02
大股で先を歩くヴィンセントの後を、ルイスは大人しく着いて行く。が、あまり離れるのもよろしくないと、ルイスは判断し、そろそろ声をかけようかと思った矢先、ヴィンセントが少しだけ足を緩め、廊下の角を曲がる。その先にあるのは、人がほとんど立ち寄らないただの物置が並ぶ部屋だ。
ヴィンセントは迷わず並ぶ扉の内、一つに向かい中へと入る。ルイスも後に続けて入れば、なるほど小さな丸椅子に木のテーブルが置かれ、そして物置だというのに置いてあるのはヴィンセント好みの本やらが並んでいる場所だった。つまりここはヴィンセントの息抜き用の部屋の一つ、という事らしい。大神殿内にはいくつもあるらしいが、ヴィンセント付であったルイスもその数はまだ把握はしていない。とはいえ、隠し部屋の場所は把握しているので、いざとなればそこを探せば問題ないだろう。
ルイスが室内を見渡している間に、ヴィンセントは丸椅子にどかりと腰を掛け、大きく息を吐きだした。
「ルイス、お前なぁ」
「はい。申し訳ございません」
「……絶対にそう思ってないっていうのだけは分かる」
いずれ、確実に必要なことであった。ヴィンセントもそれを分かっていて、責めるに責めらない様子で、テーブルに肘をつき片手で頭を抱えていた。
紅茶の準備の為、談話室から退出していたその合間、ルイスは昨夜にあったことをまとめた報告書を連絡用の魔術を用い、ヴィンセントに鳥を飛ばしていた。
件の漆黒が接触をしてきたこと。話された情報と、それと引き換えに渡した情報について。
想像していたよりもずいぶんと遅くにヴィンセントがやってきたのは内心驚いていたが、おそらく過労による体調不良でなかなか動けなかったのだろう。テーブルの脇に置いてある棚から薬瓶を手に取り、慣れた手つきで開け、錠剤を遠慮なく二つ口の中に放り込んでいた。水を飲む必要はないらしいが、それなりの味らしく、ヴィンセントの顔はさらに険しいものに変化していった。
「……なんだ」
「いえ」
談話室で聞いてしまった、体調が悪い時のヴィンセントの見え方というものが頭によぎったのをルイスはすぐに頭の片隅へと押し込んだ。
「全く……鳥を飛ばすくらいなら、昨日の内に飛ばせ」
「さすがに夜遅い時刻でしたので、過労で睡眠があまりとれていないであろうヴィンセント様のことを思って控えさせていただいたのですが」
「お前の有能さに腹が立つ」
理不尽である。だがこれはいつもの事なので、ルイスはとくに気にすることはなかった。
「あちらからは」
「まだ来てはおらん。だが先にあちらが動くだろう。いや、動いてもらわねば困る」
「今まで散々書状を破り捨て、追い返しましたから、それが影響しているのでは?」
「……面倒だな」
無意識なのか、ヴィンセントの右手が腹に添えられている。
薬を飲んだばかりなのだ、即効性があるものらしいがやはりすぐには聞いてこないのであろう。それよりもルイスは気になったことをつい、口に出した。
「ヴィンセント様。薬をそんな不用心に置かれてはいかがなものかと」
「毒でも盛られるかもしれない、ということだろう? そんなものは分かっている」
「分かっているならば、多少目隠し等を施した方がよろしいのでは?」
「ああ、だからわざとだ。大概の毒には慣れているし、解毒も出来るから問題無い。この俺を暗殺しようとしているんだ、それなりの覚悟があるということだろう? ならば俺もそれ相応に対応をしているだけだ」
ルイスが聞いた話によれば、ヴィンセントは幼い頃から暗殺、誘拐、その他諸々に数多く巻き込まれてきた。その度に神殿中が大わらわになり、王城までもが動き、と中々な騒動になることもしばしばあったと言う。だがしかしその中心にいたヴィンセントはと言うと、こんなにも過労等々で体調を悪くしながらも、幼い頃から備わっていたふてぶてしい態度でそれらと相対し、最終的にはおおよそ全てを赦してきた。
だからこそ、ヴィンセントは歴代で最も若く大神官という座についた。はるかに大きな器を持ち、全てを赦し、受け止め、背負う人。それがただの過労だけで済むはずがないというのに、ヴィンセントはそれらを当たり前と受け止めているのだ。
