一人称会議
「会議を始める。本日の議題は一人称。主の一人称は統一されるべきであり、それは俺であるべきだ」
“オレ”はねめつけるように参加者の顔を見た。文句あんのか、と言わんばかりの表情だ。
「いいですか?」
手を挙げたのは“ジブン”。
「自分としては、特に誰を使用するかについては気にしていません。複数の一人称を利用してもいいのではないでしょうか。ただ、社会人であり、女性である主が人前で『俺』を使用するのはいかがなものかと思います」
「じゃあ、やっぱり私でしょ。社会人はみんな『私』になるものよ。ということは男女とも共通して品位がある一人称ということでしょう?私をメインに利用したらいいんじゃないかしら」
“ワタシ”が長い足を組み替え“オレ”に微笑みかけた。
少し、むっとしたように“オレ”は主を振り向く。
「でも主は違和感があるんだろ?」
「うん」
「なら無しだ」
主の回答に“オレ”は勝ち誇った表情で“ワタシ”の意見を一蹴した。
言い返そうとした“ワタシ”を元気な声が遮った。
「違和感の無さで言ったらみーでしょ!」
「一番無しだ!」
“オレ”が負けじと大声で却下を下す。
頬を膨らます“メイ”に“オレ”は畳みかけるように続けた。
「社会人にもなって、自分を下の名前で呼ぶな。子どもか?そもそもお前が引かないからこうなっているんだろうが。大多数の人間は思春期に、いや、思春期前に卒業するんだよ!」
「えー」
反論されて“メイ”は不満顔だ。
がるがる威嚇している“オレ”に“ワタシ”が言葉の冷水を浴びせる。
「それを言うなら『俺』もどうなの?一般的には社会人は使わないものよ。男性でも、改まった場では『僕』か『私』にいいかえる人が多いんじゃないかしら?」
「え、僕?」
ねえ、そうでしょう?と話を振られて“ボク”はしどろもどろだ。
「たしかに、『俺』って言い方はちょっと威圧的というか、目上の人に対して使うものじゃないかな。と思う。た、ただ」
“オレ”に睨まれて“ボク”は慌てて言葉を紡いだ。
「ただね、一人称を統一するっていうのには賛成だよ。今、主は『俺』『私』『僕』『自分』『みー』の五つを使っているでしょ?この状況はそのうち綻びが出ると僕は思うよ」
“ボク”の意見を満足顔の“ワタシ”が引き継ぐ。
「そうよ、使い分けも特にはっきりしている訳じゃないじゃない?SNSの投稿とか日記とか、読む人に混乱を与えると思うわ。やっぱり私に統一するべきなのよ」
「なんで統一するのが『私』になるんだ」
なかなか進まない話に“オレ”は苛立ちを覚え始めていた。
そもそも“ボク”が統一賛成なのは、主が“ボク”を利用する場面に不服があるからだ。“オレ”を利用してほしいなんて微塵も思っていないことは知っている。
“ワタシ”が自身を利用するように推してくるのにもうんざりしていた。
そんな“オレ”をよそに“ワタシ”はかねてからの疑問を主にぶつけた。
「そもそもなんで私じゃダメなの?」
「‥‥‥家族の前で私って言うのが恥ずかしい」
「はあ?」
蚊の鳴くような声で答える主に、“ワタシ”が目を見開く。
「あんた、いい加減にしなさいよ。思春期じゃないんだから!」
「家族の前で一番使っているのはみーだよね!?」
はいはいはーいと手を上げて割り込んできた“メイ”に主はにっこりと頷き返す。これには「論外だ!」と“ワタシ”と“オレ”の声が重なった。
二人に叱られ、さすがの主も眉尻を下げる。
「たとえば兄弟の婚約者にも『みー』って言うのか?言わないだろ?いい加減大人になれ。普段利用している一人称はふとした瞬間に出やすい。統一した方が良いんだよ」
ふーと長い息を吐いた“オレ”は会議が始まったときよりずいぶんと疲れて見えた。後半は子どもを説得する父親のような言い方だ。
逆に今使いやすいのは誰だと聞かれ、主はちらりと“ジブン”を見た。
「自分ですか?たしかに最近、呼び出される頻度が上がった気がしていましたが。自分は統一してくださって構いませんよ」
「なんで!?おんなじ三文字なのに!?」
きーっと叫ぶ“ワタシ”に“ジブン”はさもありなんといった様子だ。
「いや、使いにくいだろ。人前で、自分、自分のこと自分自分ゆうてるけど、自分のこと自分てゆうのやめて自分、ってやるつもりか?」
「そこは臨機応変にですよ」
「それを!統一しろって言ってんだよ俺は!!」
「もういい!」
突然、主が立ち上がった。
「統一しなきゃダメ?ラノベのキャラだって一文で三つ使ってる人もいたし、世の中使い分けている人もいるでしょ?もうこの話は終わり!以上!!」
どすどすと足を鳴らして立ち去る主の背を一人称たちは見送るしかなかった。
これにて今日の一人称会議は終わり。
主は明日もまた五つの一人称を使い分ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます