第26話 デェト(2)


 信じられん、俺、心は男なのに。

 イケメンの微笑みは男にも効果絶大だった……!?

 それとも体が女だから、体の性別に引っ張られているんだろうか?

 実際、年齢に引っ張られて中身の年甲斐もないことをしてしまうことも多々あった。

 そ、そうか、そうだよな! この胸キュンは体が女だから、だよな!


『ところで、俺も君も“かふぇ”には行ったことがないということのようだが、一目見ればわかる場所なのだろうか?』

「うーん、そ、そうですねー……とりあえず歩いてそれらしいお店を探してみましょう!」


 カフェなら店の外装でわかる気がするんだよなぁ。

 二人並んで商店街に立ち入る。

 意外だが、この長い脚で着物の俺の歩幅に合わせて歩いてくれている……!?

 イ、イケメェン……どこまでもイケメェン!


「着物は」

「はい?」

『その色と柄、舞殿の選んだもののように思えない。借り物なのではないか?』


 急に『思考共有』から話しかけられてどきりとした。

 どこで誰が聞いているのかわからないから、配慮してくれたのだ。

 イ、イケメェン……!

 イケメェンって何回言わせるつもりだ、このイケメン。

 そしてその読みは大当たり。

 当主様の前に出るのだからと九条ノ護くじょうのご家からお借りした、ふみ様のお着物だ。


一条ノ護いちじょうのご家に嫁ぐとなれば、十着は最低限持っていなければ家が侮られかねない。……と、姉たちはいつも言っていた。君もそういう考え方を持たねばならない……といけない、のかもしれない』

「た、確かに……」

『それと……出がけに二番目の姉に“妻となる人の着物の一着や二着や三着や四着買ってやって、男の甲斐性を周りに示すこともお前には必要”と叱られている。不要だとしても送らせてほしい』

「あ、う……は、はい。わかりました」


 う、うおおぉ……! 名家っぽい言い分ー!

 そんなこと言われたら断れねぇ。

 この場合“俺”というよりも、一条ノ護いちじょうのご家の長男様が新しい婚約者に着物も買ってやれない――と言われるのを防ぐために、って話だろう。

 大変だな……名家って。

 いや、そんな場所にこれから嫁ぐんだが。


『本家暮らしの母や姉は来客にも対応することがあった。客ごとに着物を着替えて対応することもあると言う。そのあたり、俺はわからないので姉に学んでほしい。俺は着物は色以外どれも同じに見えるのだが……』

「そうなんですね……」


 おそらく、来客の家のランクに合わせて着替えているのだろう。

 九条ノ護くじょうのご家のふみ様も、俺と親父が来た時は大層ラフな着物を召しておられた。

 一応分家――身内ってことで、着飾ることもないという判断からだろうが、美澄様の前へ出る時は美しい白地に鞠の柄のお着物になっていたからな。

 あとは社交パーティー。

 社交界シーズン、今年は終わりつつあるがパーティーは新作着物の披露会と言っても過言ではない。

 なお、俺はそういう場に連れて行かれる時に着る物は制服だ。

 お金もないし、無難だし。

 いや、まあ、逆に目立ってはいたけれどね?

 絢爛豪華な新作お着物披露会のような社交パーティーの中で、一人制服姿なんだもん。

 まあ、一部の令嬢には「倹約家でいらっしゃるのね」「制服を着るのは三年間だけですものね……わたくしも制服にした方がよかったかしら?」「婚約者の有栖川宮様は結城坂様にお着物を贈ったりなさらないのかしらね?」と噂されていたものよ。

 金持ちで有名、なんなら自分の着物はいつもヤンチャヤンキーの成人式みたいなヤツを着て参加していたクズポンタンは、俺が制服で参加していることに嫌悪感を抱いていたらしく同じパーティーに招待され、参加しても近寄ってこなかった。

 だからまあ、やつの知らぬところで令嬢たちから「ケチで婚約者と交流を持とうともしないクズ男」と評価されていたんだけど……きっと今も知らないんだろうなぁ。


『呉服屋で反物を選びながら、かふぇの場所を店主に聞いてみるか?』

「あ、それはアリですね!」


 滉雅さんに提案されたのはナイスだ。

 俺も滉雅さんもこの超長距離商店街のどこにカフェがあるのかを知らない。

 流行っているということは、商店街の中の人なら知っているかも!

 どうせ呉服屋には寄らなければならないのだし、知ってそうな人に聞くのはアリだよな。

 というわけで、滉雅さんが懇意にしている呉服屋に進路を定める。

 呉服屋なんて、超幼少期に七五三の着物を仕立てに行った時以来じゃねぇ?


「ここだ」

「わあ……」


 遠い記憶すぎて覚えていないが、俺が来たことのある呉服屋、だった気がする。

 温松屋さん。

 滉雅さんが扉を開き、すたすた入っていく。

 突如現れた滉雅さんに店内が騒ついた。


「こ、これは一条ノ護いちじょうのご様……!? いらっしゃいませ! 本日はどのようなものをお求めて!」


 無言で俺を振り返る滉雅さん。

 本当に人と話すの苦手なんだなぁ、この人。

 しかし、ここで俺に丸投げされるのは困るんだが……。

 俺が自分で着物を仕立てていただきたいって言うのと滉雅さんが言うのとじゃあ、色々店主の受ける印象ってもんがねぇ?


「ええと、そちらのお嬢さんは?」

「婚約者、だ。……その……彼女に、着物を……反物を……」

「ええ!? おお!! なんと! ついに婚約者がお決まりになられたのですね! ええ、ええ! もちろんでございます! 留里! 留里! お客様だ! 一条ノ護いちじょうのご滉雅様の婚約者様だ! 丁重にお相手しなさい! ……滉雅様、それでは婚約者様とお出かけするお召し物のお仕立てもなさらないと! いつも軍服では目立ちますぞ」

「む……」


 店主、商売上手だなぁ。

 俺を出汁にするとは。


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