第9話

19時10分。

 僕らは実像化した透明マントを被って、レプリオの店内に潜入していた。

 店が閉店時間を過ぎている為、照明が点いていないせいで真っ暗だ。どこに何があるか分からない。

「地下に続く入り口はどこ?」

 姿は見えないが隣に居るであろう莉乃姉は小声で言った。

「どこかに絶対あるはず」

 店の裏口のドアが開く音が聞こえた。

 僕らは息を潜める。

 突然、照明が点き、店内を照らす。店で販売されている商品がよく見える。誰が買うか分からない独房のドアや赤い電話ボックスなど一風変わった物ばかりが売られている。赤い電話ボックスに関しては2個並んでいる。普通の人なら訪れない店な気がする。

「本当に人使いが荒いな。丹波さんは」

 柄シャツを着たスキンヘッドのいかにもチンピラな男が裏口の方から愚痴を吐きながら現れた。

 こ、この男なら地下に繋がる入り口を知っているはず。

 どうする。襲って、地下へ行く方法を吐かせるか。いや、それをして、失敗した場合色々と面倒な事になる。だから、得策じゃない。

 ……様子を見た方がいい。

 他の三人は何もしようとしてない。と言う事は、様子を見るってことだな。

 スキンヘッドの男は左側の電話ボックスのドアを開けて、中に入った。ドアは開けたままだ。

 もしかして、その電話ボックスが地下に繋がるエレベーターになるのか。

「えっと、179573241と」

 スキンヘッドの男はズボンのポケットから紙切れを取り出して、その紙切れに書かれているであろう数字を言いながら、公衆電話のボタンを押している。

 ドドドと、何か開く音が聞こえる。

「何回押しても覚えられねぇや。これ」

 スキンヘッドの男は左側の電話ボックスから出て、右側の電話ボックスに入った。

 そして、突然姿を消した。

 あ、あの電話ボックスに何かあるのか。

 僕は右側の電話ボックスの方へ駆け寄る。

「なんだ。この柔らかい感触は」

 何か柔らかいものに当たった気がする。

「きゃぁぁぁ」

 麗の叫び声が聞こえる。

 も、もしかして、当たったのって。いや、そうなのか。

「だ、誰だ。誰か居るのか」

 スキンヘッドの男が電話ボックスから出て来た。

 や、やばい。ばれるかもしれない。

 僕はスキンヘッドの男に当たらないように避ける。

「き、気のせいか。気味悪りな」

 スキンヘッドの男は気味が悪そうな顔をしている。

「あ、電気消さねぇとな。懐中電灯、懐中電灯と」

 スキンヘッドの男は柄シャツのポケットから小型の懐中電灯を取り出して、明かりを灯りを点けた。その後、ズボンのポケットから小型のリモコンを取り出して、店の照明を消した。