「おい、何か変な事を考えていないか」
「いえ。エドヴィン様の気苦労が絶えないと思いまして」
「これぐらいで俺付が務められるか。ちなみに今、あいつは書類仕事中だ」
「また置いて行かれたんですか」
「早く終わらせないのが悪い」
加えて優秀なのだから、神殿の誰もがヴィンセントが大神官の座に着くことに異を唱えるものはいなかったと聞く。
その時の歳は僅か齢、十六歳。成人を迎えた年は今から五年も前のことだった。
ヴィンセントは不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、琥珀の瞳を細めルイスを見据えた。
「にしても、珍しい……というか、初めてか。独断でここまでのことをするのは」
「そうですね」
「完全に開き直ったな、お前」
「俺が独断で行った事実には変わらないので」
誤魔化しをせず、ルイスは独断で動いたことによる非を素直に認めた。ヴィンセントが言うように開き直ったと言うのが正しい。
「以前のお前からは考えられないことだな」
「……その為だけに呼んだのですか?」
「それもあるが?」
「戻ってもよろしいでしょうか」
「それだそれ」
何かしらの処罰が来るかと思ったが、どうも違うようだった。
とは言え、ルイスはヴィンセントが何を言いたいのか汲み取れず、わずかに眉間に皺を寄せた。
「ずいぶんと静に対し、気を許しているじゃないか」
「ヴィンセント様と隊長が、お付きになるようご命令をしたはずでは?」
「確かにしたがな。それにしたってお前、その入れ込み具合は普通に驚いたぞ?」
「一体どこに驚く要素があるんですか」
酷く真面目にルイスは理解が出来ないと答えれば、ヴィンセントはそれに驚いたのかぽかりと口を開け、ルイスを凝視していた。
一体何故そのような目を向けてくるのか、ルイスは心底理解できずにいるばかりだった。
「……お前、いや、まぁ……俺が言う事ではないか」
ヴィンセントが何かを言おうとし、直前で何かの言葉を呑み込んだ。
「……聞きたいんだが」
「何でしょう」
「お前、静のことをどう思っているんだ」
いつになく険しく、妙にその問に似つかわしくない真剣な表情を浮かべるヴィンセントからの問いに、ルイスは深緑をゆるりと横に僅かに動かした。
「……必ず、お守りする方です」
「それは護衛としてだろう?」
この問いに一体何の意味があるのかは分からない。そしてヴィンセントの言う通り、ルイスは静の護衛でもある。だからこそ、なんとしてでも守らねばならない存在だ。
それは何も間違いではない。
そのはず、なのだ。
だと言うのに、ルイスはたった一つの肯定さえ出来ずにいた。そう、それに対し、肯定すること自体、おかしな話であった。
「ルイス?」
黙ったままのルイスに、ヴィンセントが声をかけてきた。
ルイスはふい、と視線を上げ、しかしすぐにまた視線を落とした。
「……いいえ」
「いいえ?」
迷いを見せながら、ルイスが否定の言葉を口にすれば、ヴィンセントは不思議そうに言葉を繰り返した。
何度か口を開閉させながら息を吐きだし、ルイスはようやく深緑の瞳を前へと向けた。
「……頼りにする、と静様が俺に言ってくださいました」
「なるほど?」
否定の言葉を口にした理由を言わず、ルイスは唐突に話をし始めた。ヴィンセントはゆるりと琥珀を細め、続きを促すように一つ頷いた。
「静様は、俺やリーリア殿に、どれほど信頼を寄せているかと話をしてくださいました。言葉を尽くし、そして昨日の通り、誰よりも先に、俺達に真実を語ってくださいました」
「ああ、あれか。あれもなかなかに独断で動くものだな。それで?」
「……リーリア殿はまっすぐに、静様に対しての思いをお伝えしていましたが、俺は……結局、何もお伝え出来ませんでした」
「一言も?」
視線を逸らし、ルイスは沈黙でもって肯定をした。
あれほど小言の多いルイスがまさか、何も言わなかったことにヴィンセントは怪訝な顔を見せたがすぐに何か理解したように、少しばかり表情を和らげた。
「そうか、そうだったな。お前はまだ、十六だったな」
「……成人はしています」
