第三部 学園バトルJK

第一章 学園ロボバトル開幕

1-1

 暗闇くらやみの森に、『オレンジ色』がはしった。


 狭苦せまくるしいコックピットで、男はモニター越しにそのオレンジ色を追いかける。


 その男は傭兵ようへいだった。金でやとわれて、とある組織の拠点きょてんを破壊するミッションを遂行すいこうしにやってきた兵士である。その男は隊長であり、二人の部下とあわせて三人のチームを組んでいる。そして三人とも、全高三メートルの人型ロボット兵器を操縦そうじゅうしていた。


『隊長! 攻撃が当たりません……っ!』


『クソ、あいつ一体なんなんだよッ!』


 部下たちの悲鳴ひめいに近い通信が聞こえる。


 オレンジ色が、低いうなり声をあげて暗闇くらやみを駆けた。


 部下のロボット兵器が、手にしたレーザーカービンを連射する。甲高かんだかい音とともに、黄色い光線が暗闇をくようにかっとんでいく。それは森を駆けるオレンジ色をねらったものだったが――部下たちの攻撃は、魔法にかかったかのようにオレンジ色をすりぬけてしまう。


『来るな、来るな、来るな――っ!』


 オレンジ色が、部下の機体へと走り迫る。


 そのオレンジ色は、角ばった二足歩行型の兵器だった。この業界ぎょうかいにいればイヤというほど見かける、どこにでも存在する『量産機』。オレンジ色に塗装とそうされたその兵器は、みるみるうちに部下の機体に接近し――


『うわ――!?』


 気付けば、部下の機体は四肢ししをもがれ、バラバラにされて森へと散らばっていた。


「距離をとれ、ジャック! そいつに近づくな!」


 男はレーザーカービンを連射しながら、部下に向かって命令する。


『ムリですよ! こいつ、もう――!』


 オレンジ色は風のように森の中を駆けぬけて、もう一人の部下の機体に接近。重々おもおもしい発砲音はっぽうおんが鳴り響いて、部下の機体はすぐにバラバラになった。


 ――簡単なミッションのはずだったのだ。


 男が乗っているのは、『ヴァリアント・トルーパー』と呼ばれるロボットだ。世界で最も先進的せんしんてきな、フェノム・リアクターを動力源どうりょくげんとするロボット兵器。業界でも一部の人間しかその存在を知らない、超ハイテク兵器である。


 一方、オレンジ色は『二脚にきゃく兵装へいそう』と呼ばれるごく一般的な兵器だった。第二次世界大戦から使われている、二足歩行型軍用兵器。ディーゼルエンジンで油圧ゆあつ駆動くどうする、きわめて単純たんじゅん構造こうぞうの兵器だ。


 しかも、である。


 そのオレンジ色の兵器は、超がつくほど大量生産されているイタリア製の〈ヴェスパ〉という機種きしゅだった。ふつうのサラリーマンでもがんばれば購入こうにゅうできるくらい、安く市場に出回っている『弱い機体』だ。


 つまり、男たちの機体とオレンジ色の機体とでは、圧倒的あっとうてきな性能差があるのだ。にもかかわらず、部下たちは手も足も出せずに一方的に無力化されてしまった。しかも、ご丁寧ていねいにパイロットは生かしたまま、戦闘力だけをうばっていったのである。


『“オレンジの曲芸師きょくげいし”に気をつけろ』。


 同業者どうぎょうしゃのあいだでは、そんなうわさがまことしやかにささやかれていた。男はそれを迷信か戯言ざれごとたぐいだと思っていたが――それは迷信でも戯言でもなく、真実であったようだ。


「ふざけやがって!」


 ロック・オン。


 オレンジ色をモニターの正面にとらえると、レティクルが収束して赤く光った。精密せいみつ射撃しゃげきモード。男の機体は超ハイテク兵器だ。たった数万ドルで買える一般兵器など、すぐにはちの巣にできるはずだった。


