第013話 捕手としての力量

俺は今、迷っている。

どこに投げれば良いのか、何を投げれば良いのか。

1つの選択肢も間違えられないこの状況では、常に最善を選ぶ必要がある。


今まで初球はストレートを投げている。

だから、ここの初球もストレートだと思っているのか。

なら、打ち損ねる可能性の高いツーシーム か?


大杉おおすぎくん!少し落ち着こう!打たせてもみんなが取ってくれるから!」


ホームベースの方から声を掛ける竜田たつた

この言葉で少し気が楽になる。

チームを頼って良いという言葉で守備にも気合いが入った。

一気にチームの空気が良くなったのを肌で感じる。

この流れに乗って投球に入る。


まずはストレートから投げる事にした。

ストライクゾーンから外れてでも、ストレートを見せることで他の球の効果を高める。


低めいっぱいならどこでも良いと投げた1球目。

少し狙いが外れてボール判定になる。

その間、一切動かなかった駒場こまば

非常に優れた選球眼があるのか、ストライク以外は反応するつもりはないらしい。


ボールカウントが先行してしまった。

だけど、不思議と焦りはない。


「ナイスボール!大杉くん!大丈夫だよ!」


俺が慌てないように声掛けを忘れない竜田。

低めを見せた後は高めが良いか。

いや、それだと読まれやすい。

しかし、連続して低めを投げるのもリスクがある。

早いけど、アレを使うしか無いか。


グラブでしっかりとボールの握り方を隠して投げる2球目。

なるべく腕の振り方はストレートと同じになるように気をつける。

球が挟んだ指から抜けていく。


「俺は高めが大好物なんだ!覚えとけ大杉!」


内角高め辺りに投げ込まれた球を振りに行く駒場。

どうやら、高めは得意なゾーンらしい。

だけど、そのバットは綺麗な金属音を奏でる事無く終わる。


球審から宣言されるストライク。

駒場の狙い澄ましたスイングは空振りに終わってしまったのだ。


「フォークも投げれんのかよ。」


隠されていた変化球への驚きと得意なゾーンを打てなかった悔しさの表情を見せながら駒場が呟いた。

今のは春休みに自力で習得していたフォーク。

何球も多用出来る程磨きは掛かっていないが、初めてみせるフォークは打者バッターにとって打ちづらい。


「結構、球種があるみたいだな。」

「まぁ、そうだね。駒場みたいに球速がある訳ではないし。」

「それでも十分に厄介だっての。」


ストライクが取れたからといって安心は出来ない。

まだカウントは1ボール1ストライク。

ここからアウトにするまでが大変だ。


思い切って投げた3球目。

コントロールが大きく乱れ、真ん中寄りに失投する。

駒場もこの失投を見逃すはずが無かった。

力強く叩き込まれた球は運良くファールゾーンへ。


ストライクカウントが増えたのは嬉しい事だが、生きた心地がしない。

もしも、ど真ん中だったなら軽々とホームランになっていただろう。


大丈夫。

結果が全てだ。

今のは、ファールだったから問題無い。

それを引きずって一層コントロールが乱れる方が悪い。

後、1球ストライクを取れば、3アウトでチェンジになる。

そこでゆっくり心を落ち着かせれば良い。


呼吸を整えた後、4球目を投げた。

際どい所を狙ったツーシーム。

これなら竜田のスキルと合わせてストライクを取れる。


しかし、俺の予想とは裏腹に駒場はきちんとバットでツーシームを捉えた。

素早く転がる打球。

守備陣も反応はしていたが、遊撃手ショート三塁手サードの間を綺麗に抜けていく。

駒場は一塁を蹴って二塁を目指そうとしたが、それは左翼手レフトが二塁に送球して阻止。

記録はシングルヒットに収まった。


野球をしていく中でヒットを打たれないなんて事は無い。

絶対に野球をしていれば、ヒットは打たれる。

だけど、それはこのタイミングで無くても良いだろ。


一塁側のベースを踏んだ駒場は小さくガッツポーズをしていた。

俺の中では悔しさよりも焦りがある。


「調子悪いみたいだな大杉。」

「次の打者が堀枝だからだよ。頼むからホームランだけはやめてくれ。」

「おいおい、それはないだろ。俺もしっかりアピールしないといけないんだよ。」


当然の返答だ。

ここではい分かりましたと言う奴はいない。

そうなると歩かせるのも作戦の1つだろう。

相手の実力を知っているからこそ勝負を避ける。

それも立派な作戦だ。


いや、俺は勝負するのを選ぶ。

ここで歩かせてピンチを広げるのは避けたい。

それに得点圏で走者を背負うのはプレッシャーもある。

だから、歩かせるよりは勝負した方が良い。


俺にはデータがある。

堀枝が得意なのは内角低め、ここに投げるのは意識的に避けるべきだ。

逆に苦手なのは内角高め。

だけど、必要以上に狙えばホームランを打ち込むぐらいの実力はある。


「迷ってないで来いよ。俺はいつでも準備出来てる。」


好き勝手言ってくれるぜ。

早く投げろと急かすなら俺の左後ろで大きくリードしている奴をどうにかしてくれ。

気が散って仕方ない。


堀枝と勝負する前に1回だけ牽制を挟み威嚇しておく。

冷静に一塁へと戻る駒場。

結果は勿論セーフ。

だけど、これで駒場も簡単には盗塁出来ないはず。


前を向いて、1球目を投げる。

最初は内角高めで確実にカウントを稼ぐつもりだ。


自分の中の最高速度が出るように意識して球を放つ。

その直後、後ろの影が動いているのに気付いた。

あれだけ釘を刺しておいたのに走り出したのかよ。

どれだけ足に自信があるんだ。


だけど、その選択は間違いである。

キャッチャーミットで球を捕球した竜田が構える。


「僕だってみんなの役に立つんだ!」


投手にだって負けない強肩が火を吹く。

真っ直ぐに飛んでいく恐ろしい速度の送球は、余裕でセーフかと思われた駒場の盗塁を刺す。


「アウト!」


二塁の塁審を務める2年の先輩がアウトを宣言する。


「おぉーー!!!」


味方は当然この光景に思わず声を出して喜ぶ。

それだけでは無い。

敵チームもこればかりは素直に感心しているようだ。


俺は内心ほっとしていた。

堀枝との勝負でさえ気が滅入るというのに、駒場を背負った状態では気疲れするのは確定だった。

だから、ここで3アウトになったのは幸運だったと言えるだろう。


ただ、俺自身の仕上がりは散々だ。

もっとゲーム知識をフルに活用した練習をしないと、すぐに他の選手から後れを取る事になる。

この試合後に練習のスケジュールは組み直しだ。


「ナイスピッチだったよ大杉くん。このまま行けば勝てそうだね。」

「竜田の力があってこその3アウトだったよ。次の守りこそは良い投球を見せるから。」

「そんなに気を張りすぎたら駄目だよー。もっと肩の力抜いて。」


打たれた事で落ち込んでいる俺のメンタルケアまで欠かさない竜田。

俺を励ました後に他のチームメンバーにも声を掛けに行った。

よく周りが見えている選手だ。

野球がチームプレイだとよく理解している立ち回りをする。


次は俺達の攻撃だ。

俺は6番打者なので必ず打順が回ってくる。

5番打者の竜田と合わせて1点を取りたい。

その為にも駒場の投球を目に焼き付けて対策を練る。

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