「成人しているとはいえ、まだ一年も経っていないんだから俺からすればまだ子供だ」
「……ヴィンセント様は、十六で大神官の座につかれたと聞いておりますが」
「ああ、そうだな。あの頃は俺もまだ子供だった」
当時を思い出しているのか、ヴィンセントは苦い顔をしながらも、眩しい何かを見つめるかのように薄く笑みを浮かべていた。
揺れる琥珀は瞬きの後、ようやくルイスに向けられた。
「ルイス。お前は、多くの者と関わりを持った方が良い。今まで避けてきた物事に、それの答えは必ずある」
「一体どこにあるのですか」
「さすがにそこまでのことは俺は知らん。だが、あるのだけは分かる」
それは経験か。それとも教えの一つなのか。そのどちらともか。
判断がつかず、口を閉ざすルイスにヴィンセントはほんの僅か、困ったようについに笑みをこぼした。
「とりあえず、そうだな。静と腰を据えて話をしてみる、というのはどうだ? その前にちゃんと話はしているのか?」
「合間に話をすることはあります。リーリア殿ももちろん交えて、ですが」
「そうじゃなくて、二人で、だ」
「そのような事は全く」
「……俺はお前が心配でならん」
「何故ですか」
笑みはすぐに引っ込み、ヴィンセントは呆れたと言わんばかりに天井を見上げてしまった。
一応ではあるが話はする。あの方は、そこまで話を好んでする方ではない。むしろ口を閉ざしている時間の方が多いくらいだ。
それであれば無理に話をする必要はないと思っていたが、どうも違うらしい。
「お前はとにかく言葉が足りないんだ。その分、行動で示してはくれているが、時に言葉はそれ以上の力を持っている」
「……存じていますし、自覚もしております。ですが……今の俺に、その言葉を持ち合わせていません」
「俺が散々言ったしな。おかげで小言ばかり聞かせれるようになった」
何がおかしいのか、クツクツと笑い、琥珀を輝かせた。
「悩むが良い、ルイス。恐れることはない。我らが神がお眠りになっていようと、まだ天にいらっしゃるのであれば何一つだって変わりはしない。ましてや今は愛娘達がおいでなさっている。しかし、それでも恐れを抱いているのであれば、何を守らねばならぬのかを思い出すが良い。我ら人間が、神に祈りを捧げるがごとく守れ。今のお前にとって、それが唯一なのであれば、尚更に」
ほら、簡単だろうと語りかけるようにヴィンセントは説いた。
祈れ。そして守れ。それ以外に何があるのだ、と言うように。
「……そこに、知りたいものがあるのでしょうか」
「お前自身が言ったことだろう? 俺に聞くな」
必ず守らなければ。
ヴィンセントに問われ、確かにルイスはそう答えた。その真意すら自分が発した言葉だというのにつかめずにいると言うのに、するりと出てきたものがそれだった。
「……知ることが、出来るでしょうか」
「そう願えば良い。そうすればいずれ辿り着けるだろう」
願えば、ラウディアータが導いてくれるのだろうか。いや、確実に導いてくれるのだろう。それが役目であるから。
しかしルイスはふるり、と首を横に振った。
「自分自身で、見つけることにします」
「そうか。それならば俺が変わりに願っておこう、我らが神に」
「……お好きになさってください」
「ああ、好きにするさ」
またクツクツと機嫌よさげにヴィンセントは肩を小さく上下させた。
ああ、これは面倒なことになりそうだとルイスは用件が終わっただろうと判断した。
「戻ります」
「ああ。いや、待て。今の俺は機嫌が良いからな。何か一つ要望でも聞いてやらなくはないぞ?」
さあ、何か面白い要望を出せ、とそれはそれは面倒としか言えない要望を向けてきた。
ヴィンセントは普段こそ、気苦労が多く、過労やらで胃を傷めてしまうほどではあった。だが、それとは別に少々悪癖のようなものを一つ持っていた。
それがこれだ。
とにかく、面白いものを所望し始めるのだ。巻き込まれる側としたら溜まったものではない。面白いものでなければ機嫌は僅かに降下するだけならまだしも、その後もグチグチと駄目出しを言い始める始末。全く持って手に負えないどころか、ルイスは何度もその目に合っている。
