第6話 マルガリータ
「フェリシエンヌ、もうウリンソン連邦に着いたのだからそろそろ手錠を外してくれないか?」
オレはジャラリと音を立てる手錠をフェリシエンヌたちに見せる。
もう慣れたので日常生活には支障はないが、こんな物はさっさと外してしまいたい。
「もう少し待ってくれるかしら? ウリンソン連邦の代表者に事情を説明してから外すわ」
「わかった」
まぁ、もう少しだろう。それまで我慢するか。
「意外だったわ。あなたなら自分で引き千切るかもと思っていたのに、結局最後まで着けたままだったわね」
「そんなことをすればお前たちに警戒されるだろ? オレは平和主義なんだ」
「……何万と殺してきた男のセリフとは思えないわね」
フェリシエンヌが鋭い目付きでオレを睨む。
そりゃ、まぁそうなんだけど……。確かにオレはこれまでの戦争で無感情に、まるでロボットのようにたくさんの人を殺してきた。それについては否定しようもない。
オレは肩をすくめることでフェリシエンヌに返しておいた。
戦場でのこととはいえ、オレはたしかに人を殺してるんだよな。そのことについて、オレは冷静に受け止めることができた。
なんだか平和ボケしているオレらしくない。
バルタザールの記憶だから、冷静に受け止めることができているのだろうか?
それとも、日本人の鈴木雄大の精神が、バルタザールの精神と融合したからだろうか?
わからない。
自分の状況について整理していると、コンコンコンとノックの音が飛び込んできた。
「どうぞ」
「失礼します」
フェリシエンヌがソファーから立ち上がって許可を出すと、一人のエルフが現れた。
「お待たせいたしました。わたくしがウリンソン連邦の盟主、マルガリータ。遠い所をはるばるよくいらっしゃいました。わたくしたちはあなた方を歓迎いたします」
見た目年齢は二十歳くらいだろうか。マルガリータは、たおやかという表現がよく似合う上品な女性だった。
まぁ、これでも千歳を超えるエルフなんだけどな。ゲームで見るよりも美しい。フアナ一筋をオレも思わず見惚れてしまったほどだ。
「お久しぶりです、盟主様。フェリシエンヌ・マルブランシェでございます」
「久しいですね、フェリシエンヌ。大きくなりました。本当に、人の成長は早い」
「ありがとうございます」
「そちらの方は?」
マルガリータの視線がオレへと向いた。
オレは片膝を付いて最敬礼で挨拶する。
「お初にお目にかかります、盟主様。私はバルタザール・ランゲンバッハ。ランゲンバッハ帝国の第七皇子です。此度は、ウリンソン連邦への亡命を希望しています」
「亡命ですか? そのような礼は無用ですよ。どうぞ、座ってください」
「失礼します」
マルガリータに勧められて、オレとフェリシエンヌはソファーに座った。
「フェリシエンヌとの積もる話もありますが、まずはバルタザールのお話を片付けてしまいましょう。フェリシエンヌはかまいませんか?」
「はい」
「ありがとうございます。それで、亡命との話ですが、具体的にはどのようなことを望んでいるのですか?」
「私は国元を離れ、ここウリンソン連邦で暮らしていきたいと思っています。ですが、ランゲンバッハ帝国はそれを許さないでしょう。ウリンソン連邦には私の存在を匿い、ランゲンバッハ帝国から守っていただきたい。具体的には、バルタザールなどという人間はウリンソン連邦には存在しないと声明を出していただきたいのです」
「なるほど……。それ自体は容易いことです。ですが、あなたを匿うとして、ウリンソン連邦にはどんなメリットがありますか?」
アルカイックスマイルを浮かべたマルガリータが問いかけてくる。
「もし、ランゲンバッハ帝国との戦争になった場合、私はウリンソン連邦側に立って戦うことをお約束しましょう」
「それで?」
マルガリータが言外にそれだけでは足りないと言ってくる。だが、オレは敢えて不思議そうな顔を作って問いかけることにした。
「不足ですか?」
「一個人の武勇にそれほどの価値があるとは思えませんので」
アルカイックスマイルでそう言ってのけるマルガリータ。
マルガリータの言は正しい。魔法のあるこの世界では、文字通り一騎当千の強者がいるが、それでも千人相当だ。それよりも多い数をぶつければ問題ない。
戦いは数である。それはこの世界でも当てはまる。
だが、例外もあるのだ。
「自分で言うことではありませんが、私は最強の個ですよ。一人では時間はかかりますが、ウリンソン連邦を滅ぼすことも可能かと思います」
「ッ!?」
オレの言葉に反応したのは、隣に座るフェリシエンヌだった。体をビクリッと震わせて、驚いた顔でオレを見ている。
そうだね。彼女はオレの強さの一端を知っている。
そして、まだピンときていないのか。マルガリータは無反応だった。だが、その顔からはいつの間にアルカイックスマイルが消え、真顔でオレを見ている。
「……いいでしょう。その豪胆さを認め、あなたの亡命を許可します」
「ありがとうございます」
こうしてオレは、ウリンソン連邦への亡命を勝ち取った。
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