第33話 男って……


「せや、来月夏の四季結界補修があんねんけど、もしよかったら参加してくれへん?」

「まだ早くないか?」

「なんでやねん、ええやん。早くから参加してどんなもんなのか経験してもらった方が」

「はい、あの、大丈夫ですよ、滉雅さん。結界補修の霊術にものすごく興味があるので!」

「……そうか……」


 マジか!

 もう四季結界補修に参加できるんか!

 滉雅さんは心配してくれているけれど、俺は百結界の結界補修の霊術にめちゃくちゃ興味ありありだからむしろ絶対行きたい!


「ほんま、こんなええ娘がおったなんてねぇ。お前、ほんまにええ娘はんみっけてけてきたねぇ」

「ああ」

「え……っ。あ……ありがとうございます……」


 こ、滉雅さん……そんなふうに即答されたら、じわじわ顔熱くなるんですが?

 さすがにね? さすがによ?

 中身が男だと話したあとだが、『いい娘』と言われて滉雅さんが即答で肯定してくれることに顔を熱くする自分に……戸惑う。

 肉体性に引っ張られているのだろうか?

 いや、普通に褒められたら嬉しいじゃん?

 そうだよな、普通、褒められたら嬉しいから――きっと褒められて嬉しくて、だよな?


「では来月にでも、滉雅と舞はんの婚約が無事に交わされたと公表してしまおう。それでええ? ふみ様」

「もちろんです」

「それまでは相手は誰か言わずに、舞はんは『婚約者が決まった』とだけ言うて男避けしなはれ。魔力量のことは広まりつつあるんやろ? 昨日も変なのが来ていたみたいやし」

「はい。……あの、では……そのようにお断りをさせていただきます。ありがとうございます」


 正直なところ、婚約者がいる、という堤防があるのはでかい。

 俺の霊符も喜んでもらえたし、来月には滉雅さんとの婚約を正式発表。

 そして四季結界補修に参加!

 胸が躍るイベント盛りだくさんだぜ〜!



 ◇◆◇◆◇



「結城坂様、お聞きになりました!?」

「へあ!? な、なんですか? どうかなさいました!?」


 婚約話が正式にまとまった翌週。

 学校で八ノ城梢はちのじょうこずえさんと八越陽子はちごえようこさんが俺の机を囲い込む。

 二人とも相変わらずテンション高く、噂話かなにかを教えてくれるつもりのようだが今日はいつもより興奮しているように見える。


彩芽あやめさんが元婚約者の方に襲われて、お怪我をされたの!」

「え! 天ヶ崎あまがさき様が!? 大丈夫なのですか!?」

「ええ、逃げる時に足首を少し捻挫されたそうですけど……無事に逃げ切れたそうですわ」

「結城坂様が授けた霊符のおかげだから、お礼を言っておいてほしいと言伝を頼まれておりましたの」


 と、口々に言って「これはお礼の品とのことですわ」と紫色の菖蒲が描かれた風呂敷を手渡された。

 中身は色と大きさの違う風呂敷が三枚も!


「わあ、可愛い……。よろしいのですか?」

「ええ、ええ! もちろん! 結城坂様のおかげで彩芽さんは逃げ切れたそうですもの!」

「わたくしたちも親戚として心から感謝いたしますわ。しばらくは大事をとってお休みされるそうですけれど、結城坂様の授けてくれた霊符が彩芽さんをお守りくださったんですもの。わたくしたちからもなにかお礼をしたく存じますの。ご希望があればおっしゃってくださいませ」

「いやいや! そんな……ですが……」


 天ヶ崎さん、マジで元婚約者に襲われたのか。

 俺もクズポンタンにぶん殴られたことがあるから、その時感じた恐怖はよくわかる。

 俺があんまり深刻な顔をしていたせいか、二人に心配そうな顔をされてしまったが、俺としては天ヶ崎さんの怪我が心配だ。


「お怪我は本当に大丈夫なのですか?」

「ええ。一週間ほどで完治するだろうとのことですわ。むしろ、元婚約者の方の方が大変そうですわよね」

「最近白窪様と交流のあった殿方が元婚約者の女性によりを戻そうと声がけをし始めたという話が多く出ておりますわよね。わたくしの婚約者も家を通して手紙を寄越しましたのよ。冗談ではありませんわ」


 泥舟からとっとと降りて、元鞘に戻ろうってことか?

 虫のいい話だな。

 八ノ城はちのじょうさんは婚約破棄が拗れて長引いていたから、余計にそう思うんだろうな。


「あの、結城坂様」

「はい?」

「まあ、佐山さやま様?」


 同じクラスの佐山雪さん。

 白い肌と綺麗な黒髪のおかっぱの美少女。

 ご友人が二人付き添い、俺たちのところに歩み寄ってくる。

 その表情はとても不安そう。


「わたくしの元婚約者も最近話しかけてきて、再婚約を申し込んできて恐ろしいのです。あの、もし余っておりましたら天ヶ崎様に授けられたという霊符、わたくしにも譲っていただけませんか?」

「わたくしも……」

「余っておりましたら、わたくしにもいただけませんか? 必要でしたらお金も払います」

「え……ええ?」


 よく見れば付き添いのお二人も非常に不安そうな表情。

 教室の中を見ると、他にもチラチラこちらを伺うご令嬢がちらほら……。

 もしかして、婚約破棄の数だけ女の子がつき纏われて困っているのか……?

 おいおい、それはおかしな話だろう。

 婚約破棄を言い出したのはそっちだろう?

 なんで婚約破棄を言い出した側が婚約破棄された相手とまた婚約できると思ってんだよ。

 普通にリセット――白紙だろ。

 改めて一から築き上げるにしたってマイナススタート。

 信用のない状態から、どうしてイケると思う?


『女のくせに生意気な!』

『格下の女が調子に乗りやがって……! いいか、婚約は続行だ! お前から我が家に頭を下げて婚約破棄取り消しを願い奉るんだ!』


 ――なんて、あのクズポンタンは言ってたが……。

 まさか、あのクソ思想のまま突っ走る自己中男が他にもいるってこと……?

 マジで言ってる?

 あのレベルのバカが他にもいるって?

 嘘だろ? 男ってそんなにバカなの? 嘘だろ?

 前世男の俺は男がそんなにバカだなんて信じたくないんだが?

 嘘だろ? なあ!


「む、無理でしょうか……?」

「………………っ」


 しかし、現実に困っている……怯えている女の子が、いる。

 俺も殴られた時のことを思い出すと――。


「わかりました。お三方の分も作っておきますわ」

「え! ほ、本当ですか!? わざわざ作ってくださる……!?」

「ええ、明日までにご用意します。お待ちいただいてもいいでしょうか?」

「は、はい! ぜひ、よろしくお願いします!」


 俺がそう答えると、三人は顔を綻ばせて安堵したように顔を見合わせ合う。

 そんなところを見たら、やはり断るなんてできない。

 ……余分に作っておいた方が、いいかもな、なんて……思いたくなかったけど……。


「あの、結城坂様……実は……」

「もちろん、一応八ノ城様と八越様のお二人の分も作っておきますわよ」

「あ! ありがとうございます!」


 男って………………。


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