第22話


 今回やってきた勇者ブラッドの襲撃を、混沌迷宮はしっかりと切り抜けることができた。

 けれどこれで終わりだと一息つくにはまだ早い。

 むしろここからが、俺達にとっての始まり。

 俺達はこの異世界で、生きていかなくてはいけないのだから……。







「――というわけでぇ、私としてはあんまり興味が湧いてくるような人間ではなかったですねぇ」


「ふむ、なるほどな……」


 俺は私室にて、ガブリエルからの報告に耳を傾けていた。

 今回やってきたブラッド達に関する話を、彼女から直接聞かせてもらっていたのだ。


 もちろんことの顛末は自分でも映像で確認しているが、実際に手合わせをした彼女であればまた違ったことがわかっているかもしれないしな。


 今回俺達が取った作戦は非常にシンプルなものだった。

 あいつらが居座っていた第一階層をより下の階層へ繋げ直したのである。

 『ダンジョン拡張』の権能の中には、階層自体を移動させたり繋ぎ直したりすることなんかも含まれているからな。


 ちなみにブラッドが飛ばされたのはの第三十五階層で、ブラッドの配下達が飛ばされたのは第三十四階層だ。

 どちらもアカツキが担当している森林エリアである。


 なぜガブリエルが担当する有翼種の担当エリアではないのかというと、彼女が下劣なブラッド達を自分の階層に連れ込むのを非常に嫌がったからだ。


 強引に自分の階層に連れてくることを約束されたアカツキがちょっとかわいそうかとも思ったが、部下に人間という上質な餌を与えられたことで嬉しそうだったので、案外ウィンウィンになっているらしい。


 ちなみにこんな風に侵入者を階層自体を動かしてハメ殺す戦術――いわゆる階層飛ばしは、特殊なギミックを持ちの勇者でなければ非常に有用な方法の一つだったりする。


 『ダンジョン&モンスターズ』ではリレ○ト的なダンジョン脱出魔法やセーブ&ロードを使われなければ、どれだけ能力値が高い勇者だろうとこいつで結構な割合で封殺することができた。


