蟲毒の箱庭

上面

 白い地面に赤い花がいくつか咲いている。俺が歩く度に、白い地面に赤い花が咲いていく。

 樺太島は三月を迎えても未だ氷点下だった。夜の暗闇の中に街灯がぼんやりと光っている。

 肺に穴が開いたのか、呼吸が苦しい。滑り止めのある靴を履いてき、防寒具は着込んでいるが、それでも寒い。血を流しすぎたか。

 空港からタクシーを拾うまでは良かったが、ホテルの前に着くと良くなかった。

 無愛想なホテルだった。だいぶ昔から建っている建物のようで、陰鬱な雰囲気を感じる。そのホテルの入り口付近に、俺の首を狙う刺客が学校の一クラスほどの数で待っていた。

 なかなかやる連中だったので、良い攻撃をいくつか受けてしまった。

 それよりもチェックインしなければ。俺は約束の時間を守る男。約束時間守りマン。頭が回らないが、しょうもないことを考えている。

 視界が傾き、地面が目の前にあった。



 夢を見ている。風景が雪景色から緑豊かな草原に変わっているため、ここが現在ではないことが分かる。いずれの帝、将軍の御治世であったのかはすぐには思い出せない。

 時刻は夜のように思う。月と星が明るい夜だ。

 俺は弓を持ち、矢を番えている。狙うのは一人。

 上等な着物を着た女。貴族の姫君のような黒く艶やかな髪が長い。

 眼差しの鋭きに俺はたじろぐ。目と目があった。五十間約九十メートルは目と鼻の先に感じる。

 星明かりの草原の上、俺と女の射線上には何もありはしない。

 俺は矢を射なければならない。



 目を覚ますと知らない天井があった。

 病院ではないように思う。


「おはよう。気分はどうじゃ?」


 パンツルックの服装に身を包んだホテルの従業員と思しき女が、ベッド横の椅子に座っていた。初めて会ったはずだが、初めて会った気がしなかった。

 何処かで見たような長い黒髪をポニーテールで纏めクソデカい紫色のリボンを付けている、何処かで見たようなかんばせをしている。前髪は目元の近くで等しい長さに切り揃えられ、鋭き眼差しが俺を刺す。いたずらっぽい笑みを浮かべ、敵意は感じられない。

 だが、恐らくこの女は表情を変えずに平然と人を殺すだろう。


「語尾がのじゃの女、まさか実在したのか」


 俺はこれまでの長くも無い人生で、のじゃが語尾に付く女と出会ったことは無かった。ちなみにツチノコやチュパカブラや河童は見た。


「大谷翔平やTDNただのが実在するのだから、わらわのように語尾がのじゃの女子おなごもいるじゃろ」


 大谷翔平は誰でも知っている。帝国の至宝と呼ばれた名誉を捨て、野球ベースボールの本場である合衆国に亡命した男だ。


「大谷翔平とのじゃの女は同列に比較されるものなのか?あとTDNただのとは誰だ?」


 かなり話が脱線し、TDNただのが何者かについて根掘り葉掘り聞いたりしたが、状況が分かった。

 俺がホテルの前で倒れていたので、治療後ホテルの客室に放り込んだらしい。


「身分証を勝手に見た。申し訳ない。死にかけから助けたのでちゃらにしてくれぬか」

「ああ」

「返事は『はい』か『いいえ』、はっきりせんか!!」

「はい!」


 返事をはっきりしろと怒鳴られ、反射的に大声で答えてしまう。


わらわ過負荷カフカ。今後ともよろしく」


 過負荷カフカが手を差し出してきた。握手。それは些か異国流のような気もするがその手を握る。

 薄暗がりばかりの俺の人生は、このときをずっと待っていたようにも思った。



 


 


 

 


 




 

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