第八話 お手紙
折笠の指先から肘までがすっぽりと入るくらい掘り起こすと、唐傘の先に何か硬いものがぶつかった。
こつん、という音を聞きつけて、黒蝶が穴を覗き込む。
「箱だね」
「箱だな」
何も埋まってない可能性がちらちらと脳裏をよぎっているタイミングだったので、折笠はほっとしつつ掘り出した箱を穴から出した。
折笠が唐傘の先で破ってしまったが、石の箱は周りを和紙で覆われている。油を染み込ませた和紙で箱を包んだ後、さらに漆を塗ってあったようだ。
防腐、防水性を考えて厳重に封をしたのだろう。
包んでいる和紙にも何かが書かれているかもしれないと、慎重に剥がしていく。
石の箱は二十センチメートル四方。見た目の割に軽い蓋を開けてみれば、中には手紙が一通だけ収められていた。
「……これだけ?」
明らかに日記ではないその手紙を指さして、念のため黒蝶に確認する。
当然ながら、黒蝶は首を振った。
「蝶姫に渡された日記はもっと分厚いよ。中身がすり替えられてるね」
「だよね」
誰がすり替えたのか。予想はつく。
「蝶姫からの手紙ってことでいいかな」
そう言いながら、折笠は手紙を黒蝶に渡した。
ここに日記を埋めたのは下女であるツキだ。そのツキの視点で夢を見ている黒蝶が手紙を読むのが筋だと思った。
黒蝶は手紙を受け取り、深呼吸をしてから封を開けた。
「……なんて書いてあった?」
自分が知ってはいけない何かが書いてあるかもと身構える折笠に、黒蝶は無言で手紙を押し付けた。
「蝶姫は、本当にもう!」
口調は怒っているが、黒蝶はどこか楽しそうな顔をしている。
折笠は手紙を開く。
『この地にケサランパサランがいる』
ただそれだけが書いてあった。
詳しい話をケサランパサランに聞けということだろう。だが同時に、この手紙が様々な情報を折笠たちにもたらしている。
折笠は大木に背中を預けて苦笑した。
「俺がケサランパサランを拾ったのって、偶然じゃないんだな」
「折笠君がケサランパサランを拾った。その上でカサの夢を見て、ここにたどり着くまでが蝶姫の筋書きってこと。翻弄してくれるよ、本当にもう!」
黒蝶が笑いながら、ここにはいない蝶姫に怒ってみせる。
折笠がケサランパサランを拾ってみた夢だけではこの場にたどり着かない。蝶姫のそばにいたツキの夢がなければ、日記がここに埋められていたことさえ分からない。
この手紙が示している言外の事実は、折笠と黒蝶が出会う運命を蝶姫が予想、又は仕組んでいたこと。
結界が張られていた時点で予想していた事実ではある。
だが、結界が張られていたことも含めてこの手紙を読むと、さらに分かることがある。
折笠と黒蝶、カサとツキの夢を見る二人だけを結界の中に招いてなお、この情報しか残さなかった。
「この手紙を探していてもっと核心に触れる情報を得ようとしている誰かを警戒しているってことか」
結界を越えてくる時点でこの手紙を読むのはカサとツキの夢を見る二人だけのはず。だというのに、核心に触れる情報はケサランパサランを通せという。
いわば二重の鍵が施されている。
折笠は、高天原参りを成し遂げた喜作という半妖の男が殺された後らしき内容の夢を見ている。転生してでも陰陽師に仇なすと誓うあの夢で、裏で糸を引く者が何者か探っていた。
「決着してないんだろうな」
夢の視点、カサという唐傘お化けの半妖が戦国時代に追いかけていた、何者か。
おそらくはカサの死後に復活したこの手紙を残した蝶姫が手紙に二重の鍵を施した理由。
――蝶姫は、何者かによりこの手紙が盗まれることを警戒した。
「ケサランパサランを探すのが最優先だね」
「そうなるな」
もともと、ケサランパサランが漂った翌日に黒蝶の神社のご神体に興味を示す者が現れるという伝承が地域の妖怪に語られていた。
ケサランパサランは蝶姫とかかわりがあり、いまだに開ける方法が分からないご神体とも関連がある。
折笠は大木を背に月ノ輪童子たちと合流するため結界の外へ歩き出した。
黒蝶が後に続く。
「その石の箱、重いだろ? 持とうか?」
「私が持っておくよ。こうすればいいから」
ご神体と同じように石の箱を蝶に変化させて、黒蝶が折笠の顔を見上げた。
「蝶姫は復活した後、幸せになれたかな?」
「どうだろうね」
郎党の右腕だった喜作は高天原参りを成し遂げるも陰陽師に殺され、その仇を取ろうとしたカサも死んだ。
下女のツキは生き残っていてもおかしくないのだが、蝶姫と再会したならこの結界に黒蝶が入れるのは少しおかしい気がする。
おそらく、ツキは蝶姫と再会できずに何らかの理由で死んでいる。
「一人になっちゃったのかな……」
復活した蝶姫がどうなったのかは分からない。
だが、一人ではないだろう。
「少なくともケサランパサランとは交流があったはずだよ」
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