第15話俺が彼女に愛される訳がない⋯⋯。(スタンリー視点)

目を開けると、またルミエラが俺の隣で幸せそうに眠っている。

何か食べている夢を見ているのか、口元がムニュムニュ動いてて可愛い。

 


 流石に連日都合の良い夢を見ている気がする。


 俺は彼女の頬を突いてみた。

(やわらい⋯⋯脳が記憶により感触を作り出しているのか?)


「やっと、起こしてくれたのね」

 ルミエラの輝くようなエメラルドの瞳が開いて、俺を見つめてくる。

 まるで俺を想ってくれているような視線に困惑した。

 

(俺が彼女に愛される訳がない⋯⋯)


「おはよう、ルミエラ。今日は朝一で王宮に行くつもりだ」

「そうなの? 今日はお休みだから、一緒にお散歩したりできると楽しみにしてたのに⋯⋯でも、仕事じゃ仕方ないわね」


 俺は度がすぎた要求をしてくるレイフォード王子を諌めに行こうと思っていた。ただでさえ、彼への支持が揺らいでいる時期に、我儘を通そうとする姿は頂けない。


(それにしても、お散歩とは⋯⋯可愛い過ぎるな)


「ルミエラはゆっくりしていてくれ、早めに帰るよ」

 恐る恐る彼女の髪を撫でると、彼女は気持ちよさそうに俺に身を寄せてきた。


「そうだ! 私も仕事するわ。この邸宅の人事権をくれないかしら。人員整理をしたいのよ。私は、ここで3年使用人をしていたのだから誰が役立たずか知ってるのよ。スタンリーを狙っているメイド連中は解雇するわ」

 

 ルミエラがいつになるやる気になっているのが分かった。

 確かに屋敷の管理は女主人である彼女の仕事だ。

 

「分かった。では、お願いしようかな」

「よし! スタンリーがもっと居心地が良い屋敷にしてみせるわ。昨日みたいに邸宅に戻って来るなり変な女に誘惑されるような生活は嫌でしょ」


 俺は煩わしく感じつつも放置していた懸念事項に、彼女が気がついてくれた事に驚いた。

(また、若い女に手を出していると疑われても当然の事を俺はしたのに⋯⋯)


 ルミエラが愛おしくて、口付けをしたくて彼女の頬に触れた。

 ふと、彼女が嫌がるかもしれない可能性がよぎり手を離し距離をとる。


「ルミエラ⋯⋯お昼までには帰るから一緒にランチをしよう」

 俺の言葉の返事は軽い口づけで返ってきた。


 この状況が夢でないとしたら、まるで彼女は俺の気持ちが読めるようになったようだ。


♢♢♢


 王宮に到着し謁見申請を済ませ、レイフォード王子の執務室前まで来る。

 ちょうど、扉が開いて肩を落としたマリソン侯爵が出てきた。

 彼は俺の姿を見るなり、ゆっくりと頭を下げた。


「モリレード公爵閣下、まずは娘の夫人への礼儀を欠いた言動を詫びさせてください。謝罪が遅れて申し訳ございませんでした」


「いや、もう妻も気にしていないし、君もそこまで気に病まないでくれ」


 明らかに生気がなく真っ青な顔をしている彼が心配になった。


 8年間、殿下と婚約していた娘が突然婚約破棄をされたのだから当然だろう。

 次期王妃として、タチアナ嬢はこの8年模範的に過ごしていた。

 嫌がらせをしたりといった低俗な真似をするような方という認識はなかった。


 そもそも、タチアナ嬢とルミエラは挨拶する程度の関係で、なぜ彼女が急にルミエラを攻撃してきたかが不可解だ。


 ルミエラがモリレード公爵夫人である事を考えれば、攻撃することにリスクがある事が理解できないはずがない。


 あの時の俺は初めてお茶会の招待に応じたルミエラが心配で、マリソン侯爵家に来訪予定をわざと作り彼女の様子を見に行った。


 まさかあのような現場に遭遇するとは思わなかったし、レイフォード王子が乱入してきたのはもっと驚いた。


「娘はルミエラ夫人に嫉妬してしまったようですね。殿下は夫人を側室として迎えるようです。正室ではなく側室としてでもタチアナを役立ててくださいと頼んだのですが、断られてしまいました。殿下はルミエラ夫人を大切になさっているのですね⋯⋯」


 彼は8年も厳しい王妃教育に耐えてきたのが無駄になってしまう娘を哀れに思っているのだろう。


 それにしても、当たり前のようにレイフォード王子がルミエラを手に入れるつもりで話しているのが気になる。

 

「何を申しておるのだ? ルミエラは私の妻だ」

「も、申し訳ございません。殿下から、公爵閣下と夫人は既に離婚に向けて動いているとお聞きしたもので⋯⋯」


 俺は怒りを隠しきれていなかったようで、焦ってマリソン侯爵は謝罪してきた。


「そ、そういえば愚息からご子息の活躍を聞きましたよ。教師も教えることがないと悲鳴をあげるほど、優秀なのですね。あれほど優秀だと、アカデミーに通わせる事も悩まれましたでしょうが、愚息はクリフト公子と同級生である事を誇りだと申しておりました」


 俺は一瞬彼が誰のことを話しているのか理解できなかった。

(クリフトの話だよな?)