 トリガーを引く。


 レーザーカービンがえ、黄色い光線を連射れんしゃする。レーザーは亜光速あこうそく夜闇よやみはしり、黄色い光軸こうじくとなってオレンジ色を撃ち抜く――


 ――くはず、だったのだ。


「なぜ当たらん! クソ、クソ……ッ!」


 オレンジ色の機体は、ひらりひらりと夜闇よやみを駆ける。その挙動きょどうはまるで魔法のようだった。レーザーは間違まちがいなく当たっているはずなのに、オレンジ色は何度でもレーザーをすりぬけ、男の機体へと走り迫る。


「なにが曲芸師きょくげいしだ、バカにしやがって――」


 男が言った瞬間しゅんかん、目の前からオレンジ色が消えた。


「どこに……!?」


 違う。


 消えたのではない。


 オレンジ色の機体は、ありふれた量産機は、とても弱いただの一般兵器は、


「……は?」


 男のハイテク兵器の


 砲撃音ほうげきおん夜闇よやみとどろく。男の機体はたちまちバラバラになって、なすすべもなく大地へと転がった。コックピットにはダメージ一つなく、それでいて四肢ししは完全に破壊され、徹底的てっていてきに無力化されている。


『“オレンジの曲芸師きょくげいし”に気をつけろ』。


 男が聞いたそのうわさには、続きがあった。


『“オレンジの曲芸師”の正体は、どうやら女子高生らしい』


 ふざけているとしか思えなかった。男は、走り去る二脚にきゃく兵装へいそうの足音を聞きながら、「こんな女子高生がいてたまるか」と誰にともなくつぶやいた。



   *****



 チャイムが鳴って、放課後ほうかごになった。


 十月十六日。体育祭や文化祭といった行事ぎょうじが終わり、二学期の中間テストを一週間後にひかえた時期である。しかし、高校一年生とは暢気のんきなもので、みんなテストのことなどおかまいなしに放課後ほうかごを楽しく過ごしているようだ。


 そんなクラスメイトたちには構わず、黒髪ロングヘアの小柄こがらな少女――小鈴こすずは、自分の席でごそごそとバッグをあさり、下校する準備をしていた。


穂高ほだかさん」


 そう名前を呼ばれて、小鈴は顔を上げる。気付けば真横まよこに立っていたクラスメイトの丸山が、とびらのほうを指さしてこう言った。


「お姉さんが呼んでるよ」


「小鈴ぅ~~! やっほー!!」


 とびらの外に立っていたのは、特殊とくしゅ事情じじょうで小鈴の姉ということになっている、茶髪ちゃぱつサイドテールの高二女子――穂高ちなみだった。ちなみは美人めな顔立ちに似合にあわない間抜まぬけな笑顔をうかべ、ぶんぶんとバカみたいに手をふっている。


 小鈴は思わずためいきをついた。そもそも高二の先輩せんぱいが高一の教室に来るだけでも変なのに、それに加えて大きな声で呼ぶものだから、みんなが小鈴に注目してしまっている。


 のろのろと席を立ち、スクバとブレザーをつかんでちなみの方に向かう。にこにこ笑顔で出迎でむかえたちなみに、小鈴はむすっとした顔で文句を言った。


ずかしいから大声で呼ぶのやめてよ」


「え~、別にいーじゃん! それよりさ」


「よくないんだけど」


「今日ヒマだから、このあとどっか遊びに行こ!」


 目をきらきらさせて、ちなみが言った。しかし小鈴は、


「このあと用事ようじあるからむり」


 と短く断った。


「なんの用事?」


 小首をかしげて、ちなみが聞いてくる。小鈴はもう一度ため息をついてから、その質問に答えた。


「高三の先輩せんぱい男子だんしに呼び出されたの」


「え」


 ちなみのまゆがみるみるうちにハの字になっていく。


「またなのーっ!?」



   *****



 この学校にはカフェテリアがある。と言っても、白い長机ながづくえがたくさん並べられた食堂をそう呼んでいるだけで、名前ほどオシャレな設備せつびではない。ちなみと小鈴は、放課後の閑散かんさんとしたカフェテリアで、その白い長机に並んで座っていた。