ルイスは即座に全てを諦め、まだ戻れないことに内心何故か心がざわついだが気に留めず、それならばと前から考えていたそれを伝えることにした。
「それでは、一つ要望があるのですが」
「なんだ」
「静様のお部屋に椅子を一脚、追加したいのですが」
「なんだ、それだけか? 別にそれは構わん。確か昨夜はそちらの部屋に全員集まったんだろう? 足りなかったか」
「いえ、十分足りています。それとは別で窓際に一つ設置しておくだけです。静様がほぼ毎朝、窓際におられるのでさすがに椅子でも用意した方が良いかと……何か?」
ぽかりと口を半開きにし、呆けたような顔をしているヴィンセントは何度か口を開閉し、目元を抑え、何故か訝し気な視線を向けてきた。
「……静が、要望したわけじゃなく……?」
「護衛はもちろんですが、侍従も兼任していますので。これぐらいは普通ではないかと思うのですが」
「お前、一体誰にそれ教わった」
「本はもちろんですが、周囲の動きを見て、ですが」
漆黒の任務は多岐にわたる。その中でも潜入というものもあることから、いつ何時、その役割を受けても問題がないようにある程度の侍従としての知識等々はすでに身に着けていた。そこに加えてのあの件の屋敷で実際に侍従として潜入したおかげで磨きがかかったというだけである。
何もおかしいところはないだろうに、とルイスがヴィンセントの反応を待っていると、それは深いため息をつかれた。
「……そうだな。お前はそういう奴だよ」
「何がおっしゃりたいんです?」
「いや、もう何もない。椅子な、椅子。ちょうど良いのがどこかにあるはずだ。念のため、管理者に確認の上持っていくように」
「もうすでに確認済みです」
「無駄に手際が良すぎないか?」
「元から要望を出す予定でしたので」
ついにヴィンセントは声を発するのを止め、さっさと戻れ言うように掌を翻した。
ルイスはこれ幸いと思い、すぐさまに姿勢を正した。
「それでは失礼いたします」
さりげなく、しかし早くにルイスはこの場から踵を返し、物置から出る。すぐに談話室へと戻る予定ではあったが、今の内に運び入れた方が良い。
頭の中で時間を計算し、ルイスは周囲に人がいないことを確認すると近道の為、窓から身を乗り出し、窓枠を蹴り上げた。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
予定よりもずいぶんと遅くに戻れたルイスはノック音を鳴らし、返答はなかったが人の気配がある為、そっと入室をし、中の様子を見てすぐに気配を消した。
足音を立てずに壁に沿って歩き、その中で一人、窓に一番近い場所に置かれている椅子に一人腰かけていた静に歩み寄った。
なるべく視界に入るようにしたおかげか、すぐに静はルイスが戻ったことに気づき、ゆるりと銀の瞳を細めた。
「おかえり」
ゆったりと、静が口にする言葉は漆黒にいる時も何度も向けられたものだ。それだと言うのに、何故かルイスは心が落ち着かないようなものを感じ、耐えるためにほんの少し表情を硬くした。
「戻りました……、が。これは」
「これねぇ、ちょっとびっくりしたんだけどさ、リーリアが伊織と同じくらいに強くってね」
中央の比較的に大きなテーブルを挟むように伊織がうんうんと呻りながらも駒を一つ動かし、その向かいにいるリーリアもまたいつになく険しい表情でじっと盤上を見下ろす。
伊織の両側には真咲、奈緒が座り、はらはらとした表情をそろって浮かべている。それはもちろんリーリアの傍で立ったまま観戦をしている侍女達も同じだ。
どのような戦況になっているのかは見えないが、なかなかに良い勝負をしているのだろう。
「……見られないのですか?」
「どっちも応援しちゃうし、ちょっと疲れちゃったから休憩中。それよりもさ、ルイスはあれ、やったことあるの?」
「一度だけ、ルールを覚えるために触れたことはあります」
「そっかぁ。あれ、難しいね」
「得意ではないのですか?」
「駄目だねぇ。無理無理。考えすぎて疲れてくる」
それにしては打ち筋に迷いは見えず、数度勝利を収めていた。とはいえ入れ込むほどのものではなかったのだろう。真咲に負けた時は、実際に拳へと持ち込みたがっていた。
