18
目覚めた時、窓から差し込む光がずいぶんと高いところから差し込んでいたのを見て、あれからずっと眠ってしまっていたことを静は悟った。
最初に発熱した時と同じように身体は重く、意識はやはり朦朧としている。
それでも、あの時とは違い、気分はとても良いように感じた。
空腹はそこまで感じない。しかし喉は渇いていた。
ぐるりと視線を動かせば、すぐ近くに白銀の毛玉が見えた。ゆっくりと穏やかな寝息と共に上下している。
なんて心地の良い目覚めだろうか。
静は起き上がろうとし、窓から視線を外して反対側へと顔を向け、ぴたりと動きを止めた。
もはや定位置となったベッドの傍らに置かれている椅子。
その椅子に、深く座って腕を組み、身体を僅かに上下させて目を閉じているルイスの姿をがあった。
穏やかな寝顔とは程遠い、眉間に深く皺を寄せて顔をしかめながら器用にも眠っていた。初めてみるルイスのそんな姿をよく見ようと、静は音をたてないようにそっとベッドの端の方へと移動をする。
よくよく見やれば肌の色で目立ちにくいが、目の下に隈のようなものがあった。この国ではもう成人をしているとはいえ、まだ十六歳の彼がそんなに疲れた顔をしていることに静は罪悪感を抱いてしまいそうになる。
なにせ呑気に眠っていただけだ。それだというのにルイスがこんなにも疲れた色を見せていた。
何とも情けなく、申し訳なくなってくる。とにかく今は起こさず、自然と起きるのを待つべきだろう。
しかし、と静は銀の瞳を瞬かせて、ルイスの顔をよぉく見やる。
たった一晩で人はこれほどの疲労を見せるのだろうか、静は少々疑問を抱いた。本当に一日中眠っていただけだったのだろうか。それとも、もっと眠ってしまっていたのだろうか。
そこまで考えて静は底知れぬ恐怖を感じ、室内を再度見渡した。
何一つ変わっていない光景。窓の外から見える景色だって、欠片も変わってはいない、ように見えた。
ああ、もうルイスを起こしてしまおうか。
自身の恐怖を打ち消すために、そんなことを考え始めた静は、不安を抱いたままルイスが起きるのを待った。
その時間は僅かか、それともずいぶんと経ったころか。小さくルイスが身動いたかと思えば、瞼が数度瞬いた。
「おはよう、ルイス」
うたた寝から目覚めたばかりのルイスに、静は待っていたと言わんばかりに声をかけた。
瞬間、ルイスは勢いよく立ち上がり、椅子がそのはずみで後ろに倒れかけそうになったのをすかさずに片手で防いだルイスは大きく息をついた。そしてすぐに静を上から下まで順に隅々まで見て、そのままの状態でおそるおそる、というように口を開いた。
「おはよう、ございます」
「うん、おはよう」
もう一度、同じことを繰り返し言うと、ルイスは椅子を元の位置に戻し、姿勢を正した。
「申し訳ありません、眠るつもりはなかったのですが……」
「え、いや、別に気にしないよ……?」
確かに早く起きないか、とは思っていたが眠ること自体を責めるつもりはない。むしろちゃんと休んでほしいと思っているくらいだった。
だがそれを言えば、ルイスは少々不機嫌げな顔を浮かべるだろうと静はなんとなくそう思い、言葉を飲み込み、別の言葉を吐きだした。
「水ある? 喉乾いた」
「水だけでよろしいのですか?」
「え、うん。そうだけど……?」
つまりはどういうことか。ルイスの問いに、静は問いを返した。
ルイスは近くに置かれていたワゴンに置かれていた銀のピッチャーから、伏せていたグラスに水を注ぎ入れ、静に手渡しながら答えた。
「三日間、眠られていたのですよ。静様」
「……え、うそぉ」
驚きでつい、手が滑りそうになる。すかさずにルイスがグラスを持ち、再度静は両手でしっかりと持った。
「ご体調の方は」
「あー……なんか、うっかりまた寝そう、かも。でも気分はだいぶ良いよ」
