第5話

翌日になった。雲もない晴天だ。

 俺と守さんは守さんのお墓がある霊園の茂みで隠れていた。岡野さんが来るのを待つ為に。 

「本当に来るのか」

「はい。必ず来ます」

「……そうか」

「あ、来ました」

 守さんのお墓に岡野さんが向かっているのが見えた。手には御供え用の花と風呂敷で包んだ弁当箱と水と水差しが入ったバケツを持っている。

「……母ちゃん」

 守さんは涙をこぼした。

 何も言わない方がいいな。そっとしておこう。

 岡野さんは水差しに水を入れて、お墓にかける。それを何回した後、花をお供えする。その後、目を閉じて、合掌をする。

 ……なんでだろう。この一連の行動だけで、守さんがどれだけ愛されていたのかが分かる。人間って言葉じゃなくて行動だけでも愛情を表現できるんだな。

「はい。あんたが不味い不味いって言う弁当。食べな」

 岡野さんは風呂敷で包んだ弁当箱をお墓の前に置いた。そして、バケツなどを手に持ち、去って行った。

「元気そうだな。母ちゃん」

 守さんは言った。

「そうですね。それじゃ、ご飯食べますか」

「あぁ、食べさせてくれ」

「じゃあ、ここで待ってください」

「分かった」

 俺は茂みから出て、守さんのお墓に向かう。

 周りには誰も居ない。もし、居たら色々とややこしい。他人から見たら、お供えものを盗むバチあたりな奴だ。

 守さんのお墓の前に着いた。

 お墓はぴかぴかに輝いている。岡野さんが丁寧に手入れをした証拠だ。

 風呂敷に包まれた弁当箱を手に取り、周りを見渡す。……誰も居ない。今しかないな。

 俺は茂みに全力で向かった。

「……べ、弁当持って来ました」

 茂みに入り、守さんに風呂敷に包まれた弁当箱を見せた。

「あ、ありがとう」

「そ、それじゃ食べますか」

「あぁ、頼む」

「じゃあ、俺の身体にタックルしてください」

「た、タックル。分かった」

 守さんは驚きながらも理解した。そして、タックルしてきた。

 身体の中に守さんが入って来たのが分かる。今の身体の主導権は守さんが握っている。

「す、すげぇ。本当に入れた」

「はい。時間はないので早く食べてください」

 身体の中から守さんに語りかける。

「そ、そうだったな」

 守さんは風呂敷を解いて、弁当箱を開けた。弁当の中身は大盛りのご飯とハンバーグと唐揚げとエビフライと卵焼きとミートボールとポテトサラダ。きっと、守さんの大好物ばかりなんだろう。

 守さんは弁当箱の蓋についている箸を手に取った。

「いただきます」

 守さんはおかずとご飯を交互に食べる。

 美味しいも何も言わない。黙々と口に運んでいる。

 なんだろう。食べるスピードは速いが噛み締めるように食べているように思える。


「ごちそうさま」

 守さんはものの10分で弁当を食べきった。よほど美味しかったのだろう。

「……母ちゃんのいつもどおりの不味さだ。ちょー不味い。世界一不味い。……ごめんな。母ちゃん」

 守さんは泣きながら言った。

 この人はご飯の評価だけは天邪鬼なんだろう。だって、弁当箱に米一粒残ってない。それに不味かったら一口食べて捨てるだろう。この人は岡野さん。お母さんに対して、

素直になれなかったんだな。

「……守さん」

「あのよ。晴羽君。ペンと紙ってあるか」

「ズボンのポケットに入ってます」

「使っていいか。弁当の感想を書きたいんだ」

「……いいですよ」

「ありがとうな」

 守さんは弁当箱の蓋を閉める。その後、ズボンのポケットからメモ帳とペンを取り出して、メモ帳を弁当箱の上に置く。

 守さんはメモ帳に何かを書き始めた。

 俺は見ないようにした。岡野さんへの想いは岡野さんだけが受け取るべきだ。俺が見る権利はない。

「OK。これでいい」

 守さんはメモ帳の紙を千切って、二つ折りにする。その二つ折りにした紙を弁当箱の上に置き、風呂敷で包む。

「あとは頼むわ。さすがに自分の墓を真正面から見たくはねぇから」

「了解しました。じゃあ、目を閉じてください」

「……わかった」

 守さんは目を閉じた。すると、俺の身体から守さんの霊体が抜けていく。


 狭間駅のホーム。

 俺と守さんは冥霊車が来るのをベンチに座って待っている。

 守さんの表情は清清しい顔をしている。もうこの世に後悔はないみたいに。

「いろいろとありがとうな」

「いいえ。仕事ですから」

「仕事だとしてもよ」

「……それじゃ、素直に受け取ります」

「そうだよ。それでいいんだ。素直がな。俺が一番出来なかった事だよ」

「……守さん」

 人間って生き物は何かが終わってからじゃないと本質が見えないのかもしれない。人生がどれだけ素晴らしい事も死んでからじゃないと分からないのかもしれない。なんだか、それって勿体無いな。でも、俺自身も人生の素晴らしさが生きている間に分かるか定かじゃない。

 冥霊車がホームに入って来る。

 もうこれで守さんとお別れか。約一日しか関わってないが大切な人だ。もし、俺が冥界に行った時は会いに行こう。

 冥霊車が停車した。そして、ドアが開いた。

 俺と守さんはベンチから立ち上がり、冥霊車に近づく。

「それじゃ、これでお別れか」

 守さんは冥霊車に乗った。

「そうですね。俺がそっちに行ったら遊んでください」

「おう。当たり前だ」

 守さんはニッコリと笑った。

「ありがとうございます」

「あのよ。最後に素直になっていいか」

「……はい」

「母ちゃんは世界一最高の母ちゃんだ。飯も世界一上手い。こんな親不孝なやつだったけど、愛してくれてありがとう」

 守さんは顔をくしゃくしゃにして言った。

「守さん」

 俺は守さんの表情を見て、耐え切れなくなり泣いてしまった。

「ハハハ、お前に言っても意味ねえな」

「だ、大丈夫です。その想いはきっと伝わっていますよ」

「そうだったらいいな。あと、ご飯食べに行ってやってくれ」

「はい。食べに行きます」

「頼んだぞ。じゃあな」

「はい。行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 冥霊車のドアが閉まった。

 守さんはドアの前で立ったままで居る。

 冥霊車は冥界に向かい動き始めた。狭間駅からどんどん離れていく。

 さようなら、守さん。冥界で幸せに暮らしてください。

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