「ねえ聞いて、和歌わか


 そして、二人の正面には、ちなみの友達である鈴木すずき和歌わか――ぱっつん前髪のおしとやかそうな女子が座っていた。


「最近、小鈴がめちゃくちゃモテてるの! 正直こまってる!」


「そうなんだ」


 ちなみが真剣しんけんな顔でそう言っても、和歌の表情はものすごく興味きょうみなさげだった。


「で、なにが困るの? モテてるならいいじゃん」


「よくないでしょ! だって、小鈴は私の妹なんだよ!? ねえ、小鈴ぅ~」


 甘えた声を出したちなみが横から抱きつくと、小鈴は心底しんそこ鬱陶うっとうしそうな表情をした。


暑苦あつくるしい。うざいからくっつかないで!」


「むぎゅ」


 押しのけようとする両手にあらがって、ちなみは小鈴に無理むりやり抱きついている。たしかに少し暑いけど、どこの誰かもわからない男子にとられるくらいなら、ずっとこうしていたって平気だった。


 十月も中旬ちゅうじゅんになるというのに、まだ夏を引きずっているかのように暑い日が続いている。つい先日衣替ころもがえがあって、学校のルール的には冬服着用ということになっていたものの、ブレザーを着ている生徒は一人もいなかった。


「もうこれで何人目? 六人だっけ?」


 もみ合うちなみと小鈴をながめながら、和歌が興味きょうみなさげに質問する。


「今日で七人目! ここのところ毎日なんだよ?」


「やばいな。さすがにモテすぎじゃない?」


 怪訝けげんな顔をした和歌が、ついに押しのけられて悲しそうな顔をしているちなみに言った。


「そんなことある? 絶対なんかおかしいだろ」


「おかしくはないでしょ。だってほら、小鈴はかわいいもん。ね?」


 ちなみが同意どういを求めるも、ポケットからスマホを取り出した小鈴は画面から目をはなさずに「はいはい」とめんどくさそうに返事をするだけだった。


「いや、かわいいとかかわいくないとかそういう問題じゃないでしょ。連続で七人に告白されるなんて常識的じょうしきてきに考えておかしいって話。なんか絶対ぜったいうらがあるって」


「そーかなあ」


 ちなみが小首をかしげると、和歌はあきれたような表情を浮かべて「まあいいや」と話題わだいを変えた。


「そんなことより、今週末ヒマ? 一緒にうちで勉強しない?」


「あ~……えと……」


 和歌の質問に、ちなみがきょろきょろと目を泳がせ、しどろもどろに返答する。


「今週末は用事があるっていうかぁ……」


「土日どっちも?」


「……うん、どっちも」


「テスト前なのに? なんの予定があるわけ?」


 和歌がすっと目を細くして、人差し指をつんつんするちなみのことをめる。


「いや~、あはは~……」


 ちなみが乾いた笑いを浮かべるのを、和歌はジト目でにらんでいた。 


 ちなみと小鈴はわけあって一緒いっしょらしていて、わけあって特殊とくしゅな仕事をしているのだ。それをただの一般人いっぱんじんである和歌に教えるわけにはいかない。


 ただ、穂高ちなみはうそをつくのが絶望的ぜつぼうてき下手へたくそだった。


「また例の『アルバイト』か?」


「……はい。そーです」


「そろそろなんの仕事なのか教えてほしいんですけど」


 和歌に見つめられて、ちなみはだらだらとあせを流す。そろそろかくすのは限界なのかもしれない。ここで全部ばらしてしまえたらどんなに楽か――そう思ったとき、


「あ、もう時間だ」


 と言って、小鈴が立ち上がった。


「四時に第二体育館のうらに来いって。ほら」


 小鈴がちなみに便箋びんせんを渡してきた。そこには小鈴が言った通りの内容と、『3-A 加用かよう大弥ダイヤ』という名前が記載きさいされている。本当に高校三年生の男子からの呼び出しらしい。


「じゃあ、行ってくる」


 そう言って歩き出そうとする小鈴のうでつかまえて、ちなみが聞いた。


「まってまって、告白されたらどーするの!?」


「断る。めんどくさいし」


 むすっとした顔で、小鈴が答える。


「でも、すっごいイケメンだったら?」


「断る」


「じゃあ、すっごい良い人だったら!?」


「しつこい!」


 ちなみの手をふりはらった小鈴は、ずんずん歩いてカフェテリアの出口へと向かう。


「いいから先帰ってて! ばいばい!」


「小鈴ぅ~」


 しなしなになったちなみが、テーブルにべちゃりとたおす。最初のころは『よかったね!』なんて能天気のうてんきに思っていたけれど、来る日も来る日も連続れんぞくで告白されるものだから逆に気が気じゃなくなってきた。こうもよりどりみどりだと、本格的ほんかくてきに小鈴とベストマッチな男子が現れてもおかしくはなさそうだ。


