第021話 益々貴方を好きになる
カラオケにおけるトイレというのは休憩時間とも言える。
あれだけ大音量で音を2時間も3時間も聴いていれば疲れるのは当たり前だ。
だから、トイレに入って少しだけリセットする時間が必要なのである。
俺は今まさにその時間を終えて、カラオケルームに戻る直前という訳だ。
部屋に戻る廊下を歩いていると聞き覚えのある声がした。
声の持ち主は
きっと曲がった先にあるドリンクバーでジュースを注いでいるのだろう。
でも、声の数からして1人ではない。
青屋も含めて3人ぐらいはいるだろう。
それも今日一緒にカラオケへ来たメンバーでは無い誰かだ。
最初は青屋と知り合いの人なのかと思っていたが、どうやら話を聞いているとそうではない。
「めっちゃ可愛いね!君、何高の生徒なの?」
「この制服からして
「うっそ!めっちゃ当たりじゃん!顔面偏差高いもんなー環成東!」
一方的に話をしていて明らかに青屋は困っていた。
助けに行こうか迷ったが、この光景には既視感がある。
ここで颯爽と助けに来た駒場がその女の子を助けて好感度を上げるありがちなイベント。
つまり、俺の知らない間に青屋は駒場のヒロインの1人になっていたということか。
この世界の駒場もよくモテるみたいだな。
俺は駒場が助けに来るのを待っていた。
ここで俺が助けに入ってもシナリオが変わってしまうだけだと思ったからだ。
だけど、駒場はいくら待っても現れない。
「どうなってんだよ駒場は。」
焦りから少し苛立つ。
早くしないと状況はどんどん悪化する一方だ。
「やめてください!私、友達と来ているので!」
声を大にして訴えかける青屋。
なんで来ないんだよ、アイツ。
もう待っては入られない。
例え、本来あるべきシナリオでは無かったとしても俺がここで止めに入る。
「良いから付いて来いって言ってんだよ!」
男達が手を出そうとした。
「おい、そこまでにしとけよ。」
だから、俺はその手を掴んで塞いだ。
流石に暴力は見過ごせない。
ましてや相手は女の子だ。
男女で力の差があると分かっているのに、全力で手を出そうとするとは大問題。
「・・・
俺が来るのが遅かったせいで手が震えていた。
本人はわざと遅れて登場したの知らないけれど、罪悪感で胸が張り裂けそうだ。
「なんだ?女の前だと調子に乗るタイプかよ。」
「コイツ痛い目見せてやろうぜ。」
またも拳が振り上げられる。
俺からは手を出せないので、目を瞑って痛みに耐える覚悟をした。
「君達、何をしている。って、また君達か。新人が勝手に通したなー。」
「げっ、逃げんぞ!」
「分かってるって!サツに連絡されたら洒落になんねー!」
どうやらコイツらは出禁になっている奴らで、それを知らない新人が通してしまったらしい。
他の店員がたまたまこの場に遭遇した事によって、通報されるのを恐れて逃げ出した。
結局、俺は何も出来ずに立っていただけだった。
かっこ悪い話だ。
それでもあの状況はなんとかなったので良しとしよう。
今は青屋の精神的なケアに専念しなければならない。
震えは徐々に収まって来たが、まだこの場から動ける程の余裕は無い様子だった。
「ありがとうございました。助けていただいて。」
「いや、俺は何もしてないよ。助けてくれたのは店員さんだし。」
「そんな事無いです!大杉くんがいなかったら、今頃。」
彼女は勘違いをしている。
俺はもっと早く助けに行けた。
それなのに躊躇ってしまった。
本人が知ってしまえば、恐らく俺に落胆してしまうだろう。
だから、俺は本当の事を言えなかった。
「大杉くんに助けられたのは2回目ですね。」
「偶々、近くにいたからだよ。他の人だって、きっと青屋の事を助けるさ。」
「それでも助けて貰ったのは事実ですし。」
青屋は誰が見ても可愛い女の子だ。
困っていれば男性陣が放っておかないだろう。
「これからもあんな奴らが絡んで来るから、気を付けた方が良いかもな。また変なナンパされた時は走って逃げた方が良いぞ。」
「分かりました。次からはそうします。でも、困った時にはきっとまた大杉くんが助けてくれますよね。」
「近くにいたら助けるよ。いや、呼んでくれたら近くに居なくたって助けるから。」
青屋が持っていたコップの内、2つを受け取る。
きっと気を利かせて空になった人の分のジュースも注いでくれていたのだろう。
絵に描いたような親切心で感心する。
俺だったら、他の人の分まで気が回らないだろう。
「ずるいですよ大杉くんは。私なんかを助けてくれて。あぁ、やっぱり私益々貴方を好きになっているみたいです。」
大音量で色んな部屋から音が漏れ、BGMも流れている廊下で小さな声で呟く青屋。
だけど、俺の耳には聞こえていた。
「今なんて?」
「いや、何も言ってませんよ!ほ、ほら、早く行きましょう!」
慌てて誤魔化す青屋の顔は真っ赤だった。
しかし、その言葉を聞いても本当か信じられない。
だって、そのポジションは俺では無くて
それに青屋の感情を動かす程の事をした訳でもない。
部屋に辿り着くまで、ずっと考えてみたけど1つとして分かる事はなかった。
「おかえりー。2人で帰って来たんだね。」
「てか、お前ら青屋にコップ持たせ過ぎだっての。」
「いえ、私が持っていくって言ったので。」
「やっぱり、俺もついて行くべきだったー。」
「お前と2人きりは流石にキツイだろ。」
この賑やかなやり取りを見て、とりあえず考えるのをやめた。
今は思い切り楽しむ事だけに集中する。
「で、なんで席はバラバラになってんの?」
「良いじゃん。別に指定された席がある訳じゃないし。」
「俺と青屋はどこに座れば良いんだよ。」
「空いてる所だったらどこでもー。」
俺は青屋の隣に座るのは緊張してしまうので、離れて座ることにした。
「隣、失礼するぞ。」
小鳥遊の横が空いていたので座った。
すると、小鳥遊が話し掛けて来た。
しかし、そのタイミングで
「なんか青屋さんと仲良さそうだね。」
何を言い出すかと思ったらそんな事だった。
今回の趣旨は青屋と仲良くなる事なんだし、別におかしな事では無いだろう。
わざわざ聞いてくるってことは何か意味があるのか。
「小鳥遊だって楽しそうに話してただろ。」
「そういう意味じゃ無いよ。まぁ、良いや。」
少し不機嫌そうな表情を見せる小鳥遊。
これはモテ期が来たのかと勘違いしそうだ。
だけど、普通に小鳥遊も青屋と仲良くなりたかっただけだろうな。
退室時間の連絡が来るまで俺達はノンストップで歌い続けた。
明日から練習が始まるので声出しもあるだろう。
喉が枯れた状態での声出しは地獄だ。
俺はあまり歌っていないから大丈夫だろうけど、不安だったのでとりあえず帰り道にコンビニへ寄った。
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