第12話

「とはいえ、目下の問題はどうやって殿下のハートを射止めるか、よねぇ〜〜」


ロマリアが大きく手をふり、やれやれと困った顔をしている。身振りも表情も大胆に変容するロマリアは改めて派手な人だとリネッタに印象付けた。

「それこそ、ロマリアお姉様の出番なのではありませんか!?」

「そうですよ! 王国一の美男俳優バロン様を射止めたその手腕、是非リネッタ様のお力にしてくださいませ!」

マリーとアメリアが再びキラキラとした瞳でロマリアに言う。リネッタの力に、と言うが、それ以上にロマリアの恋伝説を聞きたいという欲求が瞳から発せられている。

ふと、リネッタはメイドのナナとの夜散歩を思い出した。あの時、恋愛小説を手渡されて、それがロマリアの結婚の決め手になったことは真実なのか聞いておくと話をしていた。

今その本は手元にはないが、確かタイトルは……と記憶を辿る。

「ロマリア様、『ナタリー・ヒューストンの恋』を参考にバロン様との恋が成就したというのは本当なのでしょうか」

「そうそうそうまさに!」

「私もそれをロマリアお姉様に聞きたかったのですわ!」

リネッタの言葉に乗って二人がさらに声のトーンを上げた。当のロマリアはふふふと少し照れたように笑う。

ウェイターが四人分の飲み物と、軽食を運んできた。ロマリアが軽食に出されたチョコレートを手に取って言った。

「アタシの決め手はコレよ」

チョコを持つ指先の赤い爪がきらりと光る。三人はどういうことなのかと揃って首を傾げた。

ロマリアが愛おしそうにチョコを見つめた後、ひょいと口に含んで甘さに浸った。

「バロンは人気俳優でしょう、彼を狙う女性は貴族一般関係なく多かった。俳優として舞台にたつたびにとんでもない数のプレゼントを送られていて、アタシも最初の頃は例に漏れず誰にも負けない豪華な品を送ってたわけ」

どんな宝石店よりもバロンのプレゼントに価値あり、と言われるほどの豪華な品々が贈られることを、彼をよく知らない人間でも聞かされていた。環境大臣の娘で派手好きなロマリアとなると、いったいどれほどのものを送っていたのか、聞きたくとも考えたくないという二律背反な気持ちを抱いて三人は話の続きに耳を傾ける。

「それでも彼の反応は悪くて、アタシのアピールも空回っている気がして、どうしたものかしらって思っていた時にその本を読んだのよ」

「『ナタリー・ヒューストンの恋』ですか…」

リネッタはナナに教えてもらったこの物語の概要を思い出した。


ナタリー・ヒューストンとは傍若無人な悪女の名前である。

彼女は帝国中の男を己の欲望のまま翻弄し捨てていたのだが、ある日町外れの見窄らしい姿の青年に窮地を助けられ、恋に落ちる。己の持つ財力や美貌を振り撒いても青年はナタリーの想いに応えることはない。悩んだナタリーはその苦しみに惑い、どうして自分に惚れられないのかと直接青年を問い詰める。彼の答えはシンプルに「思いやりを感じないのです」というものだった。そしてナタリーは彼の言う「思いやり」というものに向き合い始める。今までは自分本位の欲望に忠実だったが、彼に恋してから初めて「誰かのために」という気持ちが芽生える。そうして心を入れ替えたナタリーが、今までの悪女としての悪名を自らの手で払拭するために奔走し、青年の好きなものや大切なものを知って寄り添っていく。ようやく彼と釣り合えるのだろうかと思った頃に、青年の恋人だと名乗る女性が現れ……。


そんなあらすじだった。

「アタシはナタリーが思いやりのための行動をし始めたところで、自分の行動を顧みてみたの」

他の人たちと同じことをしても、それでバロンは自分にだけ振り向くことがあるのだろうか。

バロンへのプレゼントは、本当に彼が欲しいものなのだろうか。

自分がやったことを中心に考えるのではなく、自分がした行動で相手がどう思うのか、ということに思考を据えた。

「もう一度、バロンをちゃんと知ろうと彼に接触したの。そうして会っているうちに、彼がここのチョコレートがとても好きだということを知ったのよ」

「へぇ……」

リネッタが興味深そうにチョコレートを見て相槌を打った。

「だからプレゼントの内容を変えてみたの。いつもの豪華な宝石や衣服ではなく、彼の一番好きだというこの店のチョコレートを彼がちょうどよく食べれる量だけ」

たったそれだけの変化だったが、確実にバロンの反応が変わった。そしてその頃には既に、ロマリアがバロンを第一に想っていること、その想いを最高の瞬間で伝えるために健気に努力をしていることをバロンも実感しつつあった。

「……そうして、アタシの告白に彼が応えてくれたってワケよ」

「「きゃー!!」」

マリーとアメリアの歓声がシンクロした。

「好きな人を、第一に考える……」

「リネッタ、アナタ殿下が好きなんでしょう? ちゃんとできているのかしら?」

ズバリと問われると、リネッタもわからなくなる。自分を良く見せたい、そうでないとシルビオが自分を見てくれない、だから自分を磨いて、自分が可愛いと思ってもらえそうな言動をして、自分を知ってもらうために色々付き合わせて……。

