野心は銀河よりも深く

岸亜里沙

野心は銀河よりも深く

太陽系の果て、ヘリオポーズ付近で戦闘を繰り広げる太陽第6部隊に配属されたマギーは、15歳の頃から宇宙戦争の最前線で戦い続けている。

殉職した父も、祖父も、曾祖父も皆この太陽第6部隊で活躍し、異星人との戦争に従事してきた。

太陽系を異星人から守る為に軍隊は奮闘しており、様々な地域で戦闘は激化の一途を辿っているそう。ある部隊の部隊長などはもう何十年も地球に帰還出来ていないそうだ。

マギーも産まれながらにして軍人としての英才教育を施され、地球で戦闘訓練を開始した頃には、天賦の才を遺憾なく発揮していたエリートだった。

核燃料無限増殖炉を装備した戦闘機は、半永久的に燃料を生み出し続ける事が可能な為、マギーは数時間の睡眠以外は戦闘機に乗り込んで、日夜戦いに明け暮れており、地球で生活していた時の記憶も徐々に薄れてきていた。

しかし数日前の戦いで戦闘機が損傷した為、マギーは仕方なく冥王星へと撤退せざるを得なかった。

数年ぶりに降り立った惑星の大地に違和感を覚える程、マギーは宇宙空間での生活に順応していたようだ。

戦闘機と宇宙空母を往復するだけの日々。

それがマギーにとっての日常であり、人生だった。

ルノホート平原に建設された離着陸場で、損傷した戦闘機を預け、マギーは無人輸送車に乗り込み太陽第6部隊の基地を目指す。

ボンヤリと窓から外を眺めていたマギーだったが、何気無く冥王星の空を見上げると、満天の星が瞬く夜空が見えた。

戦闘中は星を眺める余裕など無い為、数年ぶりに見た星空の絶景に、マギーの心は大きく揺さぶられる。

自分の存在の小ささを痛感させられると同時に、何故自分は異星人と戦っているのかと、ふと考えさせられた。

自分が産まれる遥か昔、約2000年も前から地球人は異星人との戦争を続けている。

「異星人は敵」という知識を教え込まれ、それを誰もが常識だと認識し、行動をしてきた訳だが、本当にそうなのだろうか。

マギーが一人考えていると、無人輸送車は太陽第6部隊の基地へと到着しており、既に停車していた。ゆっくりと立ち上がり、無人輸送車を降りる。そこにまっ先に近づいて来たのは、従軍記者のパットだった。


「やあマギーさん、久しぶりですね。あんたが基地ここに戻るなんて珍しいな」

パットはニヤニヤしながら言う。


「戦闘機が損傷しちまったから仕方なく戻ったんだ」

マギーはパットの事が嫌いだった。視線を合わさず簡単に答える。

だがマギーは考えた。この従軍記者を利用すれば、失われた過去のデータベースにアクセスし2000年前の情報を知ることが出来るのではないかと。


「・・・なあパット、ひとつ取り引きをしないか?」


「どうしたんだ?あんたから取り引きなんて。まあ内容にもよるな」


マギーは、この宇宙戦争が始まった時の情報を調べるようパットに要求した。その見返りに、重要機密である最前線の部隊の戦闘映像を提供すると。


「無茶だな。2000年前の記録なんか残ってる訳がないぞ」

パットは頭を掻きながら顔をしかめる。


「君は記者だろ?そのような事を調べるのも仕事であるはずだ。それに君も情報が欲しいなら、その位は協力するべきだ」


「どうしてそんな昔の記録が欲しいんだ?」


「この宇宙戦争が何故始まったのかを知りたい。自分たちが産まれる以前から、この争いは続いている。そもそもの起源はなんだったのか。それは戦う意味でも重要になる」

マギーが言うと、パットは首を振った。


「異星人が俺たちの太陽系に攻めこんで来たから、それを食い止める為に俺たちは戦ってるんだろ?」


「ああ。確かにそう聞かされた。だがそれは政府が歴史的事実だと言っているだけで、本当にその歴史が正しいのかと調べる者はいなかった。だから今こそ戦争の起源を調べるべきだ。自分はさっきふと思ったんだ。どうして我々は戦い続けなければならないんだと」


マギーが熱く語ると、パットは溜め息をつきながらも、渋々了承した。とりあえず1週間調査をしてみるとの事だ。

それから1週間、マギーは機体の修理とパットの調査を待ちつつ、基地内で毎日の筋力トレーニングに励んでいた。


(異星人とは一体何者なんだ?どうして自分たちは彼らと戦っているんだ?)