「よし、決めた!」


 そう言って立ち上がると、ちなみは怪訝けげんな表情の和歌に声をかけた。


「和歌、いくよ!」


「どこに」


のぞきに行くんだよ、告白シーンを!」


「マジかおまえ」


 露骨ろこつにイヤそうな顔をした和歌が、「やめとけって」とちなみに忠告ちゅうこくする。そう言われても、気になるものは気になるのだ。こうなったらもう行くしかない。


「立って立って! めんどくさそーにしないで! ほら、いくぞー!」



   *****



 午後の空は青く、夕方とはいえ気温は高いままだ。こうして外に出てみても、やはりブレザーを着る気にはなれなかった。


 第二体育館のかべと、背の高いフェンスの間にあるせまい空間に、小鈴がつまらなそうな顔で突っ立っている。これから告白されるとは思えない緊張感きんちょうかんのなさだった。


 すぐ近くに予備よび倉庫そうこがあるくらいで、第二体育館のうらにはほとんど誰もおとずれない。こんな場所に用事がある生徒なんているはずもなく、小鈴が立っているコンクリートの地面のまわりには、雑草ざっそうが生え放題ほうだいになっていた。


 ちなみはその様子を、体育館のかげからひっそりと見守みまもっていた。


 その横には、興味きょうみなさげな顔の鈴木和歌。


 そしてさらにその横にもう一人、金髪きんぱつの男子が固唾かたずをのんで小鈴の様子を見守っていた。


「なんで転校生てんこうせいまでここにいんの?」


 和歌が聞いた。


 彼女の言う転校生とは、この金髪きんぱつ男子だんしのことだ。ショートのくせ毛を自然におろした、柔和にゅうわな顔つきの外国人男子。彼の名前はレオン・フェルゼンシュタイン。二学期になってから転校してきた同じクラスの男子である。


 ちょっとした特殊とくしゅ事情じじょうがあって、レオンとちなみは仲のいい友達だった。さっき廊下ろうかを歩いていたらばったり出くわしたので、ついでに連れてきたのだ。


「いーじゃん、みんなで一緒いっしょにみようよ!」


見世物みせものじゃないんだぞ」


 ちなみの言葉に、和歌が反論はんろんしてきた。


「でも、気になるよね?」


 そうレオンに話をふると、彼は真剣しんけん面持おももちで、


「……気になる。おれ、こういうのリアルで見るのはじめてだ」


 と言った。


「おまえらって、そろいもそろってデリカシーないのな」


 和歌があきれた声を発するのと同時くらいに、向こうから一人の男子が歩いてきた。


「きた……!」


 高校三年生の加用かよう大弥ダイヤ。身長はそこそこ高めで、どちらかといえば細身。タレ目でサラサラの髪をした、どことなくキザっぽい雰囲気ふんいきの男子だ。


 先輩男子は小鈴の手前で止まると、


『やあ、穂高ほだか小鈴こすずさん』


 と挨拶あいさつした。少し聞き取りづらいけれど、この距離きょりからでも会話の内容は把握はあくできそうだ。ちなみ、レオン、和歌の三人は、第二体育館のうらかくれつつ、小鈴たちの会話に耳をませた。


『どうも』


 つまらなさそうに返事をした小鈴も含めて、これから告白シーンがはじまるとは思えない空気感だった。先輩男子は特に気にしたふうでもなく、言葉を続ける。


『僕は君をむかえに来た』


『は?』


『君はとても幸運こううんだ』


 小鈴が眉間みけんにしわを寄せ、露骨ろこつなしかめっつらを作った。ちなみ的には、後輩こうはいへの告白文句としては五十点くらいだと思う。和歌も同じように思ったのか、「なんだあいつ」などとつぶやいている。