「……リーリア殿を呼びますので、それまでは起きてください」
「はぁい」
ルイスがサイドテーブルにあるいつもの小さなベルをちりりんと控えめに鳴らした後を待って、静は眠らないようにあの四人について問うことにした。
「ディック達は何してるの?」
「静様に敵対している者を探させています」
「……難しくない?」
「いえ。あれらは有能ですので、後は時間の問題です。それに開発局にいた者……。ユアンという者を覚えておりすか」
「……ああ、うん」
男性にしてはとても髪の長い銀髪の、なんというか情けない声を発していた男という印象が強かった。最後ルイスに妙に絡んできていたので、進んで会おうとは思わない相手だ。
「奈緒様を通じて協力を得ることが出来ました。漆黒並みに情報通且つ、いくつか使える魔具を提供していただきました」
「……提供?」
「はい、提供です」
一体どうしてそうなったのか。というよりもどうやって協力を得られたのか。あのユアンと言う男は簡単に首を縦に振るとは思わないが、奈緒が何かしらの働きかけをしたのだろうか。
どこから、何から聞けば良いのだろうか。ルイスの様子を見る限り、聞かなければ自発的にこれ以上の説明は伏せてくるだろう。
あえて何かを隠しているのは分かった。今は知る必要がないということか、それとも不都合な事実でもあるのか。
起き抜けの思考をどうにか動かそうと、水をこくりこくりと飲む。
とルイスの視線がわずかに動いた。静はその視線の先を追うと、銀の毛玉がゆるりと動き始めていたところだった。
『むぅ……?』
「おはよう。ネーヴェ』
『ああ、おはよう』
銀の毛玉こと、ネーヴェは呑気にくわりと大きな欠伸をこぼし、前足でくしくしと顔をかく。
日に日に毛づくろいがうまくなっているのを見ていると、そのうち自分の身体をちゃんと舐めて綺麗にし始めるのではと考えてしまう。
「三日間も寝ていたんだって、わたし達」
『なんと』
驚いたように毛づくろいを止めたネーヴェはネーヴェはゆるり、ゆるりと尾を揺らし、ぽすりとベッドに落とした。
何かに気づいたように、周囲を見るように首を動かした後、鼻先を落とした。
『……そうか。私は、眠りにつきかけていたのか』
静はルイスを見上げる。ルイスは何も発しなかったが、険しい表情を見せていたのがその通りであると語っていた。
「……前兆とか、そういうの……なかった、よね?」
『全くだな』
「ははっ、ぞっとするなぁ」
渇いた笑みがつい、こぼれた。笑うしかなかった。
前兆、というにはあまりにもさりげないものだった。しかしあれは本当に前兆だったのかさえ分からない。突然に失った食欲に、常に高い体温、眩暈による失う平衡感覚。些細過ぎるものだった。
それとも、何か。眠っている間にすでに何かが起き始めたのか。
と、静はそこで思考を止めた。
それならば、どうして、どうやって自分達は眠りから覚めたのだろうか、と。
それを問わなければ、と静はルイスをまた見上げようとした時、扉が勢いよく開いた。
「静様っ!」
そちらを見れば、急いで走ってきてくれたのだろうリーリアがわずかに身体を上下しながら立っていた。
「おはよう、リーリア。おいでぇ……あ、待って。わたし起きたばっかりだし、身体汚い」
「汚くありませんっ」
そしてそのまま飛び込んでくるリーリアをしっかりと両腕で抱きしめた。大丈夫、ここにいると言うように。
リーリアもまた、絶対に挟名歳と言わんばかりにきつく静を抱きしめた。
「どうしたの、リーリア。そんなに」
「…奈緒様から、聞きました」
「何を?」
「抱擁というのは、癒しの効果があるとか」
だから、強く抱きしめてくれているのだろうか。
けど静はどのような理由があろうと、こうしてリーリアが静の身を案じていたことが嬉しく、それ以上に申し訳なく、少しばかり辛くなった。
