異世界召喚に巻き込まれたら、お父さんが探しに来た。

五月 和月

第一章

第1話 賢人召喚

 ラグレシア大陸の西部にあるアベリガード皇国では、今まさに「賢人召喚」が行われようとしていた。


 神が授けたと伝えられる「召喚石」は、現在この大陸に五つあることが確認されている。それは主要国が一つずつ保有しており、十年に一度しか「召喚」出来ない。召喚に必要な魔力が石に貯まるのに十年かかるからだ。なお、魔力が貯まったからと言って必ず「賢人召喚」を行わなければならないわけではない。召喚するか否かは召喚石を管理する国の判断に委ねられる。


 過去に異世界から召喚された者たちは、この世界に様々な知識を齎した。それら異世界の知恵や知識は少なからず世界の発展に寄与している。故に異世界人のことを、この世界の人々は敬意を込めて「賢人」と呼ぶようになった。


 「賢人」の有用性はその知識だけではない。この世界の人々は皆「称号」を一つ授かってそれに纏わる能力スキルを持っている。異世界から召喚される「賢人」は、この称号を二つ以上授かる場合が多い。またスキルも異世界で生き抜くために強力なものが比較的多いとされる。

 その為、「賢人」を戦力として召喚する国もあった。そういった国では「賢人」に敬意を払わないことがよくある。敬意どころか、単なる戦の駒や道具と考える為政者もいた。


 アベリガード皇国の皇都中心部、皇宮の一番端にある「召喚宮」。賢人召喚の為だけに存在するその建造物は、皇宮にある他の建物と比べてそれほど大きくない。むしろ皇族用の馬房の方が大きい程だ。上から見ると正方形の召喚宮は、切り出しっ放しの石材で作られ、装飾など一切ない。知らない者が見たら牢獄だと思うだろう。「宮」とは名ばかりである。


 この建物を見れば、アベリガード皇国の為政者が「賢人」をどのように取り扱おうとしているか分かるというもの。敬意を払うつもりなどなく、使い捨ての便利な道具くらいに考えているのだ。


 今、召喚石は十分な魔力を貯めて光り輝いている。そこは召喚宮の内側、「召喚の間」。と言っても部屋はここしかない。召喚石の周りに石床を貼り、そこを石壁で覆ったのが召喚宮なのだ。窓一つないので、普段のそこは近寄り難いくらい陰気な場所である。だが今だけは、七色の幻想的な光が部屋に溢れていた。


 それほど広くない部屋には、濃紺のローブを羽織った魔術師が六人。全身鎧に帯剣した兵士が六人。そして銀色の髪を長く伸ばした美しい女性が一人いる。やがて魔術師の男が口を開いた。


「賢人召喚を執り行います。『異世界の者よ、我等の呼び掛けに応じ、この世界に繁栄を齎す為に来たれ』」


 男の言葉を他の魔術師が繰り返す。すると召喚石の放つ光が更に強まるのだった。





*****





 終業式が終わり、喜志日向きしひなたはやや急ぎ足で家路に就いていた。明日からは小学生になって初めての夏休み。今日からお父さんと二人でキャンプに行くのだ。お父さんはその為に「はんきゅう」とやらを取ってくれた。


 三年前、日向が四歳のとき、母が交通事故で亡くなった。日向はその時のことをよく憶えてないが、しばらく父がおかしかったことだけは憶えている。夜中にトイレに行きたくなって起きると、父は真っ暗な部屋で一人、声を抑えて泣いていた。次の日は平気そうなのに、その夜はまた泣いていた。日向はそんな父を慰めたくて、背中に抱き着いて後ろから頭を撫でてあげた。


『だいじょうぶ。おかあさんは、ちょっととおくにいってるだけだよ』


 日向の言葉を聞いて、父は声を上げて泣いた。どうして良いか分からず、日向も一緒になって泣いた。それ以来、日向は「お父さんの面倒はが見る!」と決めた。それから父は徐々に元気になり、今ではすっかり元の――いや、前よりずっと日向を溺愛するようになったのである。


 ちなみに父は自分で自分の面倒を見ている。大人なので。


 父は昼過ぎ頃に帰ってくる予定だ。日向は早めに帰宅して昼食を用意し、父を驚かせようと企んでいた。以前料理に挑戦した時、黒焦げの物体を作り出した日向だが、もう小学生になったのだから料理くらい出来ると踏んでいる。小学生と言えばもうお姉ちゃんと言って差し支えない。お姉ちゃんなら料理も軽々こなすのだ。


 ふんす! と気合を入れて、日向は更に足を速めた。


 住宅街は歩道がしっかり整備され、小学一年生の一人歩きでも不安はない。そもそもそれほど車が通る道ではなかった。日向は前をしっかり向いてトテトテと歩く。ランドセルに背負われているように見えるのは一年生の宿命かも知れない。