『君は選ばれた。これはとても喜ばしいことだよ』


『もう帰っていいですか』


 あまりにひどい告白に、小鈴が先輩を無視むしして帰ろうとする。しかしその時、


『ははは。待ちたまえ、悪魔あくまきのシャオリン・ダンバース』


 と、先輩せんぱいみょうなことを口走くちばしった。


「なに言ってんの、あの人」


 あきれ顔の和歌をよそに、ちなみとレオンは思わず顔を見合わせる。小鈴はその場で固まって、先輩せんぱいの顔をまじまじと見つめている。


『君には異神いしん巫女みこたる素質そしつがある』


 三人が見守る中、先輩男子が奇妙きみょうな言葉を続ける。


『僕は君をむかえに来たんだ、シャオリン・ダンバース』


「なんか様子がおかしくないか」


 レオンが二人から目をはなさずに言った。彼の言うとおりだ。この状況は普通じゃない。あの先輩男子は、告白以外の目的があって小鈴を呼びだしたに違いない。


 そして、先輩男子は天を見上げ、わけのわからないことを言い出した。


『ファナハウ、ファナハウ! 君は選ばれた! 奈落ならく松明たいまつ――深淵しんえんほのお――ナヒカ=ングナックの依代よりしろに!』


『えっ、こわ……なに? どういうこと?』


『さあ、僕と一緒に来たまえ』


『まって、なに――』


『出てこい、“トウェリカ44ヨンヨン”』


 そう先輩が言ったとたん、地面が大きくれ出した。


「わあっ!?」


 ちなみたちは小さく悲鳴ひめいをあげ、たおれそうになる身体を体育館の外壁がいへきにもたれさせてかろうじてバランスをとった。小鈴はその場にしりもちをついて、呆然ぼうぜんとその様子をながめている。


 地中から、くぐもった轟音ごうおんひびく。


 次の瞬間しゅんかん先輩せんぱい背後はいごの地面が大きな音をたてて真っ二つにれ、地中から異形いぎょうのロボットが姿を現した。


「なになに!? どーいうこと!?」


 そのロボットは巨大で、全高は三・五メートルくらいだった。ボディはグレーで、末端まったん肥大ひだいぎみの手足には曲面的きょくめんてきな装甲が取り付けられている。最も目を引くのは球体状きゅうたいじょうの頭部であり、その球体には無数むすうがびっしりといていた。


 それは、まるで大昔の潜水服せんすいふくのような、不気味ぶきみすぎる姿だった。


『さあ、立って』


『い、いやだ!』


 小鈴が必死ひっしで首を横にる。しかし、腰が抜けているのか、立って逃げることもできないでいるようだ。


『では、無理むりやりにでも連れていくとしよう』


 先輩せんぱいが一歩をす。


 まずい。このままでは本当に、小鈴はあの先輩に連れていかれてしまう。ちなみは一も二もなく走り出そうとして――和歌に思いっきり腕をつかまれ、引きとめられた。


「バカ! なにやってるんだ」


 切羽せっぱまった様子で、和歌が言った。


「でも、行かなきゃ」


「おまえが行ってどうなるんだよ!? まずは警察に――」


「だいじょーぶだって!」


「大丈夫なわけあるか!」


 和歌と言い合いをしていると、レオンが「ちなみ」と声をかけてきた。


「……こんなところでなのか」


 レオンの言いたいことはわかる。今この場には和歌がいるし、そもそもここは学校だ。すぐそばの第二体育館では、今も生徒たちが部活をしている。フェンスの向こうには道路どうろがあって、車がまばらに走行している。本当に最悪さいあく状況じょうきょうだ。でも――


「――やるしかないでしょ!」


「あっ、バカ!」


 ちなみは和歌の手をふりほどいて、第二体育館のかげから飛び出した。小鈴と先輩男子がいっせいにちなみの方をかえる。小鈴はほっとしたような表情を、先輩は挑戦的ちょうせんてきな笑顔を浮かべた。


「小鈴っ!」


「――うん!」


 うなずいた小鈴が、みじかとなえる。


「“虚孔接続アクセス・アイズル:アルファ”」


 悪魔が行使こうしする魔術まじゅつ――虚孔接続アクセスアイズル――魔弾の射手フライシュッツへの武器の供与きょうよ。とたん、ちなみの目の前に大きな影が落ちる。その影から、オレンジ色のかたまり浮上ふじょうしてきた。