静は抱いた感情を誤魔化すように、リーリアの背に回した手で軽く叩いた。
「ああ……あるらしいねぇ。癒されてる?」
「はい、とっても。静様はどうですか?」
「わたしも」
ふふふ、と顔を合わせて笑いあった。
「それで。その、奈緒達は……、その」
「皆様、静様が起きるのを待っておりましたよ。けど、今は少し忙しいので後程いらっしゃる予定です」
「……そっかぁ」
少しだけ寂しさを覚えたが、忙しいのであれば致し方がない。
何よりも迷惑かけているのは自分だ、だから我儘なんて言える立場ですらない。
「静様、お腹は空いていませんか? 他に何か欲しいものは」
「……うーん、なんかお腹そこまで空いている感じはしないんだけど。何か食べた方が良いよねぇ」
「それではスープをお持ちしましょう。とはいえ、起きたばかりですから少し時間をおいてお持ちしますね」
「うん」
目覚めたばかりか、それとも何かが原因か。ほとんど空腹は感じないが、生命維持等々を考えれば少しでも食べた方が良い。それに一口でも食べれば思い出したように空腹を訴え始めるかもしれなかった。
今から食事を作ってくれるのだろう、リーリアは立ち上がり姿勢を正した。
「では、私はお食事の用意をしてまいりますので」
「いえ、私が」
「ルイス様?」
「……何でしょうか」
リーリアはにっこり、と微笑みを浮かべた。
ただの笑顔だが、何故だろうか。妙な圧をルイスに向けていた。
「お聞きしましたよ?」
「……何をですか」
「ほとんど眠られていないとか。それと合わせて食事を取られていないこともそうですし、夜な夜などこかに出られていた、とか」
そう言えば静が目覚めた時、ルイスはうたた寝をしていた。そして隠しきれていない疲労の色。
なるほど、それならルイスの様子も納得する。
「ルイス。わたしが言うのもあれだけど、とりあえずそこに座ってよ。立たせてるのが申し訳なくなる」
「いえ、問題ありません」
「首が疲れるから座って」
先ほどまでルイスが座っていた椅子に指を指し、見上げる。
ルイスはぐっと口元を強く結び、横目でリーリアの様子を見てから諦めたように小さく肩を落として椅子に腰を下ろした。
『なぁ、リーリア。姉上達は』
「お連れいたしましょうか、ネーヴェ様」
『ああ、頼む! なぁ、静』
「いってらっしゃい、ネーヴェ。ついでに何か食べてきなよ」
『うむ、そうしよう』
ぴょん、と跳ねるように起き上がったネーヴェは一目散にリーリアの元へと駆け寄り、すくい上げられるように抱え上げられた。
いつの間にか眠りにつきそうになっていたのだ。姉達に会いたくなるのも当然と言えた。
早く早く、と大きく尾を振るネーヴェにリーリアは落ち着かせようとその背を撫でる。すぐに落ち着いたが、きゅんきゅんと鼻を鳴らすもので、リーリアは困ったような視線を静に向けてきた。
なので静は大丈夫だと軽く手を挙げれば、すぐにリーリアはワンピースの裾を翻し、部屋を後にした。
二人を見送った後、静は目の前に座るルイスを見て、僅かに眉尻を落とした。
「……余計な事、言ったねぇ」
「余計な事?」
「言ったでしょ。頼んだよ、って」
「っ……静様はっ!」
がたっ、と小さく音をたて椅子が音をたて、ルイスが立ち上がった。
何かを反射的に言おうとしたのだろう。が、無音の空気だけが漏れるだけでルイスは何度か口を開閉しているのは、言葉を選んでいるからだろう。
そんなことまで気を使わせてしまっていることに、静の罪悪感はさらに膨れ上がろうとしていた。
「ごめん、今のは完全に失言だった。本当に、ごめん」
「……謝らないでください。目覚めたばかりだというのに、そんな」
大人しくまた椅子に座り直したルイスは片手で顔を覆い、僅かに俯いた。
何か、言わなければ。しかしなんと言えば良いのか。
おそらくルイスの事だ、静の為にあちらこちらと奔走していたのであろう。だからリーリアはルイスをこの場にわざと残した、のかもしれない。
