やりこんだゲーム世界にダンジョンマスターとして転生したら、攻略に来る勇者が弱すぎるんだが ~自重せずにやりこみまくったら、難攻不落のダンジョンと最強の魔物軍団が出来上がりました~
しんこせい
第1話
『ち、畜生……ロザリー、ミマス、たてつかい……俺は、お前達と……』
剣を地面に突き立てた一人の男は、そう呟くとそのまま地面に崩れ落ちた。
力尽きた彼――勇者ハーフは物言わぬ骸となり、画面は暗転する。
これはバッドエンド――ではない。
その証拠にディスプレイが映し出すのは開始画面やコンティニュー画面ではなく、全てが終わったことを示す華々しいエンディング映像だ。
一瞬の暗転の瞬間、自分の姿が反射して画面に映る。
ちょっと現実に引き戻されそうだったので、ガソリンを注入することにした。
「はじまりの勇者ハーフ……お前は強敵だったぜ……」
プシュッとチューハイの缶を開け、半分ほどを一気に流し込めば、暗い気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
圧倒的なまでのやってやった感……苦戦したゲームをクリアした時だけに得られるこの感覚は、何度味わっても格別だった。
俺の名前は三条充。
繊維系の専門商社に勤め、寿命を縮めながら月百時間超の残業をこなすエリート社畜だ。
今日は上司に言われ久方ぶりに取った有休の三日目。
数年ぶりに取れた連休を使い、俺は死ぬほどやりこんだゲームをプレイしていた。
『さすがですね、ダンジョンマスター! 勇者なき今、世界の全てがあなたにひれ伏すことでしょう!』
ピルピルと宙を飛びながら全身で喜びを表しているのは、開始時点から共に歩んできた迷宮妖精(ダンジョンフェアリー)のラビリス。
彼女は不慣れなダンジョンマスターに色々とダンジョンについて教えてくれるアドバイザーであり、色々と役に立ってくれるお助けキャラでもあった。
『我々魔物達の――完全勝利です!』
ラビリスの体長はおよそ五十センチほどであり、その全身は美しい緑色の光を放っている。
高速で動き回る彼女が通ったところには、淡く輝く鱗粉が散っていた。
妖精が散らす妖精の鱗粉は、回復アイテムとして使うことができる。
売って良し使って良しのこの鱗粉を渇望した人間達によって、妖精種は乱獲される運命にあった。
そしてそんな妖精種の一種である迷宮妖精のラビリスは、ダンジョンマスターである俺に助けを求め、彼女を助けることで人類の旗印を標榜する勇者達と敵対することになっていき……というのがこのゲーム――『ダンジョン&モンスターズ』の基本的なストーリーになっている。
「ひっさしぶりにやったけど……案外覚えてるもんだなぁ」
勇者討伐シミュレーションゲーム『ダンジョン&モンスターズ』。
一世を風靡……とまではいかなかったが、続編のナンバリングが作られる程度には人気を博したタイトルである。
その内容は迫り来る勇者達や彼らが率いる軍隊を、ダンジョンを操るダンジョンマスターとして倒していくというもの。
このゲームの一番の目玉は、敵のイカれた性能だ。
『ダンジョン&モンスターズ』――通称ダンモンにおいて、プレイヤーであるダンジョンマスターは魔王と呼ばれることになる。
そして魔王を討伐しにやってくる勇者達の性能は、巷で流行っているファンタジーゲームのそれに準拠している。
つまり――敵キャラクター達の能力が、軒並みぶっ壊れているのである。
たとえば僧侶は回復魔法を使えば頑張って与えたダメージを一発で全快してくるし、レベルを上げまくった勇者相手には物理攻撃がほぼ効かない。
多重にバフをかけて馬鹿火力を叩き込んでくるくらいのことは序の口で、やばくなったらダンジョンからアイテムを使って抜け出したり、セーブポイントを設定して何度も復活したり、ダンジョン攻略中にダンジョンマスターの権利であるモンスターのリポップや回復等の介入を封じてきたり……あらゆるバリエーションでこちらを殺しに来るのだ。
あの手この手でこちらを詰ませてこようとする勇者達を、知識と知略でねじ伏せていくのがこのゲームのきついところでもあり、同時に面白いところでもある。
