かないといけない。何をするかは教えられていないけど、ご飯は食べてくるなと連絡が来ていたから、お腹には何も入れていない。だから、お腹が減って仕方が無い。

「遅くなってごめん」

 後方から男性の声が聞こえる。

 僕は振り向き、誰かを確かめる。

 声の主は西条さんだった。西条さんは何かが入った紙袋を手に持っている。

「いえいえ。おはようございます」 

 僕はベンチから立ち上がり、西条さんに頭を下げた。

「おはよう」

 西条さんはベンチに座った。

 僕もベンチに座る。

「あのーそれはなんですか?」

 僕は西条さんが持っている紙袋に視線を送る。

「これかい。これが君に渡すものだよ。きっと、君の役に立つと思う。だから、受け取ってくれないか」と、西条さんは紙袋を渡して来た。

「あ、ありがとうございます」

 僕は紙袋を受け取る。

「どう致しまして」

「中を見てもいいですか?」

「あぁ。どうぞ」

 僕は紙袋を開けて、中に入っているノート5冊とファイル5冊を取り出す。そして、ノートをペラペラと捲っていく。

「あの、これって。もしかして、西条さんが作った作品のプロットや設定資料ですか?」

「そうだよ」

「い、いいんですか。こんな貴重な物をもらって」

 ファンなら喉から手が出る程のものだそ。そんなものを僕がもらっていいのか。

「あぁ、私にはもう必要ないからね」

「……必要ない?」

 どう言う事だ。まるで、もう書かないような言い方だ。

「もう過去の物だから。作家は新しいものを生み出さないといけないんだよ」

「……そうですか」

 本当にそうなのだろうか。

「そうだ。長編小説を書き上げるコツを教えてあげよう」

「そ、そんなものがあるんですか」

 コツがあるなら聞きたい。

「あぁ。私以外の人もやっている方法だと思うんだけどね」

「どんなコツなんですか?」

「徐々に書き上げていく方法なんだけど。まずプロットを作る。その後、プロットをもとに台詞だけを書く。そして、その台詞の前後に情景描写や心理描写を足していく。そうすると、いつの間にか長編小説が完成するんだよ」

「一気に書くんじゃなくて絵の下書きを書いてから、清書して、色を塗ったりするみたいな感じですか?」

 今までは一筆書きで仕上げようとしていたんだ。そりゃ、書き切るのが難しいわけだ。終わりが見えないのに一筆で書き切るなんて無謀でしかないよな。

「その通りだよ」

「なるほど。それなら書けそうな感じがします」

「だろ。私はこの方法で作品を書いて賞を取ってプロになったんだよ」

「そうなんですか。このコツを使わせてもらいます」

 この足していく書き方は僕にあっているかもしれない。試してみよう。

「どうぞ」

「頑張ります」

「それじゃ、私はこれから用事があるから失礼するよ」

「は、はい」

「書き上げなよ」

 西条さんはベンチから立ち上がって、僕の背中を優しく叩いた。

「はい。書き上げます」

 僕はベンチから立ち上がった。

「じゃあ、また」

「はい。また会いましょう」

 西条さんは去っていく。

 なんていい人なんだ。僕はあんなふうな大人になりたい。相手を気遣える人に。

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