 店内が真っ暗になり、スキンヘッドの男が持っている懐中電灯が照らしているところだけが

見える。 

 スキンヘッドの男は電話ボックスの中へ入って行く。そして、姿が消えていく。

 た、助かった。

 ドドドと、何かが閉める音が聞こえる。

 もしかして、入り口が閉まったのか。

「全員居るな」

 丈一さんが小さな声で言う。

「居ますわ。お兄様」

「居るわよ」

「僕も居ます」

「よし。透明マントを一度外して、懐中電灯で顔を照らせ」

 丈一さんの顔がいきなり暗闇の中に現れた。

 ほ、ホラーだ。いや、懐中電灯で照らされているだけ。で、でも、急過ぎて心臓にダメージーが。

「ホ、ホラーよ。もう少し気を遣いなさいよ」

「そ、そうですよ。お兄様」

 莉乃姉と麗の顔も懐中電灯で照らされ、現れた。

 な、慣れてきた。

 僕も透明マントを外して、ズボンのポケットから懐中電灯を取り出して、スイッチをONにして、自分の顔を照らす。

「ぼ、僕も驚きましたよ」

「巌谷。貴方、私の胸を触ったでしょ」

「当たっただけだ」 

 や、やはり、あれは胸だったのか。でも、あれは僕が悪いわけじゃない。両方悪い。

「当たったは触った一緒なんです」

 麗は小声で怒ってくる。

「いや、それは違うだろ」

 僕も声のボリュームを小さくして言い返す。

「違う事ないです」

「2人ともそこまでにしておけ。スキンヘッドの男にばれるぞ」

 丈一さんが僕らに注意した。

「すみません。お兄様」

「申し訳ないです。丈一さん」

 言い争っている時間が勿体無い。なんて、僕は愚かな事をしていたんだ。

「あぁ。分かればいい」

「それでどうするの。こっち側の電話ボックスが地下に繋がるのは分かってるんだし」

「そうだね。でも、地下に繋がる入り口が開くパスワードが」

「そうですわ。あんな番号一度で覚えられないです」

 丈一さんと麗は落ち込んでいるように見える。

「それなら大丈夫よ」

 莉乃姉は何の心配もありませんよと言わんばかりの自信満々の顔で言った。

「も、もしかして、未明さんはあの一瞬で覚えたのか」

「す、凄いです」

 丈一さんと麗は驚きの顔を隠せていない。

「私じゃないよ。賢ちゃん、覚えてるでしょ」

「うん。覚えてるよ。でも、莉乃姉が自信満々に言うのはおかしいよ」

「いいじゃん。賢ちゃんの手柄は私のもの。私の手柄は賢ちゃんのものなんだから」

「まぁ、コンビとしてはね」

 一応、コンビとしてだったら正しいかもしれないけど。

「そうか。君がね。本当か信じがたいが」

「そうですね」

 おいおい、莉乃姉の時と反応が違うじゃん。まぁ、いいや。目の前で覚えているところを見せたら、ある程度は認めてくれるだろう。

「あんた達ね」

 莉乃姉の機嫌が悪くなっている気がする。

「いいよ。莉乃姉。お願いがあるんだけどいい」

「お願い。何?」

 莉乃姉は嬉しそうに聞いてくる。

 ふ、普通のお願いだよ。何もそんな感じになることはないと思うけど。

「僕が数字を入力するから懐中電灯でダイヤルボタンを照らしてほしいんだ」

「うん。りょーかい」

 莉乃姉は丈一さんと話している時より、声のトーンが高い気がする。気のせいかもしれないけど。

「丈一さんと麗はそっちの電話ボックスの中を見ていてください」

「命令されるのは癪だが仕方ないな」

「お兄様が仕方ないならわたくしも仕方ないです」

 丈一さんと麗はもう片方の電話ボックスの方へ向かう。

「お、お願いします」

 面倒な2人だな。素直に聞いてくれたらいいのに。

 僕と莉乃姉は目の前の電話ボックスに入る。

 ち、近いな。そ、それにむ、胸が背中に当たってる。あー緊張する。さすがに幼馴染でも好きな人がこの距離で居るのは照れてしまう。

「じゃあ、照らすよ」

「お、お願いします」

 声が上擦ってしまった。き、緊張しているのがもろバレだ。

「う、うん」

 莉乃姉は懐中電灯でダイヤルボタンを照らした。

「179573241だったよな」

 僕はスキンヘッドが呟いていた数字のボタンを押した。すると、ドドドと何か開く音が聞こえた。

「床が開いて階段が」

「凄いです」

 錦木兄弟は驚いているようだ。

「でかしたぞ。賢ちゃん」 

 莉乃姉は後ろから抱きついて来た。

「止めろよ。それに胸が当たってる」

 いつも思うがスキンシップが激しい。欧米人か。錦木兄弟には暗くてあまり見えていないと思うがちゃんと見えていたら恋人と勘違いされるぞ。僕はいいけど、莉乃姉は困るだろう。