「伯爵認定勇者はBランク相当ってことだったが、戦っていて感じることはなかったか?」


「あのブラッド君に関しては何にも思うところはないですねぇ。最後の一撃はたしかにBランクにしては高威力だったかなぁ、とは思いますけど~」


 今回のダンジョン防衛ではいくつもの収穫があった。

 特にこの世界にもダンモン同様、レベル制度やジョブ制度が存在していることなんかを知ることができたのは大きい。


 ダンモンでは大陸や時代が替わるせいでナンバリングごとに相手の強さの源泉が違ったりしたのだが、レベル制度とジョブ制度が使われていたのは無印の初代ダンモンだ。


 いきなりラビリスを助けたところなんかからも類推すると、ここは初代ダンモンにかなり近い異世界なんだろう。


「ああ、あの技か。それにしても、上位ジョブの複数掛け持ちができるとは……」


 ただ当然ながら、ダンモンとは違うところもあった。

 中でも現状俺が一番重く見ているのは、どうやらこの世界の人間は上位ジョブの掛け持ちが可能らしい、ということである。


 それがどれくらいデカいことなのかは、あのブラッドが放った最後の一撃を見ればよくわかるだろう。


 あの一撃は間違いなく、Aランク下位の魔物にも通用するくらいの威力があった。

 本来俺が想定するBランク冒険者では絶対に出せない威力が出ていたからな。


 通常ダンモンでは、強さのランクが一つ上の相手にはそもそもの攻撃がまったく通用しなくなることが多い。


 Bランクの冒険者が一対一でAランクの魔物を倒すことは、かなり難しいのだ。

 だが呪術師×拳豪というかなりピーキーな掛け合わせによって、ブラッドは本来ではあり得ないほどのダメージを叩き出していた。


「ミツル様は何をそんなにビビってるんですか?」


「ん、わからないか、ガブリエル」


「はい、あの程度の雑魚がどれだけ集まろうが、ガブちゃんなら一蹴できますもん。そもそも今回だって、戦闘用のスキルほぼほぼ使ってませんし~」


 どうやらガブリエルは、戦った勇者が弱すぎたせいで不完全燃焼らしい。

 ぶー垂れながら翼をものすごい勢いで動かすので、執務室の中にばさばさと白い羽根が落ちていた。


 俺が手ずから育てた魔物達は強力だが、どうも人間のことを下に見ている節がある。

 そんなことでは足下を掬われる。

 聞いた話によると、ブラッドより強いやつもまだまだ多いそうだからな。


「この世界の人間は上位ジョブの掛け持ちができる。恐らくだが複数スキルの掛け合わせをして、ジャイアントキリングをすることに特化した構成にしているやつも多いだろう」


「それでもガブちゃん相手に通用しないと思うんですけどぉ」


「今回はBランク冒険者だったから余裕だった。だがそれがAランクやSランク冒険者だったらどうだ?」


 ギルドマスターのバリスから教わったところによると、この世界ではBランクの魔物を単独で複数撃破できると認められた時点でBランクを名乗ることを許される。


 これはそれより上のAランクにも適用される。

 更にもう一つ上のSランクに認定される基準は、Aランク上位の魔物を複数討伐できるかどうかということらしい。


 このSランクの人間は、現状三人いる。

 そしてそのうちの一人は、このラテラント王国に在籍しているらしい。


 つまり――いるのだ、この世界には。

 Aランク上位の魔物を単独で倒せるような、正真正銘の化け物が。


 純粋な意味でAランク上位の魔物と同水準までステータスを上げることはほぼほぼ不可能だ。

 人間とモンスターでは、レベルアップした時の成長の幅が全然違うからな。

 実際ブラッドのおおよそのレベルと攻撃力なんかから察すると、こっちの世界でもその法則は変わっていないだろう。


 にもかかわらずAランク上位を倒せるということは、彼らはジャイアントキリングを可能とする複数スキルを使って、大物狩りをしていると考えられる。


 そんな奴らがこの混沌迷宮にやってくれば、一体どうなるか。

 軍団長レベルの魔物であってもやられてしまう可能性は、決してゼロではない。


 数合わせの魔物がいくら死のうがなんとも思わないが……五年もの月日を共に生きてきたこいつらに死なれるのはごめんだ。


「わかってくれ、ガブリエル。俺はお前達を失いたくないんだ」


「――ミツル様、大好きです! 愛してます! 一生一緒にいてください!」


「……? ああ、もちろんだ。俺達はずっと一緒さ」


 なぜか頬を紅潮させながら抱きついてくるガブリエル。

 鼻息荒く興奮しながら俺を翼で包み込んで来るので、逃げようにもがっちりとホールドされてしまい動きが取れなかった。


 なのでとりあえず落ち着くまで、好きにさせてやる。

 きっちり勇者を倒してくれたからな。ご褒美は必要だろう。


「あ、そういえば今ブラッドはどうしてるんだ?」


「ティアマトに引き渡して、頭の中を弄ってもらってます~。そう遠くないうちに、Bランク冒険者が持ってるくらいの知識は共有できるなるかと」


「おお、それはかなり助かるな」


 人体実験するな、などと叱るつもりは毛頭ない。というか俺もガブリエルが何もしてなかったらティアマトに頼むつもりだったし。


 Bランク冒険者の頭の中には、この世界については一般常識レベルでしかものを知らない俺達からすれば値千金の情報がみっちりと詰まっているからな。


 一応混沌迷宮で死んだ冒険者達からは死霊術で情報をもらったりもしてるが、Dランクまでだと限られた情報しか得られないし。


 バリスに聞けばある程度は教えてもらえるだろうが、あまり借りは作りたくないので渡りに船というやつだ。


「しかし――まだまだ情報が足りないな……」


 俺が現在喫緊の課題だと思っているものは、この世界の強者についての情報だ。


 ダンモンのゲームシステムと微妙に異なるこの世界では、複数のジョブを掛け合わせることで本来のゲームより強力なシナジーが発揮される。


 恐らくだがこの世界の人間はこのシナジーを使い、本来のゲームではできなかったような壊れ火力の技を使って自分より強力な相手を倒すのだろう。


 どのような手を使い、どのような戦い方をするのか。

 この混沌迷宮に届きうるだけの強さを持っている者達――現状存在しているという三人のSランク冒険者と五人のAランク冒険者の情報は全員分欲しい。


 名前や活動地域だけではなく、可能であれば戦闘のスタイルや奥の手も全て把握しておきたい。

 初代寄りな世界観のこの世界だと可能性は低いが、この世界にギミック持ちがいる可能性もまだ捨てきれない。


 ワープギミックと権能禁止ギミックを出されると一気にキツくなるからな。

 もしいるなら、ダンジョン外にいるうちに確実に仕留めておきたい。


 あとは……人類以外の強者についての情報もだな。

 人類が把握していない亜人達の中にも実力者はいるはずだし、この世界のAランク上位の魔物の強さも実際に戦って調べておきたい。


 この世界にいる強者達全員を相手取っても勝てるという確証が得られない限り、枕を高くして眠れないからな。


 彼らに関する情報を集め、可能であれば戦闘能力を把握。

 可能なら特級戦力を派遣して全員倒しておきたいが……やり過ぎて世界のパワーバランスが崩れたりするのもマズい。


 どうするのかを考えるためにも、やはり情報が必要だ。

 となるとこのままダンジョンの内側にこもり続けるというのは悪手。


 この世界基準ではおいしすぎる混沌迷宮を解放した以上、その名が知れ渡るのも時間の問題だ。

 もしかすると俺達に残されている時間は思っていたよりも少ないのかもしれない。


 であればこちらから積極的に打って出るしかあるまい。

 多少のリスクは承知の上で、混沌迷宮からモンスターを出し、偵察に向かってもらおう。


「ガブリエル、ティアマトとベルナデットを呼んできてくれ」


「うー…………わかりましたっ!」


 自分の方が役に立ちますよ感をアピールし続けるガブリエルだったが、俺がじっと見つめているとどうやら折れたようだ。

 ちらちらとこちらを見つめながらも、そのまま部屋を出て行った。


 それと入れ違いになるように入ってきたのは、手に小さなお皿を持っているラビリスだった。

 妖精用の小さな皿の上にカップケーキをのせ、ずいぶんとご満悦な様子だ。


「マスター、次は何をするんですか?」


「ああ、ここから先は――世界を見据える。俺達を打倒できるやつらの情報を完全に集めるぞ」


 複数ジョブによるジャイアントキリングは、極めて限定的な状況下でのみ成立する技のはずだ。

 それならば相手の手の内を把握し、事前に条件を潰してしまえばいいだけのこと。


 俺達はこの世界のことをあまりにも知らなさすぎる。

 だが知りさえすれば、対等な条件下で戦うことができるはずだ。

 ジョブシステムは、人間にだけ有利に働く類のものではないからだ。


 それに……複数ジョブに就くことが可能となると、もしかしてあれも可能かもしれない。

 初期ロットでしか使うことのできなかった、あのバグ技――キメラジョブが。


 もしあのバグ技がこの世界で再現可能なら――配下の魔物達を一気に強化することができる。

 人里を見るのが、ますます楽しみになってきたぞ。


 俺は外に出せそうな人員を頭の中に思い浮かべながら、ラビリスと一緒に、ティアマト達がやってくるまで、ゆっくりとした時間を過ごすのだった――。


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