今までの行いを振り返れば振り返るほど、自信がなくなって「わからないです……」と答えるしかなかった。

「……まぁ、ここで大丈夫だと答えないアナタなら、そんなに心配することでもないのでしょうけど。アタシ、アナタが殿下にアプローチをするならもっと別の方法も視野に入れないといけないんじゃないかって思うのよ」

「!」

これまでのやり方だけでは何も変わらない。そう思っていたリネッタに一筋の光を差すようなロマリアの発言にリネッタは顔を上げた。

「私たちもリネッタ様には想いを遂げて欲しいですわ」

「お姉様、どうかリネッタ様にご助力していただけないでしょうか」

アメリアとマリーが縋るような目でロマリアを見た。二人が自分の味方でいてくれることに胸がキュッと切なくなる。


(でも、このままロマリア様に頼り切りで良いのかしら)

リネッタはただ話を聞いているだけの状況に、不甲斐なさを覚えていた。

ロマリアのように自分の力で考えを導き行動できればいいのに、と思ってしまう。膝の上に置いている手がぎゅっと握られ、悩ましげな表情になっていた。

しかしそんなリネッタの思いを見通したように、ロマリアが「リネッタ」と安心させるように優しい声色で呼びかけた。

「アタシたちがアナタの力になりたいと思うのは、アナタの人柄のおかげなのよ。堂々とアドバイスを受け取ってちょうだい」

「ロマリア、様……」

「アナタがつまんない女だったらそもそも結婚式に呼んでいないわ」

場を茶化すようにイタズラに笑ってそう言う。すっかり肩の力が抜けたリネッタは目を細めて笑った。

「それでそれで、別の方法とはなんなんですの?」

マリーがじれったそうに問うた。

ロマリアは紅茶を飲み一呼吸置くと、姿勢良く続ける。

「そもそもこの結婚話の発端の一つには、国民の評判が関与しているのでしょう?」

リネッタはこくりと頷く。

「私自身、王都民の方から直接聖女様と王子の結婚について何か知らないかと聞かれました」

「あら、リネッタ様だと気づかずに話しかけてきたの? やっぱ平民となると王族に関連している人についてもその程度の認識になるのね〜。アタシもそこまで有名人じゃないから、バロンの結婚相手と報道された時はすごいバッシングを受けたわ」

何か嫌なことを思い出したのか、ロマリアの眉間に皺がよった。

「まあ、とにかく、アタシが言いたいのはね、国民が聖女様を支持して王子の結婚相手にと持ち上げているのが現状なら、それを自分の方へひっくり返せばいいんじゃないかって話よ」

「自分の方へひっくり返す…? 国民の評判を、私とシルビオの結婚に向けさせろ、ということですか?」

「そう。国民の意識が変われば、アナタの国が提案したとて評判が良いのでそれは必要ないと捨ておけるのだわ。そうしたら、アナタと殿下で無事ゴールインできるのよ」

なんて名案なの、とロマリアは両手を叩く。

リネッタは、考えが及ばなかった範囲の案に納得こそはするもの、しかしそれがどれだけ難しいことなのかも理解した。

「王都だけでも計り知れないほど人がいますわ…」

「リネッタ様お一人の力ではとても期限内に聖女様を上回る評判を勝ち得ることができるのか、やり方にまったく見当がつかないですわ〜!」

あたまを抱えるアメリアとマリーの言葉を聞いて、リネッタはハッと何かに気づき、ロマリアの方を見た。

視線が合うと、ニコッと頬を上げてロマリアも応える。


(一人の力では確かに途方もない話だわ。でも…)


「私が、協力して欲しいと言えば、ロマリア様や、名俳優であるバロン様も、動いてくれますか……?」


「アタシ、気に入った人に尽くすタイプなのよ」

ロマリアは妖しく笑った。

マリーがその表情を見て目をハートにしている。

「私も、まだ具体的な案は出てきません……。でも、ロマリア様がおっしゃるように、シルビオの関心だけに執着せず、国民の評判を変えることもできれば……国のためにも、何より、国を大切に思うシルビオのためにも、私の存在が国母として有用であると示すことができれば、結婚が現実的になるのですね」

「そのために利用できる人脈は利用しなさい。聖女様がどう動くかわからないけれど、彼女もきっと似たようなことをしてくるわ。これはただ恋心を手に入れるだけの話じゃないのかもしれないわね」

「でも、恋心がそもそも相手に向いてしまったら即終わりですわね」

アメリアの指摘がリネッタに突き刺さる。

「なんとかそれは阻止しつつ、動かないといけないのね……」

何をするべきなのか、頭はぐるぐるといっそう働かせてしまう結果になったが、モヤのように何も考え付かず霧がかっていた今までとは違い、リネッタは前向きな気持ちになれた。

「ロマリア様、アメリア、マリー、私の我儘になりますが、今後私が頼んだ時に協力していただけたらどんなお礼も惜しみません。お願いいたします…!」

立ち上がって三人に懇願すると、三者三様に了承の言葉をかけた。

心強い味方を得たリネッタは、安堵と頼もしさに今日一番の笑顔を浮かべた。

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