「ご褒美よ。ご褒美」

 莉乃姉は耳元でセクシーな声で囁いてくる。

「やめろ。地下に早く降りるぞ」

「えー」

「えーじゃない」

 僕と莉乃姉はもう片方の電話ボックスの方へ行く。

「君のことを少しは認めよう」

「わたくしもちょびっとだけ認めます」

「そりゃ、どうもです」

「それじゃ、地下へ降りよう。俺が先頭で麗・未明さん・巌谷の順で進む。透明マントは被ってくれ」

「了解」と僕と莉乃姉と麗は答えて、透明マントを被った。

「よし、行くぞ」

 丈一さんも透明マントを被った。そして、電話ボックスの床が開いて露わになった階段を降りていく。

 みんな足元に懐中電灯を当てている。だから、足元の階段がしっかりと見える。

 ある程度、進むと階段の下から灯りが見えてきた。

「懐中電灯の明かりを消して降りるぞ」

 丈一さんの指示が聞こえる。

 僕ら三人は懐中電灯を灯りを消した。

 一番前で灯っていた明かりも消えた。それは丈一さんが懐中電灯の灯りを消したって事だ。

「行くぞ」

 僕達は転けてしまわないように階段を降りる。

 階段を降り終え、通路に出た。目の前の通路の先には大きな扉がある。その扉の両側には

黒いスーツを着て、サングラスを掛けた男が立っている。

 あそこはきっと、オークション会場だろう。

 右側の通路の先にも扉がある。扉の前には誰も居ない。左側の通路も他の通路と同じで扉がある。扉の前にはタンクトップ姿の大柄の男が立っている。

 あっちには何かがありそうだ。

「左側の方へ行くぞ」

 丈一さんが僕らにだけ聞こえる声で指示を出す。

「了解」

 僕ら三人は同じぐらいの声で返事をする。

 僕らは左側の通路を進んでいく。

 タンクトップ姿の男の前に着いた。これからどうするんだろう。

 扉が開いた。部屋の中からグレーのスーツを着た男が出て来た。

 グレーのスーツを着た男は腰に付けている大量の鍵が掛かっているキーチェーンを外して、その中から一つの鍵を選んで、鍵穴に差して、扉を閉めた。

「出品物の確認は完了した。あとは頼んだぞ」

 グレーのスーツを着た男は大量の鍵が掛かっているキーチェーンをタンクトップ姿の男に手渡した。

「わかりました」

 グレーのスーツを着た男は大きめの扉がある通路へ向かって行った。

 丈一さんが動かないと、何もできないな。タンクトップ姿の男が目の前に居るから、声は出せないし。

「ゆ、幽霊」

 タンクトップ姿の男は子供のような弱弱しい声を出してから、その場で倒れた。どうやら、気絶しているみたいだ。

 丈一さんがやったのか?いや、やったんだろう。

「巌谷、鍵を拾って扉を開けてくれ。君なら、どの鍵で開けたか分かるだろ」

 丈一さんの声が聞こえる。

「了解です」

 僕は丈一さんの指示通り、落ちているキーチェーンを拾う。その後、その中からグレースーツの男が使った鍵を選び、扉の鍵穴に差して、回す。

 カチャっと、施錠が解除された音が聞こえた。

 僕は取っ手を回して、扉を開く。

「開きました」

「よし、入るぞ」

 僕ら四人は部屋の中に入った。部屋の中には大量の美術品や書物などが保管されている。

「みんな居るか」

「居ますわ」

「居るわよ」

「僕も居ますので扉を閉めます」

 僕は扉を閉めて、施錠をした。

 丈一さんは透明マントを外して、「みんなも透明マントを外して、作山夏雪氏の新作データを

探してくれ。あのタンクトップの男が倒れているのがばれるまでにここから出るぞ」と言った。

 僕ら三人は透明マントを外して「了解」と返事をする。

 僕ら四人は部屋の中にあるオークションの出品物の中にあるはずの作山夏雪氏の新作データーを探し始める。

 時間の勝負だよな。出来るだけ早く見つけて、ここから脱出しないと。

 この大量の出品物を片っ端からしらみつぶしに探すのは時間が掛かるから得策じゃない。

 データが保存できるものは限られてくる。それも文章データだ。だとすると、CD、USBメモリーかのどちらか。

 CDかUSBメモリーが入りそうな入れ物を探せばいいな。

 僕は周りを見渡して、部屋の中を記憶する。入りそうな箱が5つある。この中のどれかに入ってそうだ。

 僕は箱を調べていく。一個目の箱は高そうなティアラ。二個目の箱にはルビーの指輪。三個目の箱にはファンタジー作品のフィギュア。4つ目の箱には高級そうな栞。

 最後の箱の前に着いた。この部屋にはこの箱以外調べていない箱は無い。

 僕は箱を開けた。箱の中には「N・S」と書かれたシールが貼られたUSBメモリーが入っていた。

「み、みぃ」

 見つけたと大声で叫びそうになった。でも、ここは敵が大勢居るはず。ばれてしまったら面倒な事になってしまう。

 僕はUSBメモリーを箱の中から取り出して、箱を閉めた。

 ドアの施錠が解除される音が聞こえた。

 もうばれたのか。やばい。逃げらないぞ。

 僕は丈一さんの方を見る。

 丈一さんは透明マントを被った。やり過ごすって事だな。

 僕ら三人も透明マントを被った。

