第38話 四季結界補修の日(1)


 翌週、初夏も過ぎて間もない葉月。

 教えてもらった乗り合い馬車の駅に早朝七時に辿り着く。

 一応、弁当を持ってきたから重い。

 滉雅さん用の弁当だけど、昨日作って冷蔵庫に入れておいたので味は落ちている、かも。

 まあ、冷蔵庫に入れて一日経っても含めた霊力はすべて抜けることはないっていうのは、試してみて確認済み。

 なので俺の分は昨日の作り置き。

 滉雅さんに差し入れする分は今朝作ったたっぷり霊力を込めた分。

『自動防御』の霊符も十枚作ってきたし、万全だろ!

 

「三番駅から五十番結界までの乗り合い馬車をご利用の方は、こちらでーす」

「あ、はーい。乗りまーす」

 

 乗り合い馬車は結構人が乗っている。

 学校で婚約破棄された令嬢もちらほら。

 俺が事前に小百合さんに「着飾ってこないようにと討伐部隊の人に言われました」と伝えておいたおかげで、そういう子たちは非常に質素で動きやすい服装。

 しかし、やはり初めての場所に行くのはドキドキするぜ。

 町から出て、央都の近くの森に向かう。

 そういえば……央都の外って生まれて初めて出るかもしれない。

 いや、よく考えるとマジで初めてだわ。

 央都自体がクッソ広いっていうのもあるけれど、結界に守られなければ傭兵護衛を雇わなければ東都西都に行くこともできないとか。

 央都の外ってこんなふうになっているんだなー、と外を眺めていると、一軒古びた建物に到着した。

 

「結界補修に参加される方はこちらへ」

 

 案内役の女性が出てきて、中に促される。

 思ってたよりしっかりとした建物の玄関には霊符がびっしり貼ってあってビビった。

 これ、全部結界霊符だ。

 

「あ、あの、玄関の、あの霊符の数は……」

 

 さすがに俺以外も気になったのか、参加者の一人が案内役に問う。

 無表情で振り返った案内役の女性は「今年は食猿が出たので」とやや俯いて目を背けながら呟く。

 く、食猿?

 俺たちみたいな町に住むご令嬢やご婦人は禍妖かようは全部禍妖かようだと思っていたが、どうやら禍妖かようの形や能力に応じて名づけられてカテゴライズされてるやつもいるらしい。

 一人の令嬢が「食猿とはなんですか?」と聞くと案内役は表情をますます暗くする。

 

「く……食猿とは、人も禍妖かようも食う猿のような姿の禍妖かようです。猿のように見えますが、猿とは明確に別の“なにか”なのです。生きたまま生き物を食う。そして、食い飽きたら遺体をバラバラにしたり、投げつけて遊んだりする。他の禍妖かようを食うので、知性のようなものも持つ。とにかく……危険な禍妖かようです……。女性は非力で肉が柔らかく霊力も多く持っていますから、もしも補修作業が夕刻までかかるようでしたら三時になる前におかえりいただくことになると思います。食猿は、夕刻頃から出てくるので……」

 

 そんな話を聞いて、誰もそれ以上声を発せなくなる。

 な、なにそれやばい。

 そういえば前世で本当にあった系の怖い話の中に、山に入った子どもが飼い犬を喰われ、無事に家に帰ってからその話を聞いたじいさんが慌てて霊媒師のような人を依頼して母親が身代わりになる覚悟で迎え撃った、なんて話しあったな。

 犬が死ぬ話は全部胸糞だから覚えてる。

 犬が死ぬ話は大変よくない。

 他にも幼稚園の柵の先端に、小動物を突き刺して殺す――猿に似た生き物の話とか。

 あれ、なんて言ったっけ?

 ヒ、ヒヒ? サル? だめださすがに昔すぎて思い出せない。

 でも、確か“それ”の別名に“鬼猿”とか“食猿”っていうのがあったはず。

 ……食猿。

 え、まさか………………それ?

 生まれてこの方、ここまで背筋が寒くなったことはない。

 滉雅さんたちが戦っているモノって、そ、そういうモノなの……?

 

「こちらの大広間でお待ちください。すぐに一条ノ護いちじょうのご家の当主様がいらっしゃいます。霊力を流し込む水晶が運ばれてきますので、当主様が術を開始して合図がされたら皆さんでその水晶へ霊力を流し込んでください。霊力が尽きた方から談話室へ移動して、お帰りの馬車がご用意できるまでお茶やお菓子をお楽しみくださいな。では」

 

 案内役の人が頭を下げて部屋から出ていく。

 残された令嬢と夫人たちは少し不安げになっている。

 

「こんな緊張感のある補修初めてだわ。禍妖かようの中でも危険な種がうろついているなんて……」

「お母様、わたくし怖い……」

「補修の際は禍妖かよう討伐部隊が周辺を護衛してくれるのよ。だから大丈夫よ。ただ、今まで聞いたこともない禍妖かようだったから……」

 

 母娘で参加している人もいるんだな。

 確か、副隊長さんはこういう補修のための場所は三ヵ所あるって言っていたけれど……小百合さんは別の場所か?

 きょろきょろ辺りを見回すと、わいわいと話し声が近づいてくる。

 十人くらいの令嬢たちが入室してきて、その中に小百合さんと――げっ……!? 白窪結菜しらくぼゆいな!? 

 

「皆さん、朝はようから集まってくださり、感謝いたします。補修ヵ所には事前にしるしをつけてありますので、この水晶に霊力を込めてくださいませ。その水晶から印の場所へ自動的に霊力が送られるので、難しく考えずとも問題ありまへん。霊力が尽きたら入口にいる者へ声をかけてください。談話室に案内されはりますから、乗合馬車の準備が整うまでのんびり他の人とお話ししながら茶ぁしばいてお菓子でもつまみながらのんびり待っとってくださいな。もしも今日だけで終わらんようでしたら、また明日お願いするかもしれまへんが、そういうことは滅多にあらへんのでまあ、大丈夫でしょう。ほな、なにかわからへんことあります? 質問がある人は今のうちに聞いとってくださって」

 

 先ほどの案内役の人とほとんど変わらない説明をしてくれたのは、一条ノ護いちじょうのご美澄みすみ様。

 今日も綺麗なお着物で。


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