第4話 エステルの誘い

「エステル、お前はただのメイドじゃないな?」


 そう。エステルは代々王族を陰から守っていた従者の一族。その実態はメイドというよりも忍者に近い。危険な情報収集や、王族に害意を持つ者の暗殺などもおこなうのだ。


 おそらく、オレは今、エステルの標的になっている!


「何のことでしょう? 私はただ、バルタザール様のお情けに縋っております」


 エステルはゆったりとした動作でブラジャーを外す。腕を滑り落ちたブラジャーが地面に転がった。


 あくまでシラを切るか。


「考えてみれば、不自然な点はいくつもあった。危険な逃避行になぜわざわざ足手まといになるメイドを連れて行くのか。なぜ最後の王族の護衛がメイド一人だけなのか。お前が王国の陰に潜むというアギヨンの一族なのだろう?」

「ッ!?」


 パンツに手をかけていたエステルの手が不自然に止まる。


「やはりそうか。オレを暗殺でもする気か?」

「敵いませんね……」


 エステルはパンツに手をかけた姿から流れるような動作で土下座へと移行した。


「バルタザール様のおっしゃる通り、私はアギヨンの一族です。ですが、決して私はバルタザール様に害意を持っていたわけではありません。此度は私がただただ姫様の身を案じて勝手に動いたこと。処分するなら私だけに留めていただければ幸いです」


 覚悟決まってるなぁ。しかし、オレに対する害意はないか。じゃあ、何をするつもりだったんだ?


「エステル、お前の目的は何だ?」

「昼間のバルタザール様の戦闘を見て確信しました。私ではバルタザール様を倒すことはできません。私は、姫様の身を守るために、バルタザール様に体を使って懐柔策を取ろうかと……」

「なるほど?」


 ようは、オレがフェリシエンヌを襲わないように自分の体を差し出そうとしたのか。健気というか、なんというか。


 だが、オレはエステルの一心にフェリシエンヌを思う忠義に惚れたのだ。


「その忠義、大儀である。さすがはアギヨンの一族だ。だが、その心配は無用である。オレにフェリシエンヌ姫を襲う意思はない。当然、お前もな。さっさと服を着て寝ろ」

「はい……。お目汚し失礼いたしました……」


 オレはエステルの裸体から目を逸らすように後ろを向いてそのまま草原に横になった。


「はぁ……」


 ゴソゴソと後ろから聞こえるエステルの着衣の音を頭から意識して追い出して考える。


 どうやらエステルのオレへの警戒心は、MAXを飛び越えて自分の体を使ってでも懐柔策を取るレベルまでになってしまったらしい。


 エステルは否定していたが、隙があればオレの暗殺を企ててもおかしくないだろう。


 オレとしては気を利かせてモリリオンワームを倒しただけなんだがなぁ。


 ままならんものだ……。



 ◇



 城塞都市を抜け出して五日目の昼。晴天の草原の中、オレたちは小さな小川にたどり着いた。


「このあたりで休憩しましょう。バルタザール、荷物を渡しなさい」

「ああ」


 少しもオレへの警戒を解かないフェリシエンヌ。そんな姿に苦笑しながら、オレは背負っていた荷物を彼女たちに渡した。


「それで? あなたは今日もいらないの?」

「ああ、自分で持っている。その水や食料は二人で使ってくれ」


 もうフェリシエンヌたちの前で魔法を使っている姿を見せている。これ以上、隠す必要もない。


 オレの収納魔法の中には、飲み物はもちろん料理や食材も入っている。少ない食料を分けてもらわなくても大丈夫だ。


 乾パンのような物を齧るフェリシエンヌとエステルを見ながら思う。本当なら、オレが有り余る料理を分けたり、オレが料理を作ってあげたい。


 でも、二人に警戒されているうちは無理なんだよなぁ。逃亡初日に提案したら、却下されてしまった。


 味気ない乾パンを食べるより、オレに料理させてくれればいいのに。


 オレは料理人だ。きっと二人も満足する料理が作れると思うのだが……。残念だ。


「よっと」


 オレは収納魔法を使用し、まるでゲームのインベントリのようなウインドウからリンゴを選択して取り出す。


 ゲームでは、料理は制限時間付きのバフアイテムとして登場していた。当然、オレも数々の料理を持っているのだが、乾パンを齧っているフェリシエンヌたちを尻目に自分だけ豪華な料理を食べるのは気が引けて食べれない。


 まぁ、なのでリンゴを食べているわけだ。


 収納魔法の中は時間が止まっているのか、リンゴはシャクシャクと新鮮で、蜜がたっぷりで甘くておいしい。


 バルタザールの味覚は前世のオレよりも鋭いのか、リンゴの持つ甘さの中にも酸味やリンゴ本来の味も感じることができた。料理人には嬉しい武器になるな。


 三人で草原の中で休憩していると、遠くから近づいてくる集団を察知した。


 草原を駆ける馬の……いや、あれはセントールか!


 セントールは人の上半身と馬の下半身を持つ人馬族だ。手に弓を持って友好的とはいいがたい雰囲気だな。


「いい、バルタザール? 絶対に攻撃しちゃダメよ?」

「わかっている」


 セントールはウリンソン連邦の国民だからな。

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