智也【六】

 そして、夜の街であーちゃんを見かけてから二か月後。指定校推薦の話がちらほらと出始めた六月の初旬に、僕は一生分の後悔をすることになる。あーちゃんが素行不良のため停学になったという噂は、前回の噂を真っ先に知らせてくれた早耳の友達に聞いた後、じわじわと校内に広がり始めた。学校側は穏便に済ませたいらしく、全校集会などで取り上げられることはなかったが、夏休みに入る頃にはほとんどの生徒がこの噂を耳にしていただろう。

 僕は、自分の怠惰と意気地のなさに嫌というほど打ちのめされた。僕がとっとと何らかの行動を起こしていれば、あーちゃんは停学になどならずに済んだのだ。それなのに僕は、危険な森から引っ張り出してやれるのは自分だけだとわかっていながら、彼女に手を差し伸べようともしなかった。僕は大馬鹿で甲斐性なしで臆病な、自分のことしか考えていないとんだ偽善者だ。こんなことになってしまうなんて、僕はどんな顔をして勇ちゃんに会えばいい。

 そうやって僕は、終わりのない悔恨にいつまでも打ちひしがれていた。停学中なら、家を訪ねればあーちゃんと話すことができるかもしれない。しかし、今さら会って何を話すというのか。此の期に及んで素行に口を挟んでも、傷口に塩を塗るようなものだし、具体的な事情を何も知らない僕が言う慰めなんて、嫌なことを思い出すだけで、最も聞きたくない言葉の一つだろう。

 受験勉強が手につかないまま、悶々とした六月が過ぎ、気がつくとカレンダーは夏休み目前の七月中旬となっていた。勇ちゃんに相談することもできず、僕はすっかり抜け殻のようになっていた。そんな僕に再度命を吹き込んでくれたのは、間抜けな僕の被害者であるあーちゃんだった。

 驚いたことにあーちゃんは、これまで梨のつぶてだったメッセージアプリにメッセージを送ってきた。

〝これまでくれたメッセージ、ずっとほったらかしにしててごめん。元気にしてる?〟

 夜九時を過ぎ、少しも捗らない問題集を前にため息ばかりついていた僕は、携帯電話を慌てて摑み上げた。発信元を念入りに確認してみる。あーちゃんに間違いないとわかると、震える指で一文字、一文字、刻み込むように返信を入力していった。

〝元気だよ。ほったらかしだなんて、そんなこと気にしないで〟

 僕とあーちゃんは、ぽつりぽつりと近況を報告し合った。しばらく学校を休んでいたことについては知らないふりをして、そちらに話が向かないよう細心の注意を払った。あーちゃんもそのことを気にしているのか、その話に触れようとはしなかった。

 メッセージのやり取りを続けるほどに、虫の息だった僕の心が息を吹き返していく。携帯の画面の向こう側にいるあーちゃんは、疎遠になってかなりの月日が経ったからか、少し他人行儀なところはあったけれど、中学までの明るく朗らかなあーちゃんそのものだった。僕は歓喜した。このままいけば、夏休みが明ける頃には本当のあーちゃんに戻っているかもしれない。もう二度と戻らないと思っていた、三人で馬鹿みたいに笑い転げていた愛おしい時間が、また戻ってくるかもしれない。

 ただ、そうやって期待に胸を膨らませる僕は、あーちゃんとのメッセージを終える頃にはもういなくなっていた。あーちゃんが豹変して、停学になったことを急に愚痴りだしたとか、居心地が悪くなったので学校を辞めると言い出したとか、そういうことではない。メッセージを切り上げる直前、あーちゃんは僕に頼み事をした。その頼み事は、あーちゃんにとっては何でもない些事だったのかもしれないけれど、僕にとっては未来を大きく左右する御前会議ものの重大事だった。

 あーちゃんの頼み事は、三人でいつもの花火を観よう、という提案の後、まるで用意していたみたいに送られてきた。僕なら、この頼み事を二つ返事で引き受けてくれると思ったようだ。あーちゃんは僕を知らなすぎだ。聞き分けのいい善人だと買いかぶりすぎだ。こんな頼み事、易々と引き受けられるわけがない。

 本当の僕は、善人でも温厚でも冷静でもない、臆病でずる賢いただのハゲタカだ。暢気にメッセージを交わし合っていたときだって、僕は内心、すっかり参っているあーちゃんに付け入って、あわよくば友達以上の地位にありつこうと目を光らせていた。花火の提案を目にしたときも、心の中ではどうして二人ではなく三人なんだと激しく地団駄を踏んでいたんだ。そんな男に向かってこともあろうか、勇ちゃんも誘え、だなんて。ここまでくるともう、鈍感を通り越してどうかしてる!

 しばらく悩んだ末、僕はあーちゃんの頼みを引き受けることにした。この光栄で残酷な頼み事の結末は、この僕だけが握っている。だから僕は、今後二度と後悔することのないよう、綿密に、大胆に、そして何より僕自身が納得するために、高校最後の花火という舞台で大立ち回りを演じる覚悟を決めた。

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