 僕は手に入れたUSBメモリーを羽織っているジャケットの胸ポケットに入れた。

 ドアが開いた。そして、金髪のベリーショートの目つきが悪い男とその手下と思われる男達が入って来た。

 あの金髪の男、丹波伴か。ここで出くわしてしまうとは。

「侵入者が居るとすればこの部屋だな。お前ら、出品物を全部外に出せ」

「了解」

 手下の男達が出品物を全部、部屋の外に出していく。

「これで何をしても大丈夫だな。ガソリンを巻け。俺が火をつける」

 ここを燃やす気か。正気なのか。

「いいんですか」

 手下の男が訊ねる。

「あぁ。ここはもう使えないからな。処分する。それに今回のオークションはリモートだったろ」

「はい。その通りです」

「じゃあ、いいじゃねぇか。オークション会場を変更する事になり、時間を変更するって参加者に連絡しろ」

「はい。何時頃がいいですか?」

「そうだな。22時で」

「了解」

 手下の男達がガソリンを部屋中に捲いていく。

 ガソリンの匂いが部屋中に漂っている。

「ネズミは駆除しないとな」

 丹波はズボンのポケットからジッポを取り出して、蓋を開けて、床に投げた。

 火がガソリンに引火していく。部屋は瞬く間に火の海と化してしまった。

 こ、これは色々とヤバイ状況になってきたぞ。

「行くぞ。お前ら。ドアは閉めておけよ。ネズミは一匹残らず駆除だ」

 丹波達は部屋から出て行った。そして、外からドアを閉めている音と何かを動かしている音が聞こえる。

「み、みんな無事か」

 丈一さんは透明マントを外して、訊ねて来た。

 僕と莉乃姉と麗は透明マントを外して、頷く。

「どうする?」

 莉乃姉は丈一さんに訊ねる。

「まず脱出だ。俺の神打盤はこの状況では扱い難い。だから、筆タイプの巌谷。君がここから脱出するものを実像化してくれ」

 丈一さんの神創具・神打盤はタイプライターの形をしている。今、この状況下で地面に置けば燃えてしまう可能性がある。神創具が燃えた場合、どうなるかを僕らは知らない。だから、

僕の神夢筆を使うのが最善策だろう。

「了解しました」

 僕は目を閉じて、ドラゴンをイメージする。

 息がし辛い、この部屋の酸素が減ってきているって事だ。出来るだけ早くしないと。

 ドラゴンのイメージが固まった。この瞬間しかない。

 僕は空気中に神夢筆で「ドラゴン」と書いた。すると、次の瞬間、目の前にドラゴンが現れた。

「みんな乗ってください」

 丈一さん、莉乃姉、麗はドラゴンの背中に乗った。

「天井はどう破壊するんだ」

 丈一さんは訊ねてくる。

「僕の神夢筆の能力を使います」

「……頼んだ」

 ドラゴンに筆先を向ける。

「ドラゴンの右手を何でも破壊できる鋼鉄の手に強化」と、空気中に書く。すると、ドラゴンの右手は鋼鉄の手に変化した。

 僕はドラゴンの背中に急いで乗る。

「ドラゴン。天井を両手で破壊して、地上に出てくれ」

 ドラゴンが雄たけびを上げる。そして、右手で天井を殴った。

 天井は意図も簡単に砕け散った。

「皆さん、ドラゴンの背中をちゃんと握ってください。そうしないと、振り落とされる可能性があります」

「了解した」

「了解しましわ」

「いつもより強く握るよ」

 僕らはドラゴンの背中を強く握る。

 ドラゴンは翼を羽ばたかせて、地上の向かって飛んでいく。

 ドラゴンは地上に向かっていく途中、上にあるリサイクルショップ「レプリオ」の商品を破壊していく。まぁ、地上に行くルートにあるから仕方が無いと言えばそうなるけど、ちょっと申し訳ない気持ちになる。

 ドラゴンはリサイクルショップ「レプリオ」の天井を突き破り、地上に出て、そのまま、御伽町の上空まで上昇した。

 眼下に見える、リサイクルショップ「レプリオ」は燃えている。

「し、死ぬかと思った」

「わたくしもですわ。お兄様」

 錦木兄弟は今にも死にそうな顔をしている。

「無茶するよ。賢ちゃんは」

 莉乃姉は楽しそうな顔をしていた。

「まぁ、皆が無事なのとUSBメモリー回収出来たからいいじゃん」

「巌谷、USBメモリーを回収したのか?」

 丈一さんが訊ねてくる。

「はい。これです」

 僕はジャケットの胸ポケットからUSBメモリーを取り出して、見せた。

「……お前やるな」

「同意見です」

 錦木兄弟は驚いているようだ。

「丈一さん、これからどうします」

「そ、そうだな。このまま創護社に向かってくれ。俺はその最中に消防の手配などをする」

「了解しました。ドラゴン、このまま創護社の屋上へ向かってくれ」

 ドラゴンは頷き、創護社へ向かって飛んでいく。 

 これで一応、任務完了だ。でも、丹波ってやつは一筋縄では行かないと思う。人間をあんなに簡単に殺そうとするのは正気じゃない。狂っている。

 どう対処するか考えないといけない。まぁ、今はそれよりも影草さんに報告するのが仕事だ。

 

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