安心させるためか、無理にでも休ませるためか。しかしネーヴェまでどこかに行ってしまうとか思わなかったが、静は逆に良かったと思った。
言葉なんてなくても、出来ることは一つあった。どうせこの場は静とルイスしかいないのだから、失敗したとて問題ないだろうと、静はそれを実行することにした。
「ルイス、ルイス」
試しに、と静はルイスに向けてリーリアにやったように両手を広げた。
「……なんですか、それは」
「え、来るかなって」
「リーリア殿が来たからって、私にするのは違うと思うのですが」
「んー……ほら、癒しの効果があるから?」
科学的にも証明されている。何故そうなのかというのも一度目を通したことはあるが、今はほとんど忘れてしまっているので説明は出来ないが。
後で奈緒になんと説明をしたのか聞こうと思いながらゆらりと両手を揺らした。
「おいで、ルイス」
ぐら、と僅かに揺らいだルイスの身体を見て、静は困ったように笑みをこぼした。
「ルイス?」
駄目元でもう一度名を呼ぶ。
と、次には大きな身体が静を覆いかぶさった。柔らかく、優しく、どこか遠慮がちに。
「あはは、良い子だねぇ」
「……子供だと思っていますよね」
「んー……どうだかなぁ」
遠慮がちな大きな手は、ゆっくりと静の身体を包み込もうとする。とんとん、と静はルイスの背を軽く叩いてみれば、首元にルイスが頭を押し付けてきた。
甘えてくる子供のようだ、とは言わなかった。けれども彼は五つも下で、日本で言えばまだ高校一年生。そう考えれば、本当に彼はまだ子供なのだと再認識してしまう。
「……静様」
「うん。いるよぉ」
「静様」
「うん。なぁに、ルイス」
確かめるように、静の名を呼びながら、ルイスはだんだんと腕の力を強める。
ベッドの縁に座る静に、ルイスは中途半端に身体を丸めながら抱きしめようとしてくるものだから、ほんの少しだけ後ろの方に倒れそうになる。けどなるだけで、ルイスはなんだかんだ静がつぶれてしまわないように最大限の配慮はしてくれていた。
ゆっくりと大きな背を軽く叩き、ルイスのつややかな黒髪を撫でた。
「良い子。ルイス」
返事は無かった。代わりにわざとらしく寄りかかられ、慌てて片手で身体を支える結果になったが、静はつい楽しくて笑い声をあげてしまった。
それからすぐ静はルイスを隣に座らせた。
とても躊躇をしていたが、さすがに中腰の姿勢のままなのはさらに疲れさせるし、だからといってすぐに離れるのもなんだか味気ないような、それこそ勿体ないような気がした。
結果的にはすぐに離れたが、それでも目の前の椅子に座られるよりも近い。
正直なところを思えば、静は意外にもすんなりと抱擁を、まさか自分から向かい入れる側になるとは思わなかった。が、よくよく考えれば普段から時折問答無用で抱え上げられて移動させられるのだ。それに比べたらなんて可愛いことか。
あれで慣れていて良かったと思うが、それにしたって不甲斐ないと静は自分を責めた。
「……静様」
「んー……?」
「何か、余計な事を考えていませんか」
「……事実を受け入れようとしてただけだよ」
この世界に来て、何をやって来た。なんと言ってきたか。
ああしかし、思い出したくもないあれやこれが多すぎて嫌になってくる。
「何も、なんだかんだ出来てないわけだしさ。本当、恥ずかしくなるよ」
「そんな」
「事実でしょ? ルイスの前で、あんな大見得きっといて。この体たらく。本当に腹立たしい……」
「……まだ、ご自身で対処しようと考えているんですか」
「可能なら」
「何故ですか」
意味が分からないというように、鋭さが増した深緑が静を見下ろした。
「静様は……、そこまでして、そうなってまで、聖女としてあり続けようとしているのですか……?」