スライムによるDP生成、魔法陣による強制進化、倒した勇者達の死体を素材にして生み出す新たなモンスターにダンジョンマスターを囮にしたデーモン包囲網……プレイヤー達によって生み出されたいくつもの戦法を惜しげもなく使えば、とにかくアホみたいな体力と強力な範囲魔法、全快できる回復魔法を連発してくるはじまりの勇者でさえ敵ではなかった。
「やっぱストーリーモードが一番ひりついておもろいんだよな。vs世界連合のボスラッシュは相変わらずきつかったが……終電間際までの残業に慣れた俺の敵ではない」
『ダンジョン&モンスターズ』は俺にとって青春そのものだった。
高校一年生の頃に出たこのゲームにドはまりし、その続編も全てプレイしている。
ナンバリングタイトルの中には誰が買ってるんだよというほど人気の出なかったハードで出たものもあったが、ダンモンヲタクのたしなみとして俺は当然本体を買った。
ハードを買ったせいでその年のお年玉が吹っ飛んで、ダンモン以外にやりたいゲームが一つもなくて泣きそうになったのも今では良い思い出……いや、今でもまだ普通に苦い思い出だわ。
半年後に本体が投げ売り価格になった時に血涙を流したのは、今でも忘れられない。
しっかし、久しぶりにやってみたが、やはり『ダンジョン&モンスターズ』は面白かった。
初見だとキツめだが、やりこんでいる人間がプレイすればなんとかクリアできるという絶妙な難易度。
ちょっと進化のタイミングやダンジョン拡張のタイミングをミスるだけで詰んでしまうため、最後の一人を倒すまで気の抜けないゲーム設計。
ただキツいだけではなく、ファンタジーゲームが好きな人ならにやりと笑うメタやパロディもふんだんに入れられており、俺みたいなコア層には非常に刺さる内容になっている。
今に鳴って思うと、このあたりのとっつきづらさが、そこまでのヒットを記録しなかった理由なのかもしれないな。
しばらくやっていなかったせいでもしかしたら自分の思い出補正かもと思っていたが……やってみるとやっぱりめちゃくちゃ面白かった。
今回有給はまとめて六日取ってある。
まだまだ時間はあるし、2や3に手を出してもいい。
DLCの強力な勇者達と戦ってもいいし、一時期ハマっていた特定の魔物しか使わない縛りプレイをするというのもアリかもしれない。
「ふわあぁ……その前に、ちょっと寝るか……」
顎が外れそうなほど大きなあくびをしてから、そのままベッドにダイブする。
長時間プレイはまだまだできるが、体力は以前と比べれば落ちている。
少し酒も入っているので、押し寄せてくる眠気に抗うのは難しそうだった。
(長丁場の休みを乗り切るためには、体力を回復しておくことも大切だし)
そんな風に自分に言い訳をしながら、眠りにつく。
そして俺の意識は暗転し……
「ダンジョンマスターの力を使い、一刻も早く人類への蹂躙を始めましょう!」
「……は?」
妙に聞き覚えのある台詞だなと思い目を覚ますと、そこは自分が住んでいるオートロック付きの1Kの部屋……ではなかった。
周りを見渡すが、そこにはさっきまであったはずのものが何もない。
大枚をはたいて買った高級ベッドも、寝る前までやっていたはずのゲーム機も、足下に散らばっていた食べかすですら綺麗さっぱりなくなっている。
代わりに目の前に広がっているのは、殺風景な洞窟だ。
全体的に薄暗く、そしてジメジメとしている。
一体ここは……いや、違う。
俺はこの光景を、目にしたことがあるじゃないか。
「どうかしましたか、マスター?」
薄暗い洞窟の中を照らしている光源は、松明やランプではない。
それは俺の隣にいる、光り輝く存在――迷宮妖精のラビリスから発されている光だった。
「お前はラビリス……で間違いないよな?」
「はい、先ほどマスターに助けていただいたラビリスです!」
俺の目の前にいる存在は、何度も見てきた映像よりいやに鮮明で、きらきらと神秘的に輝いていた。
思い返せば先ほど意識が覚醒した時の台詞は、ダンモンのチュートリアルの時のラビリスの台詞だったはずだ。
つまりここはゲーム……いや、ゲームのような世界?