 やがて前方の三人――制服姿のお兄さん二人とお姉さん一人に追いつく。たぶん高校生だろう。日向は彼らより遥かに背が低いが、家に帰るモチベーションは高い。お喋りしながら歩く彼らを追い抜こうと、日向は小走りになった。


 そしてお姉さんの横をすり抜けようとした時、躓いた。


「わっ!?」

「うわっ! だ、大丈夫!?」


 高校一年生のお姉さん――小鳥遊由依たかなしゆいは、突然転がったランドセル――もとい、女の子に驚きの声を上げた。少し前を歩いていた同級生二人――如月勇太きさらぎゆうた九条佑くじょうたすくも、由依の声に振り返る。


「おい、大丈夫か!?」

「その子、大丈夫?」


 由依は女の子の横に膝を突いて助け起こした。女の子は転んだ拍子に少し膝を擦りむいたが、それ以上の怪我はないようだ。ぎゅっ、と口を結んで泣くのを我慢している。不謹慎だが、その顔が何とも言えず可愛かった。


「あ~、ちょっと擦りむいちゃったね……勇太、あんた水持ってる?」

「あ? お、おう」


 訪ねられた勇太は、肩に提げたスポーツバッグからペットボトルを取り出して由依に手渡した。由依はハンカチを取り出して、女の子の傷の下にあてがう。


「傷を洗おうね。ちょっと沁みるけど我慢してね?」


 由依は擦り傷に水を掛けて洗い流し、ハンカチでそっと水気を拭うと、自分のスポーツバッグから絆創膏を取り出して膝に貼ってあげた。可愛いクマのキャラクターが描かれた絆創膏だ。ふと地面に目をやるとピンク色のお守りが落ちている。転んだ拍子に女の子のランドセルから落ちたのかもしれない。


「はい、よく我慢したね!」

「お姉ちゃん、ありがとう!」


 由依はお守りを拾って女の子に見せた。


「ほら、これ。あなたのじゃない?」

「わっ!? 結んでたの取れちゃったんだ……ありがとう」


 女の子はニッコリ笑ってお守りを受け取った。か、可愛い! 由依は思わず見惚れてしまった。


 勇太と佑は女の子の傍で膝を折り、優しく「偉かったなぁ」と言いながら頭を撫でる。由依も同じように女の子の頭を軽く撫でたその時、四人を真っ白な光が包みこんだ。


「何!?」

「何だ!?」


 光に包まれたまま落ちていくような感覚。それは僅か数秒のことだったが、驚きと焦りで非常に長く感じた。ようやく足の裏に固いものを感じたが、平衡感覚がおかしくなったようで立つことが出来ない。


 光が収まると、ぼんやりとオレンジがかった灯りのある狭い部屋のようだった。足元、壁、天井は全て石のようだ。壁際にはフードを目深に被った者、全身を金属の鎧で固めた者が並んでいる。それはまるで映画の一コマのようだ。


 何これ? 近くにテーマパークなんてあったっけ? そうだとしても、どうやって移動したの?


 周りに立つ者たちの表情は伺えないが、じっとこちらを観察している気がした。その異様な雰囲気に、由依は言いようのない恐怖が込み上げる。ふと視線を下げると、女の子が制服の裾を掴んで目に涙を溜めていた。


「これは一体何なんだ……?」


 勇太の呟きがやけに大きく聞こえた。そこに、暗闇からスッと一人の女性が歩み出て告げる。


「ようこそ異世界の方々。あなたたちはこの世界に召喚されました。どうか私たちに力をお貸しください」


 仄かな灯りを反射する美しい銀髪。瞳は紫色だろうか? 同じ人間とは思えない、人形のような美しい女性。どう見ても日本人には見えないが、由依たちには日本語として聞こえる。違和感が凄い。


「突然のことで戸惑いが大きいでしょう。別室でご説明いたします。付いて来ていただけますか?」


 戸惑いどころの話ではない。自分たちに一体何が起きたのか。これからどうなるのか。是が非でも説明してもらいたい。


「大丈夫、私がついてるから……私は由依。あなたは?」

「ひ、ひなた」

「ひなたちゃん……ひなちゃんって呼んでいい?」

「うん」


 銀髪女性がどこかへ行こうとしている。勇太、佑が立ち上がりこちらを振り返った。二人とも眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。この状況が飲み込めないのだろう。その気持ちは由依も十分過ぎるほど分かった。


「手を握るね?」


 先に立ち上がった由依は、日向の手をしっかり握って立たせた。女性と、怪しげな恰好の一団はここから外に向かっているようだ。由依も日向と一緒に移動の流れに付いて行こうとした。その時、銀髪女性の目が一瞬日向を捉え、「チッ」と小さく舌打ちしたように見えた。彼女は傍らの者に耳打ちし、何事もなかったように歩を進めた。


 由依の直感が、あの女性を信用してはいけないと告げた。日向が握っていた筈のお守りが無くなっていることには気付かなかった。

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