寝不足

 ガランカランと軽快な音が聞こえてくる。


「おはようございます。あれ、なんか疲れてます?」

「あ、おはようございます。2日ほど徹夜しちゃって。」


 気怠さの混じった挨拶と共に、ゴミ袋の山を一つ大きくする。


「駄目ですよー。ちゃんと寝なきゃ。って僕が言っても説得力無いですけど。」


 はははと笑う彼が地面に置いた袋には、黒や金の細い缶しか入っていない。半透明の袋にも関わらず、微糖の文字がはっきりと見える。


「まあ、お互い、ほどほどに頑張りましょう。」


 別れを告げ、駅へと向かう。

 彼はここ最近、在宅勤務となっているらしい。朝の通勤が無いなんて羨ましいかぎりだ。


   ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 前方に駅が見え始めたあたりで、突然、黒いスーツが視界を遮った。


「宗井武さんですね?」


 道をふさぐようにして立つ2人の男は、どちらも墨で染めたようなスーツに黒縁眼鏡。眼鏡の奥の瞳はひどく冷たい。


「な、なん、ですか。」

「あなたには負債があります。」

「へ?負債?ぼ、僕、金なんて借りてないですよ。」


 男たちの歩調に合わせるように一歩、二歩と後ずさる。ドンッと背中に鈍い衝撃を受けた。振り返ると同じ見た目の男がもう一人。首筋の鋭い痛みと共に視界が反転し、そして真っ暗になった。


  ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 変な夢だった。

 ベッドが置いてあるだけの部屋のような場所にいた。そこでの僕は一汁三菜にデザートまでついている食事を三食食べ、よく運動し、よく眠る、とても規則正しい生活をしていた。漫画もゲームも無い空間だったが、とても充実した気持ちで満たされていた。


  ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 目を覚ますと見慣れた天井だった。

 夢の内容の割に頭はすっきりしている。時計を見ると午前6時29分。1回目のアラームの1分前だ。アラームを止めてベッドから降りる。不思議と体が軽かった。


 顔を洗い、歯を磨く。鏡に写る顔はワントーン明るくなった気がする。早起きの効果だろうか。

 スーツに着替え、そろそろ出ようかというときに玄関のチャイムが鳴った。

 出ると、ものすごく驚いた顔の大家さんが立っていた。


「宗井さんいつ帰って来たの!いたなら返事してちょうだいよ!心配するじゃない!」

「え、すみません。」


 咄嗟に謝ったものの大家さんが早朝から来た理由が分からない。いつ帰って来たの?なんか変じゃないか?


 外泊なんてしてないし。今日、普通に起きたよな?そりゃ、ちょっと早起きだったけど、ベッドから出て、歯磨いて。いや、待てよ。ゴミ出しはした気がする。ゴミ置き場で倉間さんに会って、駅まで行って、そこで・・・・・・あれ?どこからが夢なんだ?


「きょ、今日って、缶ビンごみの日ですよね。」


 自分でも聞き取りにくいほどかすれた声が出た。


「今日はなにも回収してないわよ。缶ビンは先週だから。」


 絶句した僕に大家さんが不審そうな目を向けてくる。


「あなたが出社してないって親御さんに連絡があったそうなの。昨日私にも連絡が来てね。隣の倉間さんも先週から見てないのよ。あなたなにか知らない?ねえ、聞いてるの?」

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