「別に聖女であり続けようとは思ってないよ?」
「……しかし。確かに、愛娘達の力が戻らなければ帰ることが出来ないとは言え、これほどになってまで……何故」
何故、何故、と小さな子供のように静にルイスは問う。
普段のルイスであれば、その疑問を抱いたとしてもじっと静を見て、むっつりと口を閉じたまま問わないだろう。いずれ分かる、と思っているのか。それとも静に答えを聞いたところで無意味と思っているのか。
しかし今は疲労と、おそらく眠気等々あるのだろう。その影響でずいぶんと素直に静に問う。自分が納得することが出来る答え以外いらない、と言わんばかりに。
胸の内では納得はいくつもしていないが、そういうものというように捉えて無理やり納得してきたのだろうか。
そう思うとなんだかああ、やはり子供のようだなぁ、なんて静は無意識に微笑みを浮かべてしまった。
「かわいいねぇ、ルイスは」
「……は?」
「失礼」
するりと出てきた言葉を慌てて隠すように、静は口早に答えた。
「理由なんてないよ。わたしがやると決めたからやる。もちろん成し得ないかもしれないけれども、それでもやろうと決めてる」
「だから、それが分かりません。何故そうまでして」
「わたしの為だよ」
結果的に言えば、周囲を巻き込んだものになっている時もある。
けれどもすべての行動原理は、静自身から始まっている。
「全部、わたしの為にやっているだけだよ。生きる為じゃない。生き続ける為じゃない。わたし自身が、精一杯に生きたという証明をしたいがためにやるんだよ」
なるようになるのだ、全て。結果が全て。であるからに、そこまで期待をしてはいけない。だって全ては無くなってしまうのだから。
だから静は考えた。全て結局無くなるのだから、それならよりよく、無くなっても良いようにしようと。
そして結論付けた。
「わたしは、笑って死にたい。私はそうやって死ぬために生きてるだけなんだよ」
ネーヴェがこれを聞いたら何をいうのだろうか。
もし、ディック達がこれを聞いたら幻滅してしまうだろうか。
リーリアが聞いてしまったら、どうなってしまうのだろうか。
失望されるだろうか。怒られるだろうか。悲しまれるだろうか。
しかしどうせ死ぬのだ。なら死に方ぐらいは選んだって良いはずだ。どうせ世の中なるようにしかならないのだ。死んでしまえば何も無くなるのだ。静にはもう、それしか残されていないのだ。だから――。
見上げていた揺れる深緑が、大きく逸らされた。ああ、彼は離れていくだろう。しかしその役目の為に、体裁はきちんと取るだろうからそれほど心配するようなことではない。けども、きっと、静は泣くだろうと確信した。
泣いて、しかし静は自分のなかなかな図太さというのを自覚している程度のものがあるから、きっと普段通りに過ごそうとするだろう。そして一人、目的の為に動き続けるだけだ。
しかしながら静のその思考は全て、杞憂だったのだと思い知らされた。
「――残される俺は、どうすれば良いのですか」
絞り出すようにルイスから発せられたそれは、悲痛な声だった。
迷子の子供が母を何度も呼ぶが見つからず、それでも理解したくなくて呼ぶ声のようだった。
はっと、ルイスは顔を上げて立ち上がろうとしたのを、静は反射的に袖を掴んだ。
「……今のは、聞かなかったことにしてください」
「駄目だねぇ」
聞いてしまったのだから、もう無かったことにはできそうにない。
なんせ静はその言葉を聞いて、仄暗い嬉しさを抱いてしまったのだから。
「ほら、座って。ルイス。話が出来ないから」
「……話、とは」
「そうだねぇ。いろいろと、だね」
けど、だからこそ、今の内に手放さなくては。
静はルイスが再度、隣に座るのをひたすらに待つことにした。
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