 クリフトには家庭教師をつけていたが、教師たちは皆会話ができないから意思疎通がはかれないと困っていた。

 

「マリソン侯爵、君は実は子供思いの良い親の一面を持っていたのだな。タチアナ嬢の件は俺からも殿下に掛け合ってみるよ」


 俺の言葉にマリソン侯爵は目を輝かせ、深く頭を下げた。


 クリフトは手紙1つ寄越さないので、彼がどのような生活を送っているかは知らなかった。

 俺もアカデミー時代に両親に手紙を送ったことはない。

 ただ、現在レイダード国の王座についている兄のカルロイスには送った。

 それは、兄がいつも自分を気にかけてくれていたからだ。


 ノックをして扉を開けると、退屈そうに書類を眺めるレイフォード王子がいた。 


「レイフォード・レイダード王子殿下に、スタンリー・モリレードがお目にかかります」


「公爵ちょうど良いところに来た。そなたに会わせたい人を呼び寄せたところだったのだ。午後にはそなたを呼ぼうと思ったのに、先に来てくれるとは今回は全てがうまく行ってるな」


(今回は? なんのことだ?)

 俺を見るなり立ち上がり、近づいてくる彼は若く美しい。

 ルミエラと並ぶとお似合いのカップルに見えるだろう。


「殿下は私の妻であるルミエラを側室にとお考えのようで、抗議しに参りました」

「ルミエラは、そなたにもう話したのか⋯⋯そなたも、彼女を想うなら早く離婚してあげたらどうだ? 体調の悪い日が続いているそうではないか。あのような事があった場所にいたら、ますます具合が悪くなってしまいそうだ」


 ルミエラは体調不良という事にして、彼からの呼び出しを断っているようだ。それならば、彼女の気持ちは彼にはもうないと期待しても良さそうだ。


 レイフォード王子がルミエラを自分の女のように呼び捨てにしたのを咎めたいが、今は本題を追及したほうが良いだろう。


「殿下、聖女マリナは既に視力が殆どなく王妃の仕事をするのは難しいかと思います。仮にルミエラを側室にしたとしても妃教育を受けていない彼女では助けになりません。側室にはタチアナ嬢を迎えたらいかがでしょうか?」


「もちろん、ルミエラに王妃の仕事をさせるつもりはない。側室は何人でもとれるのだし、他国の王女でも迎えれば良いだろう」


「それならば、ルミエラは必要ないのではないですか?」


「ルミエラは僕を理解する唯一の女だ。僕を慰める女として必要不可欠だ。情婦ではなく、側室として彼女を迎えるのだから僕がいかに彼女を大切に思っているか公爵も分かるだろう」


 今すぐ目の前の男を切り付けたい衝動に駆られたのを、唇を噛み必死に耐えた。


「レイフォード王子殿下⋯⋯私はルミエラが離婚を望めば受け入れるつもりです。しかし、今のところ離婚の予定はございません」

 離れたくなくても、俺には彼女を引き留める資格がない。


「ルミエラは僕に口付けて、早くそなたと離婚したい僕の方が良いと言っていたぞ」

「はぁ?」

 思わず間抜けな声が漏れた。

 今朝も甘く俺に口付けて、俺の帰りを待っていると言ったルミエラの言葉とは思えない。

(そもそも、いつ殿下と逢瀬を?)


 目の前の彼は勝ち誇った顔をしていて、嘘を言っているようには見えない。

 レイフォード王子か俺のどちらかのルミエラが、妄想が作り出した夢である可能性が高い。


 ノックの音と共に彼の補佐官が顔をだす。

 明らかに補佐官は俺を見て気まずそうな顔をした。


「レイフォード王子殿下、お申し付け通り令嬢をお呼び致しました」

「中に入れろ」


 扉から入って来たのは、ルミエラが20歳の誕生日に着ていたグリーンのドレスを着たメアリア嬢だった。


 でも、ドレスについているエメラルドの数が微妙に違うから、これはルミエラのドレスではない。

(ルミエラのドレスに模したものだ⋯⋯わざわざ、このようなものを用意して!)


「殿下、どういうおつもりですか?」

 怒りを必死に抑えながら紡いだ言葉は鼻で笑われた。


「そなたはルミエラより若い女が良いと言っていたではないか。若くてルミエラに似た彼女で良いのではないか? 僕はルミエラでなければダメなのだ。口付けした時も彼女とは相性が良いと直感的に思った」


 俺が発言してもない言葉を挙げ連ねてくる殿下が理解できない。ルミエラが妄想の森に連れて行ったのは俺ではなく彼だったらしい。


「殿下、申し訳ございませんが、そのような言動には覚えがございません」


「ふっ、まぁ良い。公爵、意地にならずに、より自分好みの若い女にしたらどうだ? 2人きりにしてやるから、今後のことをよく話してみろ」

 

 扉から出ていくレイフォード王子を追いかけようとするも、鍵をかけられてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る