マギーはトレーニング中も、この戦争の意義を考える。

数年ぶりに冥王星に降り立った瞬間の、あの妙な違和感が、胸にずっと引っ掛かっており、トレーニング後に就寝カプセルへ入ってからも暫くの間眠れず、銀河の果てを透視するかのように、まばたきをするのも忘れる程、ずっと目を開けていた。

翌日、部屋の窓から射し込む人工太陽の光に照らされ目を覚ましたマギーは、就寝カプセルから起き出し、手首に取り付けた反重力時計ウォッチを起動させ、空中浮遊をし移動する。巨大な基地内を移動するには、この装置は好都合だ。

マギーは一気に数kmを移動し、パットが寝泊まりをしている従軍記者室を訪ねる。

部屋の前で反重力時計ウォッチを切り、床に降りると、マギーは記者室の扉をノックをし中へ入る。


「やあパット。調査の方はどんな感じだ?」


「・・・・・・・・・」

マギーが話しかけても、パットは椅子に座ったまま天井を見上げ、無言のまま。

様子がおかしいのは一目瞭然だった。


「パット?」


「・・・ん?ああ、あんたか」


「なんだ?何かあったのか?」


「あんたに言われた2000年前のデータを調べてみたんだが、恐ろしい事実が分かっちまった」

パットは項垂うなだれた。


「本当か?教えてくれ」

マギーはパットに近づく。


「とりあえず、この文書を見てくれ。これは、2500年程前に軍部に通達されたものらしい。軍事記録を遡っていき、偶然見つけたものだ」

パットは空中画面スカイスクリーンに、その文書のデータを映し出す。


『我々ハ、遂ニ素晴ラシキ惑星ヲ発見シタ。ソレハ太陽系第三惑星ノ地球。生活環境ハ正ニ理想ノ惑星ダ。ソシテ、太陽系ノ他ノ惑星モ、資源ノ宝庫ダ。我々ノ次ナル侵攻目標ハ太陽系ダ』


「これが、異星人の侵攻を記した文書という訳か」

画面スクリーンを見ながらマギーは言う。

だがパットは悲しそうに首を振った。


「いや、これは我々の軍部が通達した文書のようだ」


「な、なんだって?じゃあ、まさか・・・」

マギーは絶句する。


「ああ。そのまさかだ。最初に太陽系を侵略したのは、我々の祖先だったんだ」


「では・・・、自分たちが戦っている異星人というのは、元々この太陽系に住んでいた住人なのか?」


「恐らくな。彼らは必死で自分たちの故郷を取り戻そうとしてるんだ。だが年月が経つにつれ、俺たちの方が真実を彎曲して語り継いできたんだろう」


マギーは言葉を失う。

侵略者だと思っていた敵は侵略者ではなく、自分たちが侵略者だったという事実を知り、闇雲に敵を撃墜し、喜んでいた自分を恥じた。

冥王星に降り立った時に感じた違和感。それは元々惑星には暮らさず、宇宙漂流民であった自分たち祖先の名残なのかもしれない。


「パット、この事実を公表しろ。早く戦争を終わらせるんだ」

マギーは訴える。

だがパットは苦笑いを浮かべながら答えた。


「さっき本社にこの内容を知らせたんだ。だがこんなのは、特ダネが欲しいお前の捏造だろって言われちまったよ」


「なんだって?」


「一度根付いてしまった俺たちの常識ってやつは、それを覆すには相当な時間がかかるって事だ。あんただって1+1=2って計算が、それは間違いだって俺が言った所で信じないだろ?それと一緒さ」


マギーはひとつ大きく息を吐く。


「だが自分たちが声を上げない限り、間違いが正しいんだと誤解されたままだ。自分たちが戦うべき相手は、我々の内なる部分だ。パット、協力をしてくれ」


「そうだな。俺も入社した当初のこころざしは、世間にしっかりと真実を伝えるって事だった。だがいつしか面白いネタばかりを探すようになっちまってた。俺も昔のこころざしをいつしか忘れてたんだな」


「決まりだな」

マギーはそう言ってパットに手を差し出す。そして二人は固く握手をした。


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野心は銀河よりも深く 岸亜里沙 @kishiarisa

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