 それは、両膝りょうひざをついた陸戦兵器だった。PMC、ゲリラ、犯罪者。様々な人間に世界中で広く愛用あいようされる、傑作けっさくと呼ばれた超大量生産型兵器。


〈VBB-1ヴェスパ〉。


 イタリア製の、ありふれた二足歩行型軍用兵器。角ばった両脚りょうあし円筒形えんとうけい両腕りょううで、逆三角形の胴体どうたいに、バイクのヘルメットのように精悍せいかんな顔つきの頭部。オレンジと黒のツートンカラーに塗装されたそれは、まぎれもなく本物の軍用人型兵器だった。


「なに、それ……」


 和歌の声を背後に聞きながら、ちなみは〈ヴェスパ〉の背中をのぼる。


 ちなみと小鈴、ふたりの間にある特殊とくしゅ事情じじょう。ふたりがこなしている特殊な仕事。それはまさしく、この『二脚にきゃく兵装へいそう』に乗って戦うことなのだ。


 機体の背中にある扉を開け、身体を操縦席そうじゅうせきへとすべりこませる。


 ほぼ同時に、〈トウェリカ44〉と呼ばれていた異形いぎょうのロボットの上半身が、がちゃがちゃと音をたてて複雑ふくざつ展開てんかいしていった。どうやら先輩がそこに乗り込むようだ。


 ちなみは後ろ手に扉を閉め、操縦席そうじゅうせきに自分の身体を固定する。ブラウスにスクールベスト、短めのスカートにハイソックスとローファー。本来ほんらい二脚にきゃく兵装へいそうとは学生服で乗るような兵器ではないけれど、ちなみにとってはれたものだった。


 操作パネルのトグルスイッチを倒して、マスターパワー投入とうにゅう


 甲高かんだか電子音でんしおんり、操作そうさパネルのLEDが点灯。


 赤いボタンを押し込んでエンジン始動しどう


 機体がぶるりとふるえ、四ストロークディーゼルエンジンが低くうなる。


 六枚のモニターが次々に起動。ちなみの〈ヴェスパ〉には強制きょうせい起動きどうシークエンスが適用てきようされているため、イタリア陸軍で使用されている正規品せいきひんよりも起動時間がはるかに短くなっている。


 正面モニターに〈トウェリカ44〉の姿が見える。ちょうど先輩が機体に乗り込み、上半身ががちゃりと音をたてて閉鎖へいさされるところだった。


 ペダルをゆっくりとむ。


 オレンジの兵器と、潜水服せんすいふくのようなロボットが、にらいながらゆらりと立ち上がった。


『オレンジの曲芸師きょくげいし――フライシュッツ。やはり現れたな』


 先輩の声が、外部スピーカーごしに聞こえてくる。


 オレンジの曲芸師きょくげいしとは、『そっちの業界』でちなみにつけられたあだ名である。かっこよくもかわいくもないので、ちなみ的には微妙びみょうなあだ名だったけれど、本人の意志はそっちのけでかなり広まってしまっているようだ。


 先輩の声が続ける。


『見せてもらおうか。曲芸師の実力を』


 その声に、ちなみは短く返答した。


「まかして」


 ペダルをる。操縦桿そうじゅうかんたおす。


 ディーゼルエンジンが低くうなりをあげ、排気口はいきこうから黒煙こくえんき出される。


 ちなみの操作で、オレンジの二脚にきゃく兵装へいそう――〈ヴェスパ〉が、ものすごいいきおいで敵機てっきへと突進とっしんした。


 一方、潜水服せんすいふくのようなロボット――〈トウェリカ44〉は、せまる〈ヴェスパ〉へと右手を向ける。そのてのひらがばくりとれ、中からピンク色の光をとも砲身ほうしんが現れた。


 たぶん、ビーム兵器だ。ちなみはすぐに理解りかいした。


 こういった正体しょうたい不明ふめいのロボット兵器は、現用兵器をゆうに圧倒あっとうする先進的せんしんてきなテクノロジーの武器をんでいることが多い。ビーム兵器なんて、実用化はまだまだ先のはずだ。けれど、この世界ではそんな常識じょうしき通用つうようしない。


