第16話狂ってたかもな⋯⋯。(スタンリー視点)

「公爵様、私、結婚をしなくて良くなりました。公爵様の元に嫁ぐには身綺麗な方が良いだろうと、殿下が実家の借金を返してくれたのです」


「もう、俺の前に現れるなと言ったはずだ」


 レイフォード王子はメアリア嬢を俺に当てがって、俺の妻を奪うつもりだ。

 今まで兄が俺によくしてくれた恩に報いようと彼に尽くして来た。


 しかし、これほどの侮辱を受けてまで彼に尽くし続けようとは思わない。


「こ、公爵様、お顔が怖いです。私は公爵様の愛が得られなくても構いません。毎晩、私をルミエラと呼んで抱いて頂いて結構です。だから⋯⋯」

「もう、黙ってくれないか? 鬱陶しくて君を殺してしまいそうだ」

「こ、殺すって⋯⋯、公爵様はそのような事をしません。あの夜だって優しく私を⋯⋯」


 俺は気がつけば、執務室の殿下の椅子を握り振り上げていた。

 今、目の前の女が目障りすぎて、怒りが抑えられそうにない。


「黙れと言ったのが聞こえないのか? 一生遊んで暮らせる金を渡すから、この国から出ていけ。君の髪の毛1本も見たくない」


「酷いです。私が求めているのはお金ではありません。私は心から公爵様を愛しています」


「君の気持ちなど、明日の天気より興味がない。また、俺の前に現れるなら、2度とその口を開けなくしてやる」


 俺は振り上げた椅子を思いっきり扉に何度も叩きつける。扉が壊れてゆっくりと開いた。


 扉が開くと同時に、メアリア嬢がつんのめりながら慌てて逃げていく後ろ姿が見えた。


「な、何事だ? 公爵、これは一体」

 レイフォード王子が俺の様子を見て、震えている。

(扉の前で聞き耳でも立ててたのか⋯⋯)


「レイフォード王子殿下、これ程の侮辱は耐えられません。叔父の妻が欲しい? 寝言は寝て仰ってください」


「で、でも僕はルミエラが⋯⋯」


 数人の騎士たちの整然とした足音と共に聞き慣れた声が耳に届いた。

「レイフォード、スタンリー、これは何事だ」

 俺の兄であり、この国の王であるカルロイス・レイダードだ。


 彼は今年50歳を迎える。

 歳が離れているからか、王位継承権争いもなく俺と兄は友好的な関係を築けていた。


「父上、僕はただルミエラを側室にしたいと公爵に言っただけなのです。彼女も僕が良いと言ってくれて⋯⋯」

 兄はレイフォード王子の頬を叩いた。

 乾いた音が廊下に響く。

 叩かれたことなどないだろう殿下は驚いて目を丸くしている。


「目を覚ませ、自分が何を言っているかわかっているのか?」


「分かっております。不道徳に思われるかもしれませんが、これだけは譲れません。ルミエラは僕の運命の相手なのです」


「レイフォード、そこまでルミエラ夫人を想っているなら、絶対に彼女を娶るべきではない。好きな女とは絶対一緒になるな。正しい判断ができなくなる」


 兄の言葉には実感がこもっていた。


 彼はバヌス公爵家から妹のアイリーンを婚約者にと薦められながらも、体が弱く長く生きられないと言われていた姉のエミリアーナを選んだ。


 エミリアーナは子を作るのも難しかったが、彼は彼女だけを愛して側室をとらなかった。

 ようやっと出来た子であるレイフォード王子の出産時にエミリアーナ王妃は亡くなった。

 兄はあまりのショックで頭髪が真っ白になった。

 その後、兄は3年も抜け殻のようになり、仕事は愚か生活もままならなくなった。一時は回復したかと思ったが今でも兄の体は、彼女の後を追いたいと叫んでいるように日に日に衰弱している。


「僕のルミエラへの感情は恋でも愛でもありません。彼女は僕が生きるのに必要不可欠なのです」


「殿下、流石にこれ以上は耐えられません。妻を恋人のように呼び捨てにされるだけでも不愉快なのに、妻に似せた令嬢を押し付けてきたのは悪戯が過ぎました。モリレード公爵家は殿下への支持を撤回させて頂きます」


「支持を撤回? クーデターを起こす気か? 王族殺しは反逆罪だぞ!」

 レイフォード王子は突然興奮して叫び出した。

(支持をしないと言っただけで、クーデター? 王族殺し?)


 確かにルミエラを奪うと言われた時は、彼に殺意を抱いたが本当に殺す訳がない。


「レイフォードを部屋に⋯⋯皆、ここであった事は口外しないように王命だ」


 兄もレイフォード王子の言動のおかしさが、度をこしている事に気がついたようだ。


「な、何をする。無礼だぞ」

 レイフォード王子は暴れたが、兄の合図と共に気絶させられ部屋に連れてかれた。



「スタンリー、いや、モリレード公爵。レイフォードがとんでもない事をした。どうか、支持を撤回するなどとは言わず、彼を4年前の自分だと思って広い心で見てやってくれないだろうか」


「国王陛下⋯⋯」

 4年前といえば、俺が周囲の反対を押し切りルミエラと強引に結婚した時だ。

(殿下のように乱心した覚えはないが⋯⋯兄上からはそう見えていた?)


「陛下、こちらとしてもレイフォード王子殿下を支え続けたいと考えています。僭越ながら申し上げさせて頂くと、譲位される時期は選ばれた方が良いかと存じます」


「分かっている。レイフォードは今まで支えてきた公爵に対して、許されないような言動をした。余からも、よく注意しておこう。それにしてもルミエラ夫人とは恐ろしい女性だな。王弟だけでなく王子までも狂わせてしまうとは⋯⋯」


 当時、俺とルミエラの結婚は王位継承権を持つ由緒ある血筋に下賤の民のものが混ざると散々反対された。

 確か、俺は爵位を捨て平民になってでもルミエラと結婚したいと言って自分の要求を押し通した。


(狂ってたかもな⋯⋯)


 俺はまた彼女に狂いたくなって、家路を急いだ。

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