鬼灯の祠

@udoku_yokai

鬼灯の祠 第1話

 この雨で散ってしまうだろう。庭にある桜を見て聡(さとる)は思った。

 大きな古い日本家屋の中で、法事が執り行われていた。僧侶の低い読経が響く。遺影には、三歳年上のはずの幼馴染が、幼い少女の姿のままで笑っている。

 寂しいとか、悲しいとか。月日がそうしたのか元からそうだったのか定かではないが、特になにも感じない。彼女が亡くなるまで、しょっちゅう一緒に遊んでいたはずなのに。


 佳帆(かほ)が優しい奴だったことは覚えている。それも、自らを犠牲にしてでも他人を気遣うようなタイプだ。多少過激なところもあったが、寡黙な聡を気にかけて、よく遊んでくれた。

 聡が上級生に睨まれて、小学校の倉庫に閉じ込められたことがあった。

 その倉庫は立ち入り禁止で、おばけが出るとかいう噂があった。生意気な下級生を閉じ込めてやったと息巻く男子を、佳帆は殴って居場所を吐かせて聡を助けた。

 倉庫の扉を開けて、聡の手を引いた佳帆の膝が、ぶるぶると震えていたのを覚えている。おばけが怖かったらしい。それでも、聡を助けに来てくれたのだった。


 そんな彼女は、突然いなくなった。

 古い日本家屋の並ぶこの村を取り囲む森。夏には大きなカブトムシやクワガタが採れ、流れる小さな川に足を浸して涼む。地元の子供たちはそうして夏休みを過ごした。

 格好の遊び場だったわけだが、ひとつだけ決まりごとがあった。

 決して『祠』の向こうには行ってはいけない。その奥に棲むもののけが悪さをして、子供の魂を喰らうからと。

 その森の奥へ進むと、だんだんと木々が鬱蒼と生い茂っていき、暗くなっていく。そして昼間であっても暗い森の奥には、小さな石の祠があった。村の年寄りは口を揃えてこの話を子供にするのだ。それは、子供を危ない森の奥へ行かせないための方便には違いなかったが、たいていの子供は怖がった。聡はそれを馬鹿らしいと思っていた。

 しかし幼馴染の少女は祠の向こうに行って、遺体で見つかった。

 その日の昼も、彼女と一緒に遊んでいたというのに、聡はそのときのことをあまり覚えていない。あれだけおばけを恐れていた彼女が、どうして向こう側に行ってしまったのかはわからない。しかし、あの祠についての決まりを破ったから彼女の魂は『もののけ』に喰われたのだと、村の年寄りが噂していた。

 しばらくして、聡たち家族は引っ越した。そういう迷信じみたことが染み付いているこの村を出られて、聡は清々した気分だったことを覚えている。

 そうして大学生になって二年目の春、幼馴染の母親から一三回忌の法事に来てくれないかという手紙が届いた。親が行けとうるさいので、重い腰を上げた。

 聡が村を出てから十年以上が経過していた。


 欠伸を噛み殺しながら聞いていた僧侶の読経が終わった。墓参りに行くことになっているので、皆が席を立つ。玄関が混み合ったため、聡は少し遅れて席を立った。

「聡くん」

 声をかけてきたのは、件の幼馴染の母親だった。

「今日はわざわざ来てくれてありがとう。遠いところからごめんね。でもあの子が喜ぶと思ったから」

 小声で話しかけてくる彼女の顔には、疲労が垣間見える。嫌でもいろいろと思い出すからだろうか。

「いえ、お気遣いなく」

 聡は、その眼尻に記憶より多くの皺が刻まれているのをなんとなく眺めながら、ふと思ったことを口にした。

「もう一三回忌ですか」

「そんなになるのねえ。立ち直るのに随分時間がかかってしまったわ。でも、早く元気にならないとあの子のためにならないと思って」

 佳帆の母が白いハンカチで目を拭った。聡はそれを見なかったフリをする。ここで優しい言葉をかけることもできただろうが、面倒くさかった。

 失った悲しみを同じ空間で共有しているようで、違う。

 年月がそうしたとしても、自分は薄情な奴だと聡は自覚していた。


 軒下で傘を開き玄関を出ようとしたところで、ぐいと誰かにスーツの裾を引っ張られた。おかげで聡は少しつんのめった。一体誰がこんな子供じみたことを。咎めるように後ろを振り向くと、赤いワンピースを着た少女が聡の裾を掴んでいる。

 本当に子供がやったことだったことに聡は驚く。おかっぱ頭のその少女は、見たところ八、九歳ほどに見えるが、参列者の中にこんな年齢の子供がいただろうか。子供であっても法事に参加する以上は黒い服を着るだろうから、近所の子供だろうか。

 少女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、聡の手になにかを押し付けてきた。

「あげる」

 指には、硬く冷たい感触。手を広げると、そこには花の蕾のような細工のついた金属製の棒があった。

 「は? 」

 まじまじとそれを観察する。先の細くなった棒の根本にぶら下がる、その蕾のような細工も金属製だ。その表面には小さくいびつな穴がたくさん空いていて、網目状になっていた。そしてその中に、赤く丸い石が入っている。

 「これはなんだ、簪(かんざし)?」

 「それは目印だから、だいじにしてね」

 ふふ、という小さな笑い声が聞こえた。

 「おい、どういうつもりで、」

 「誰と話しているの?」

 いきなり、声をかけられた。驚いて声のした方を振り向くと、佳帆の母親が不思議そうにこちらを見ている。

 「子供がいて、」

 言いかけて、周りを見渡すが、すでに少女の姿はなかった。

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