 とにかく、ビームをたれたらまずい。〈ヴェスパ〉の背後はいごには第二体育館があって、いまも生徒たちが部活にいそしんでいるのだ。


 ペダルをれ、操縦桿そうじゅうかんを引く。


〈ヴェスパ〉がはじかれたようにスピードをあげ、ビームをつ直前の〈トウェリカ44〉の真正面ましょうめんへとみこんで――


「せーの……っ!」


 その右腕みぎうでを、真上まうえへとげた。


 ガキン、と甲高かんだかい金属音がひびいて、〈トウェリカ44〉の右腕がねあがる。直後にビームが放たれ、ピンク色の光軸こうじくが青い空へとかっとんでいった。


 即座そくざにバックステップ。


 照準しょうじゅんをあわせる。トリガーを引く。


〈ヴェスパ〉が左手にかまえた火砲――ゾロターン二十ミリ機関砲きかんほうが火をいて、直径二センチの砲弾を大量にき出した。はげしいマズルフラッシュ。操縦室そうじゅうしつに伝わる轟音ごうおん振動しんどう。装甲車をずたずたにできるほどの火力が、いっせいに敵機へとおそいかかる。


 しかし、


「うわ、かたいね……!」


 二十ミリの砲弾ほうだんは、〈トウェリカ44〉の装甲にやすやすとふせがれてしまった。がん、ごん、とにぶい音をたてた砲弾ほうだんが、地面へとむなしく散らばっていく。わかっていたことだけれど、敵は防御力ぼうぎょりょく圧倒的あっとうてきだった。


 ちなみはすぐに射撃しゃげきをやめ、機体をバックステップさせた。


 そこへ、潜水服せんすいふくのようなロボットはするどみこみ、巨大な右腕でなぐりかかってきた。


「――!」


 とんでもないスピードのパンチだ。しかし、ちなみはそれを見切みきっている。〈ヴェスパ〉はすこし身体をひねり、一発目の攻撃を回避かいひした。


 ――次が来る。


 敵機が左腕でなぐりかかってきた。二発目の攻撃。〈ヴェスパ〉はさらにバックステップし、その攻撃もなんなく回避かいひする。


 そこで、〈トウェリカ44〉が笑った。


 いま、ちなみの背後はいごにはレオンと和歌がいる。和歌はその場に尻餅しりもちをついて、唖然あぜんとした表情でこちらを見上げていた。


 敵機が次のパンチをす。


 後ろに和歌たちがいるので、これ以上は下がれない。


 だからちなみは、思いって前進ぜんしんすることにした。はじかれたように飛び出したオレンジの機体は、敵機のパンチに真正面からんでいく。和歌が目を見開いた。このままでは、〈ヴェスパ〉は敵のパンチで粉砕ふんさいされてしまう――


『――なに!?』


 右腕をふりきった〈トウェリカ44〉から、先輩せんぱい男子だんし驚愕きょうがくの声がれた。


 なぜなら、〈ヴェスパ〉はそのパンチをすりぬけるようにして、からである。それははたから見れば魔法にしか見えなかったが、その回避かいひは奇跡でも魔法でもなく、ちなみの純粋じゅんすいなテクニックだった。


 フェイント。


 それは、神業的かみわざてきなフェイントだった。正面から飛びこむと見せかけて、実際は左にステップをんだ――事実としてはそれだけだ。ただ、ステップをむスピード、距離感きょりかん、タイミング、バランス感、全てが奇跡的きせきてきに完ぺきだった。その動作があまりにも完ぺきすぎるせいで、攻撃をすり抜けたように思わされるのだ。


 ペダルをる。操縦桿そうじゅうせきたおす。


〈ヴェスパ〉が敵機に突撃とつげきし、全力の体当たりを食らわせた。総重量そうじゅうりょう一・五トンの体当たりである。〈トウェリカ44〉はたまらずにふっとんで、背後にあった予備よび倉庫そうこいきおいよくたたきつけられた。倉庫そうこ爆音ばくおんとともに粉砕ふんさいされ、ぼろくずのように吹き飛ばされる。