軽く人差し指で押してみると、ラビリスはつんのめる。
指先に感じるむにっとした感触。
今や彼女は、俺にとって画面越しの存在ではなくなっていた。
「ちょ……何するんですか、マスター!」
「感覚もあるのか……」
頭では否定していても、それ以外の全てが現状を肯定していた。
土の香りを嗅ぐ鼻が、ラビリスの甲高い声を聞く耳が、辺りを見渡す目が……全ての感覚器官が、今俺の前にあるものが虚構ではなく現実なのだと教えてくれている。
視線を下ろせば、俺の指先にはきらきらと輝く粉がついていた。
妖精の身体から発される、妖精の鱗粉。
ゲームではただの回復アイテムでしかなかったそれは、キラキラと美しく、宝石のように輝いている。
指先にあったはずの鱗粉が、眺めているうちにパッと消えた。
代わりに現れたのは、光の板だ。
妖精の鱗粉×1
どうやらダンジョンマスターの権能である『収納』が自動で発動したらしい。
ダンジョンマスターにはいくつもの権能がある。
ダンジョン内の全てのアイテムをしまうことのできる『収納』。
ダンジョン内に新たなモンスターを生み出す『モンスター召喚』。
だがやはり一番の権能は……
「『ダンジョンステータス』」
口にしてみると、俺の言葉に反応して新たな光の板が現れる。
それは俺にとって非常になじみのあるもので、フォントから形式に至る何から何までが、俺がやりこんできたゲームのそれに酷似していた。
ーーのダンジョン(名称設定可)
DP 1000
取得DP 10
消費DP 2
間違いない、ここは――『ダンジョン&モンスターズ』の世界だ。
どうやら俺は――人類の敵であるダンジョンマスターになってしまったらしい。
「くっ……」
転生……いや身体は俺のままだから、この場合は転移になるのか?
なんにせよ俺は異世界にやってきた。
それもただの異世界じゃない。
『ダンジョン&モンスターズ』のシステムが適用されている世界だ。
「マスター!? 大丈夫ですかっ!? 平気です、人間達は強いかもしれないですけど、私がそばにいますから!」
いくつかの権能はあるものの、ダンジョンマスターの俺に直接的な戦闘能力はない。
『ダンジョン&モンスターズ』において、俺は勇者や騎士達に発見されればそのまま捕縛され地上に連行されることしかできない貧弱な存在だ。
チートな勇者達が闊歩するダンモン世界では、下から数えた方が早いほど虚弱な生き物である。
「く……クハハハハハハッ!」
だが自分がダンジョンマスターになったとわかった俺は、気付けば大笑いしていた。
もちろん不安や焦りはある。
現実に襲いかかってくることになるチート級の勇者達を本当に倒せるのか。
そもそも今から始まるのはストーリーモードなのか。
果たしてゲームの順番通りに勇者達は現れるのか。
だが……わくわくを抑えることはできなかった。
「はっ、上等だ……」
俺がダンモンをどれだけやってきたと思ってやがる。
プレイ歴は十年を超え、総プレイ時間は優に5000時間は超えている。
俺は魔王として、向かってくるあらゆる勇者達を倒してきた。
女神の加護持ちの勇者だろうが伝説の大賢者だろうが、一人残らずだ。
勇者を旗印にした国の軍隊は残らず滅ぼしてきたし、地上のありとあらゆる強者を投入して行われるvs世界連合のボスラッシュだって乗り越えた。
エンドレスモードで丸一日、ひたすらやってくる人間達を殲滅したことだってある。
たとえ俺自身のステータスが貧弱だろうが……まったく負ける気がしない。
一体なんでいきなり『ダンジョン&モンスターズ』の世界に放り込まれたのかはわからないが……せっかく大好きな『ダンジョン&モンスターズ』の世界に来れたんだ。
この機会を逃さず、目一杯楽しんでやる。
もしそれを阻もうとする奴らが来るんなら……残らず倒してやるさ。
「よし、そうと決まれば早速ダンジョン拡張に入るぞ!」
「はいっ! あの……そういえばお名前をよろしいでしょうか?」
「俺か? 俺は三じょ……」
言いかけて、気付く。
これから俺はサラリーマンとして暮らしてきた三条充ではなくダンジョンマスターとして生きていく。
ダンモンの世界で生きていくには、この名前はふさわしくないだろう。
故に俺はダンモンで使っていたダンジョンマスターとしての名前を、そのまま使うことにした。
「俺はミツル――ダンジョンマスターのミツルだ。よろしくな、ラビリス」
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新作を始めました!
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主人公を煽り散らかす糸目の悪役貴族に転生したんやけど、どないしたらええと思う? ~かませ犬なんてまっぴらごめんなエセ関西弁は、真っ向勝負で主人公を叩き潰すようです~
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