第9話 霊符の危険性


 学校に行って小百合さんを探すと、やはり内地の央族は外地の央族とは離れて集まっている。

 ぐぬぬ……なんとか話しかけられないもんだろうか。

 

「おはようございます! 結城坂様」

「あ、おはようございます、天ヶ崎様」

「どうかなさいましたの? 小百合様たちの方を見ておられたようですが」

「えっと……実は……」

 

 家の事情は伏せつつ、大好きな霊術と霊符の勉強を将来は研究という仕事にしたいんです、そのために小百合様に研究の有用性を証明するための『自動防御』の霊符をお渡しできればと思っていまして……とそれっぽく説明する。

 この天ヶ崎彩芽あまがさきあやめ嬢、真面目で清楚な典型的なお嬢様。

 八条ノ護はちじょうのご家の分家の令嬢たちである八ノ城梢はちのじょうこずえ嬢と八越陽子はちごえようこ嬢はキャッキャとしたギャルっぽいところがあるけれど、やっぱりお上品。

 なのでどっちかというと天ヶ崎城がなんであの二人と仲がいいのかわからない。

 おとなしくて心配……あれ? そういえば天ヶ崎城は婚約者と一緒にいるところを見ないな?

 八ノ城はちのじょう嬢が白窪のせいで婚約破棄話が進んでいるって話は聞いたけれど……。

 

「『自動防御』というのは、どのような効果がありますの?」

「あ、これはですね……」

 

 朝、伊藤さんにした説明をすると、興味深そうに聞いてくれた。

 頬に手を当てて霊符を眺めながら、ぽつりと「人間には効果ありませんの?」と呟く。

 に……人間!?

 

「な、なぜですか?」

「実は、先月白窪様に操を立てるからと婚約破棄したわたくしの婚約者が、最近ずっとつき纏って困っているのです。学校では陽子さんと梢さんが心配して一緒にいてくださっていたのですが、我が家はそれほど大きな家ではないので毎日送迎してもらうのも申し訳ないですし……もしも人にも効果があるのでしたら、一枚譲っていただければと思いまして」

 

 また白窪結菜……!

 あ、あの女、手当たり次第に他人の婚約者奪いまくってやがるのか。

 多分“婚約破棄するまで”が楽しくて“婚約破棄すると”もう興味なくなるんだろうな。

 って、ことはあのスカポンタンもそろそろお払い箱か?

 またこっちに擦り寄ってこられても困るんだが。

 っていうか、そのまま股ゆる女に行きゃいいのに、なんで元の鞘に戻ろうとするんだよ。

 婚約なんて家同士の話し合いで決まることで、よっぽど良好な関係を築いていたとしても信頼を裏切ったのはお前だろうって話。

 か弱い女の子につき纏って怖がらせるなんて、あまりにもクソ。

 ムッとしてしまったので、『自動防御』の霊符を返してもらい、頭の中で言霊を再構築。

 霊力を流し込み、言霊を変更する。

 

「定着」

 

 霊符の書き換えって、実は結構簡単。

 霊力で書くので、書いた人間なら霊力を流し込むことでこのように簡単に別の効果を持つ霊符に変更ができるのだ。

 それを天ヶ崎嬢に手渡す。

 

「あの、え? これは……」

「天ヶ崎様を信用して、『自動防御』の対象条件を禍妖かようから“天ヶ崎様が危険に感じた相手”に変更いたしました。人を一時的にでも結界に閉じ込めることになりますので、使う際は本当にお覚悟の上でお願いいたしますわ」

「あ……ありがとうございます! このご恩は忘れません! なにかあっても、絶対に結城坂様のご迷惑にならないようにいたしますわ!」

 

 本当に嬉しそうにされて、ちょっと照れてしまう。

 けれどそれをやっていた場所が悪かった。

 複数人の足音に振り返ると小百合さんを筆頭とした内地の家のご令嬢集団。

 多くね?

 八人くらいいるんだけれど?

 女の集団てマジで怖いな!? え!? なに!?

 

「廊下のど真ん中で霊符を見せびらかすなんてなにをお考えなのかしら? そんな危険物を学校に持ち込むなんてどういう神経をお持ちなのかしら? いったいどこから入手いたしましたの? まさか盗んでこられたわけではありませんわよね」

「は……はい!? ち、違いますけど!?」

 

 うおおお!? せっかく小百合さんの方から話しかけてくれたのに、なんかいきなりおかしな言いがかりをつけられたんですけどー!?

 仕方なくさっき天ヶ崎嬢にしたのと同じ説明を行い、『自動防御』の実物、最後の一枚を差し出して見せる。

 見本に作った五枚のうち三枚は今朝討伐部隊の人に献上、一枚は天ヶ崎嬢へ渡し、これがラスト。

 それなのに小百合さんたちには怯えた顔をされた。

 

「信じられませんわ! 小百合様に悪事の片棒を稼がせようといいますの!?」

「霊符を素人が手作りできるわけないでしょう? 婚約破棄されて頭がおかしくなってしまわれたんでしょうか?」

「まあ、怖い。病院を紹介いたしましょうか?」

「最近目立ちすぎなのですわ。小百合様よりも成績がいいのも、きっとなにか裏があるに違いありませんし」

「な……!!」

 

 おい、取り巻きぃ!

 なんでそんな勝手な言いがかりを……って、成績ぃ!?

 それは俺が前世の記憶があるからであり、普通に勉強しているあんたたちの方が間違いなく自頭がいいって!

 

「小百合様もこの方々のようにお考えなのですか?」

「ここまで極端には思っておりませんわ。ですが花嫁の授業の成績は悪いのに、座学――特に霊術や霊符の授業の成績ばかりいいなんて……危険思想の持ち主なのではないかと勘繰られても文句言えませんわよ」

「ッ……」

 

 ああ、そうか、小百合さんはそういう考えの持ち主なんだな。

 生活のため、自衛のためと言っても悪いことに使おうと思えば霊術も霊符も危険なものになりえる。

 この人はその危険性の方が重要で、現状が一番安全だと思っているタイプ。

 

「……わかりました。ご不快にさせるようなことをして申し訳ございません」

「わかっていただければよろしいのです。その危険物は先生に渡して、破棄してくださいませね」

「はい」

 

 普通に持ち帰るわ、ボケェ。

 ふん、と立ち去っていく小百合様ご一考。

 それを見送ってから、天ヶ崎嬢と顔を見合わせた。

 ま、元々ダメ元だから仕方ない。

 普通に就職して、自立する道を考えるとするか……はあ……。


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