独り言の多い男
加賀倉 創作【書く精】
前編『危機一髪』
※本作には、残酷な描写、グロテスクな表現が含まれます。
俺はハッカー。
今朝、シオン国軍の暗号通信を傍受した。解読の結果、シオン国は間も無く、敵対する我が国ハンソルトに対し、まもなく核ミサイルを発射すると判明した。ひどく不運なことに、攻撃目標は、俺の住む町ザーガだった。ザーガには、軍事基地もなければ、兵士もいないし、銃の一丁すら見つからない平和な町だ。しかし、不幸中の幸いなのは、事前に情報を得られたことだ。この恐ろしい事実を知ってしまったからには、俺は俺自身と、大切な家族とを守るために、全力を尽くさなければならない。そういうわけで今、俺はキャンピングカーのハンドルを握り、アクセルをこれでもかと言うくらいに、踏み込んでいるのである。
キャンピングカーが向かう先は、山だ。去年の夏に、家族でキャンプに出かけた場所だから、ナビや地図が無くとも辿り着ける。それに今俺は、頭が冴えている……とは言い切れない。実は白状すると、昨晩は妻の誕生日パーティだったのだが、明け方まで、結構な量を飲んだ。まだ、アルコールは抜け切っていない。もちろんそれは、妻のデネボラも同じだ。デネボラは、朝から二日酔い気味らしい。今は物音一つ立てずに、俺の座る運転席の右後ろ、少し離れたところにあるベッドで横になっている。ベロベロに酔った状態で、四十四本もの蝋燭の火を、一気に吹き消したものだから、酸欠で倒れそうになっていたよなぁ。実際、その直後デネボラはワインがなみなみ注がれたグラスを落として、後始末が大変だった。彼女の生まれ年のヴィンテージワイン、それもかなり高価なやつが床に水溜りを作っているのを見るのは、辛かったよ。で、ベッドの向かいの座席には、寝ている妻を見守るように、高校生の長男、アルクトゥルスが座っている。それも、高級感溢れる赤茶色の革製のシートに。アルクトゥルスは先天性の歩行障害を抱えているのだが、わざわざこの大きなキャンピングカーをこしらえたのは、アルクトゥルスが歩きやすいように、車の足場を広くしてやりたかったからだ。アルクトゥルスに抱っこされている後ろ姿は、まだ三歳の次女スピカ。キャンピングカーの長距離の移動でも泣き喚かない偉い子だ。将来はきっと、とんでもなくできた大人になるな。その小さな頭には、キャンプに際し、日よけにと思って買ってやった紫色のキャップを被っているが、よく似合っている。そして長女のハルはというと……さっきからずっと、車内の
キャンピングカーが山に到着した。
みんな長旅に疲れたのか、すぐには動こうとしない。運転を頑張ったのは、俺なのになぁ。
「おいおい、みんなどうしたんだ? 仕方ないなぁ。じゃあパパが全部やってあげるから、中で待っててくれ。今、肉を焼くからな!」
俺は、後部座席に積んでいた骨付きの生肉を持ってキャンピングカーを降りる。手際よく肉焼き器を組み立てて、次は火起こし。苦戦する人も多いが、俺は、着火が得意だ。なんと言っても、天然素材を使った自作の着火剤があるからな。あっという間に炎は大きくなり、肉を焼き始める。
「ほーら、こんがり焼けてきたぞ」
肉が少し焦げた匂い。車内のみんなも、匂いに釣られて、そろそろ出てくるんじゃないだろうか。キャンピングカーの扉をチラッと見る。が、まだ降りてこないみたいだ。視線を肉へ戻す。すると、火に近づきすぎたせいか、服の袖に引火してしまっている。だが……これでいい。綿素材はよく燃える。火は服を伝って登っていき、あっという間に俺の顔を炙り始める。
「おいお前! そこで何をしてるんだ? っておい待て、体に火がついてるぞ!!」
誰だろうか。
後ろから、知らない男の叫び声が聞こえる。
声の方に振り返り見てみるも、やはり知らない男だ。
そこで、俺は、気を失った。
〈後編『思い違い』に続く〉
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