 倉庫そうこ粉々こなごなにした〈トウェリカ44〉は、さらにその背後にあったフェンスをぶちやぶり、車道へところてようやく止まった。潜水服せんすいふくのようなロボットが、ピンク色の眼を大量たいりょうけた顔を上げ、道路の先を見る。


 ちょうど走ってきた車が、あわてた様子で急ブレーキをかけた。


 その車へ向かって、〈トウェリカ44〉が右腕をあげる。右手がばくりと割れ、ビーム砲がピンク色の光をともす――


「させるかぁ――っ!!」


 そこへ〈ヴェスパ〉がかっとんできて、全力のりをらわせた。


〈トウェリカ44〉は再びふっとばされ、道路の向かいにあったフェンスを破壊はかい。工事途中とちゅう放棄ほうきされた更地さらちころがり、いきおいのままにぶつかったプレハブを粉々に爆砕ばくさいした。


 ちなみの〈ヴェスパ〉がフェンスをえ、更地さらち侵入しんにゅうする。視線しせんの先、起き上がった〈トウェリカ44〉が、両手からビーム砲を乱射らんしゃした。


 ピンク色に発光する荷電かでん粒子りゅうしビームが、ちなみの方へと殺到さっとうする。しかしこの角度なら、ながだまはどこにも当たらないはずだ。


「――よし!」


 フェイント・マニューバ。


〈ヴェスパ〉は右へ左へステップをみつつ、最大速度で疾走しっそうする。オレンジ色の機体は、亜光速あこうそくでせまる荷電かでん粒子りゅうしビームをすりぬけるようにして回避かいひしていく。穂高ちなみは世界最強の二脚にきゃく操縦兵そうじゅうへいだった。世界の誰も、ちなみの〈ヴェスパ〉を止めることはできない。


『なんてヤツだ――!』


 うめきながら、〈トウェリカ44〉が〈ヴェスパ〉へとなぐりかかる。しかし、それすらもフェイントだ。オレンジ色の機体は魔法まほうのように〈トウェリカ44〉のパンチをすりけ、その背後へと回り込んだ。


〈ヴェスパ〉が右手の武器をかかげる。


 四十ミリアサルトキャノン。反テロ特殊とくしゅ部隊ぶたいで使用される、最新鋭さいしんえいの重火力砲だ。この武器は、現存する全ての二脚にきゃく兵装へいそう一撃いちげきでふっとばすほどの超火力をほこる。


 トリガーを引く。


 アサルトキャノンが火をいた。重々おもおもしい炸裂音さくれつおんとともに、四十ミリAPFSDS装弾筒付翼安定徹甲弾連続れんぞくき出される。それは〈トウェリカ44〉の両腕・両脚をばらばらにし、敵機の戦闘能力のすべてを一瞬いっしゅんにしてうばった。


 どずん、と重々おもおもしい音をたて、〈トウェリカ44〉の胴体どうたいが地面に転がる。


 それにアサルトキャノンをつきつけ、ちなみは外部スピーカーで呼びかけた。


「私の勝ちです! 機体を捨てて出てきてくだ――」


 しかしそこまで言ったとき、はげしいサイレンの音が聞こえてきて、ちなみはハッと顔をあげた。赤い光をぐるぐると回転させたパトカーが、左右から続々とせまってくる。それらはもちろん、ちなみの〈ヴェスパ〉の方へと向かってきていた。


「……やば」


 ちなみはひとりでに表情をひきつらせた。


 いまの戦闘で、学校の倉庫を粉々こなごなにし、道路を踏みらし、更地さらち不法ふほう侵入しんにゅうして、プレハブをぶちこわしにした。そもそも、街中まちなか機関砲きかんほうやら四十ミリ砲やらを好き勝手にぶっぱなしていたのだ。もはや、それがどんな犯罪はんざいにあたるのかすらまったく見当もつかなかった。


 数台のパトカー、そしていかついトラックまでもが、〈ヴェスパ〉と〈トウェリカ44〉の周囲に集まり、ぐるりと包囲ほういするようなフォーメーションで停車ていしゃした。


「あ、あはは……」


 ちなみはかわいた笑みをかべ、つぶやいた。


「どーしよ、これ」




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■設定イラスト更新

・ちなみ&小鈴

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