第8話 女として生きること


「舞さん、昨日は本当にありがとう! 舞さんのおにぎり、とっても喜ばれたわ」

「よかったです!」

 

 翌日、伊藤さんにほっくほくの笑顔でそう言われて、俺まで嬉しくなってしまった。

 伊藤さん曰く、禍妖かようは死ぬ前に切り落としたツノや牙、爪などは瘴気に戻ることなく素材として拾えるそう。

 で、俺の作るおにぎりは俺の霊力を注いで作ったので、その注いだ分が食べた禍妖かよう討伐部隊の人に上乗せされ、討伐任務にそれはもう役立ったらしい。

 今までただ義務的に、生活のために作っていたから意識したことなかったんだけれど、作っているだけで手のひらから料理に霊力が流れて完成した料理に宿るんだって。

 霊力を使う仕事をしていない人は気づきづらいけれど、討伐部隊のような霊力を極限まで使う人にとって、そういう料理が作れる女性をお嫁さんにする、または家のお抱え料理人にするのが必須らしい。

 料理人! その考えはなかった!

 料理を作るのは結構楽しいし、後片づけが面倒だけれど美味しいものを食べるのは好きだし……。

 霊力を込める量を増やす研究ができそうじゃね?

 そっか、そんなら料理人目指そうかな!?

 討伐部隊の人の家なら雇ってもらえるんなら、伝手つて作りにちょっと媚びでも売ってみるか!

 

「あ、そうだ! ちょっと待っていてください」

 

 伊藤さんに厨房を任せて、一度部屋に戻る。

 今日小百合さんに渡すつもりだった『自動防御』の霊符を三枚持って、厨房に戻る。

 急いで昨日と同じ塩むすびを作ってから、笹の葉で包み、霊符も添えて小さな風呂敷に入れた。

 

「今日は『自動防御』の霊符も添えてみました。討伐部隊の皆様にはいつもお世話になっていますから、お礼です」

「まあまあ……!? 舞ちゃん、霊符を自作できるの!?」

「勉強していたら実際に作ってみたくなりましたし、私のような非力な者でも禍妖かように襲われても逃げられるよう自衛のための霊符を制作してみたのです」

「すごいわ……ええ? 本当にすごいわよ? だって学生のうちは霊符とはなにか、ということしか教わらないわよね?」

「そうですね」

 

 学生のうちは霊術も霊符の作り方も教わることはない。

 霊術は簡単な結界の作り方を学ぶことはあるけれど、少なくとも霊符は禍妖かよう討伐のための武器や兵器の扱いだから学生は作り方を教わることはない。

 そういうのは卒業後に専門学校で作り方を教わり、央都研究所などで本格的に危ない霊符作りをする。

 俺が霊符を作れるのは、もちろん独学。

 あと、危ないものじゃない。

 周囲の瘴気濃度を感知して、瘴気に対して結界を張るものだ。

 たとえ小型の禍妖かようでも、俺のようなか弱い武器もない乙女が対抗できるわけもない。

 なので簡易な結界で禍妖かようを閉じ込め、その隙に逃げようって感じ。

 そこまで説明すると伊藤さんは口をあんぐり。

 あれ、そんなにヤバいモンは作ってないはずなんだが。

 

「信じられない。舞さんって聞いていた以上に優秀なのね。まあまあ……まさか学校で教わらない霊符作りまでできるようになっているなんて。もしかして、結界以外の霊術も使えるの?」

「私が使える霊術は討伐部隊の人が使うような攻撃型のものではないです。たとえば――」

 

 頭の中で言霊を思い浮かべ、手の平で霊力を使い現実に反映。

 竈に残る火を消す。

 びっくりする伊藤さん。

 

「生活に使える簡単な霊術です。逆に霊術で火を点すこともできます。あとは熱くない明かりを浮かべて夜道を照らすとか、風を起こして部屋を涼しくしたり、床全体を暖かくして暖を取れるようにしたり」

「まあ、まあ……」

「まあ、使ったことはないんですけれど」

 

 霊術は結界を作り、維持し、結界の修繕したり、禍妖かようを倒すための術。

 霊符は禍妖かようを爆散させたり誘導したり、封印し弱らせるためのもの。

 現代の認識はそういうもので、霊術も霊符も生活に使うためのものじゃない。

 でも霊術は頭の中で言霊を繋げて命令文を作り、霊力で現実に反映させれば事象として発生させることができる。

 つまり、別に禍妖かよう討伐や結界のためだけじゃなくても、色々なことができるってこと。

 霊力さえあれば霊符は使えるし、こういう身を守るものは持っててもいいと思うんだけれどな~。

 

「このこと、お父様はご存じなのかしら?」

「え? 父ですか? いいえ? 話したことはありませんね。父も私が学ぶことや、研究することは反対していませんが……いい顔はしないと思っています。女が学を持っていてもさして役立つこともない、と」

「そう……もったいないわね。これほどの才女だったとは思わなかったわ。女でも央都研究所に就職できればいいのにねぇ。女の方が霊力が多いのに、不思議よね……」

「そうですねぇ」

 

 前世だったら「女ってちやほやされて人生イージーモードでいいな~」とか思ってたけれど、実際女として生まれてみると男の妬み嫉みをものすごい感じる。

 実の親からすら、だ。

 男と逃げたあのクソババアからは若さを妬まれ、親父も女は男に従うのが女の幸せって思っている節がある。

 学校でも成績がいいからか、男から嫌味やババアのことがあって気安く触ってこようとする男がわんさか。

 まあ、ほとんどが婚約者のいる男だから、実行しようとするやつもいなかったけれど。

 女だからと就職先もめちゃくちゃ制限されているし、女だからと学校では男女別の授業があり、女だからと料理や掃除洗濯のやり方、化粧のやり方、礼儀作法や冠婚葬祭、親戚つき合いのやり方まで学校で教わる。

 男の、女への支配欲をところどころで強く感じて非常に居心地が悪い。

 結城坂舞ゆうきざかまいという俺個人ではなく、女という性別で見られる。

 自覚すると、俺も前世で同級生や同僚を“女”としてしか見ていなかったような気がしてきてへこんだ。

 あれって男脳ってやつなんかな?

 いや、ちゃんと相手の名前も顔もわかっていたんだ。

 それでも、なんというか、個人ではなく“女”だった気がする。

 一人の人間として尊重されていないというか。

 この世界では特にそういうのが如実だ。

 

「お預かりして、必ず息子に手渡すわ。きっと喜ぶと思う。ありがとう、舞さん」

「いいえ。こちらこそいつもお手伝いありがとうございます、伊藤さん」


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