そして本当に疲れているのだろう、くわり、と静が口元を手で隠しながらも小さな欠伸をこぼした。
「眠いようでしたら、自室に戻られますか?」
「んー……いや。頭使いすぎて。それに今寝ると夜寝れないから今は良いかな。ネーヴェは構わず寝てるけど」
銀の瞳が下を見下ろした先、静の小さな膝の上には温かな日差しの中で呑気に寝息を立てている銀の子狼がいる。他の小動物達は己の聖女の傍に寄り添っているのが見えた。
なんて、穏やかな光景か。
ルイスは昨日のあれが一瞬嘘だったのではないか、と思いかけたがすぐに静の言葉で現実に戻された。
「ヴィンセントに怒られた?」
「いえ、全く」
「そっかぁ」
少しだけ間延びした返事を共に、また一つ、静は小さな欠伸をこぼす。
この温かな日差しのおかげか、だいぶ眠気に誘われているようだった。そのまま寝てしまうだろうか、と思ったが静は目元を抑え、何とか起きようとしていた。
「……呼び出しの内容、なんだったの?」
「王城側にいる者に少し話をいたしました」
「……昨日の事?」
「はい。もちろんですが、あちらの話の状況と引き換えに話をいたしました」
「ああ……、それならしないとだね」
今の話で多少目が覚めたらしく、静は何度か目を瞬かせてた。そのたびに銀が陽射しにあたり、光を発しているかのようだった。
「王城側と、かぁ……。そのうち話さないといけない時がくるんだろうなぁとは思ってはいたけど……。わたし達があっちに行く感じになるのかな」
「いえ。あちらからいらっしゃるかと」
「……確認だけど、相手って」
「殿下です」
静はぎゅっと顔をしかめ、小さく唸った。そして首だけを動かし、今も静かに燃えている彼女らの方へと視線を向けた。
「奈緒ぉ」
呼ばれた奈緒は一瞬の間を空け、ゆるりと静へと振り向いた。
「……あら、寝てたかと思ってたわ。っていうか、いつの間に戻ってきてたのよ」
「ああ、ルイス? ついさっきだと思うよ。後、本当に寝そう。それよりさぁ、件の殿下がそのうち来るかもよ」
瞬時、紫の瞳がとても鋭いものへと変化した。
「協力者だそうだよ」
「……私が我慢しないといけない奴よね、それ」
「応援してる」
「明日のお洋服、楽しみね?」
「八つ当たり反対」
唯一因縁を持っている奈緒は半ば本当に八つ当たり気味に言い捨て、また観戦に戻っていった。
言い捨てられた静は両手で顔を覆った。
「……やだぁ」
「静様はそのような恰好は好まれないのですね」
「動きにくいし、わたしが着るっていうのはちょっと……」
「お似合いだと思いますが」
静の顔立ちはずいぶんと幼いことも相まってか、とくに少女らが好んで選ぶような衣服が合っていた。色合いについては淡いものよりも濃い色の方がより良さが際立つとルイスは改めて静の今の恰好を確認していれば、妙に視線が集まっていることに気づいた。
絶対に見てはいけない気がしてならないが、恐る恐るルイスがそちらを見やれば、何故か全員がルイスへと視線を向けていた。あれほど白熱していた伊織とリーリアも例外なく。
「……何か」
もしや失言をしてしまっただろうか。慌てて静に視線を向ければ、何故か静は両手で顔を覆ったまま動かないでいた。
「……静様?」
「見ないで聞かないで。お願いします」
「あの、何か気に障るような」
「ありません。本当に」
何故か敬語で、それもずいぶんと早い口調で言い放った静は勢いよく両手を離し、彼女らの方に顔を向けた。
「明日からもう着ません!」
「なんでよぉ」
「似合うわよ?」
「えー!」
「着ないったら着ない!」
不満を言う真咲に、先ほど八つ当たりした奈緒はもちろんだが、伊織も不満の声を上げていた。それでも頑なに静は着ないと一方的に宣言するばかりだった。
一体何がどうなっているのか分からないままのルイスではあったが、妙に静の耳も頬も薄く紅に染まっていることに気づいた。が、きっとそれはこの温かな日差しのせいだろうと思いこみ、一先ずこの騒ぎが収まるまで気配を消して待つことにした。
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