第六話  無説坊の事情

 さっぱり状況が分からない。

 折笠は戦闘を始める妖怪と陰陽師を離れた場所から眺めつつ、無説坊が帰っていった山頂を警戒する。

 折笠を高天原参りに誘った無説坊は、用事は済ませたとばかりに陰陽師の処理を配下の妖怪に任せて山頂へ歩いて帰っていった。

 妖怪たちも陰陽師をからかうばかりで真面目に戦う気がない。陰陽師の方も標的は無説坊だけなのか、妖怪を突破する機会を探るばかりで大技を使おうとしない。


「……折笠君、これどういう状況?」


 木の陰から現れた黒蝶が不審そうに折笠を睨む。

 無説坊の言葉からして、ご神体が盗まれたのは『唐傘の』と呼ぶ相手をおびき出すためだ。だが、肝心の折笠に心当たりがない。

 市内に唐傘お化けや半妖が折笠の他にいるのかもしれないが、見たこともない。


「言っておくけど、俺は無説坊と話したこともないよ」

「名前で呼ばれてもいなかったから、そこは疑わない。うーん。折笠君って意外と有名人だったりするの?」

「こんなにファンに追い回されたのは今日が初めてだよ。今までどこにいたんだろうねってくらい」


 陰陽師と妖怪たちを指さして肩をすくめる。


「黒蝶さんこそ、盗まれたご神体と唐傘お化けに関連があるか、高天原参りって単語とか、何か知らない?」


 神社で口にした途端に追いかけ回されるようになった『高天原参り』について、神社の娘である黒蝶に尋ねるのを躊躇っていたが、いい機会なので質問する。


「無説坊が言ってた話? 聞いたこともないよ」


 黒蝶も心当たりがないらしく、首を横に振って山頂を見上げた。


「すぐそこで陰陽師が戦ってるときに話し込むのも危ないね。後にしようか。ご神体は返してくれるらしいけど……危ない予感がすごくする」

「妖怪と取引って時点で危ない橋だよな。ただ、天狗と正面から戦うよりかは交渉の方がましな気もする。いまなら配下の妖怪もそこで陰陽師と遊んでるし」

「早めに決断した方がいいってこと? 一番危ないのは折笠君でしょう。決めていいよ。交渉するか、不意を打って奪還するか」


 無説坊が待っているのは唐傘お化けの半妖である折笠の方だ。選択をゆだねてくれるのはありがたい。

 ありがたいのだが、折笠は困り顔で黒蝶を見る。


「悪いんだけど、黒蝶さんが決めて」

「え? ……折笠君、自分のことなのに優柔不断だね」


 図星を突かれてダメージを受ける折笠に構わず、黒蝶は山頂に向けて歩き出した。


「交渉しましょう。折笠君も高天原参りっていう話を無説坊に聞きたいんでしょう?」


 どうやら見透かされているらしい。

 折笠は申し訳なさもあって、黒蝶の後ろで静かに頷いた。



 山頂近くの大岩の上に天狗、無説坊の姿があった。

 胡坐をかいて錫杖を肩にかけ、無説坊は折笠を見てニヤリと笑う。


「よく来た。唐傘の」

「多分、人違いだと思うんだけど」

「ふむ?」


 無説坊は目を細め、折笠をじっと観察する。そこで初めて、隣にいる黒蝶に気付いたらしい。


「神社の巫女だな。ご神体を取り戻しに来たか。ほれ、返してやる」


 ぽいっとゴミでも放るように桐箱が黒蝶へ投げ渡された。

 びっくりした顔で空中の桐箱をキャッチした黒蝶が無説坊を睨む。


「丁寧に扱って」

「我らには価値のないものだろう?」


 悪びれもせず言い放ち、無説坊は折笠に視線を戻した。


「唐傘の。我の読みが正しければ、あのご神体はお前にこそ価値がある品だ」

「俺に?」


 折笠は黒蝶が両手で抱える桐箱を見る。妖力で薄っすらと包まれた桐箱だ。

 折笠の反応に、無説坊は考え込むように長い鼻の先を空に向けた。


「ふむ。陰陽師共の反応からしてもほぼ間違いないと思うがな。情報交換と洒落込もう」


 無説坊が山の中腹を指さした。


「あの辺りの森を切り開きソーラーパネルなんてものを置こうと人間どもが画策しておる。この山の妖の頭領として、見過ごすことはできん」

「そういえば、ちょっと話題になってたな」


 森の妖怪にとっては死活問題だろう。

 無説坊が続ける。


「とはいえ、人間どものやることだ。工事を妨害してみたところで次から次に湧いて出る。陰陽師共も結界を張るなりの対策を取るだろう。ジリ貧だ」


 常人には見ることもできない妖怪たちが本気を出せば、工事を妨害するのも容易い。工事車両を天狗風一つで横転させることもできるし、いざとなれば関係者を攫って行方不明にもできる。

 だが、陰陽師が対策に乗り出せば手が出しにくくなる。そこまでしてソーラーパネルを設置しようとするかは分からないが、陰陽師との全面戦争が避けられない。

 無説坊が折笠を正面から見据えた。


「我らは高天原参りを行う。高天原にて、天津神に願いを叶えてもらうのだ。当然、陰陽師共の妨害もあるだろう。そこで、我らは戦力を集めている」

「なるほどね」


 無説坊の事情は理解できたが、折笠が知りたいのはそこではない。


「なんでご神体を盗んでまで唐傘お化けを探したんだ? 戦力が欲しいなら別の地域の妖怪に声を掛ければいい」


 折笠は唐傘お化けの半妖だが、自分が戦力になるとは思えない。唐傘に込めた妖力次第で防御力が向上する能力ではあるが、攻撃手段に乏しい。

 妖怪の唐傘お化けや折笠以外の唐傘お化けの半妖がどんな能力かは知らないが、攻撃するイメージが湧かない。鬼でも味方に引き入れた方が頼りになるだろう。

 当然の疑問のはずだが、無説坊は意外そうな顔をした。


「……本当に何も知らぬのだな」


 探るように折笠と黒蝶を見比べてから、無説坊は呟いた。


「人の方でも伝承が途絶えたか。否、あえて伝えなかったか」


 無説坊はしばらく考えてから、ご神体を指さした。


「それを――」


 その瞬間、山全体を何かが覆った。

 折笠や無説坊は反射的に空を見上げる。

 妖力を持たない常人には感じ取れない力場、結界が張られていた。


「陰陽師共の仕業か。先ほどの連中が行使できる術の規模ではないな」 

「これ、半妖化を解いて山を下りたらすり抜けられたりしないかな?」

「これほどの規模の術だ。出入りを完全に管理して、ネズミ一匹逃がさんだろうよ」


 無説坊は笑いながら折笠を見る。


「高天原参りを共にするかはともかくも、この場は共闘するのが良いと思うが?」

「なし崩しに巻き込もうとしてないか?」

「戦意の無い味方など邪魔なだけだ。共闘せんのなら隠れておればよい」


 やっぱり戦力として期待されていないのでは、と折笠は疑った。

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