第四話  迷い蝶

 少女、黒蝶夕華の話では、彼女の実家に当たる神社からご神体が妖怪によって盗み出されたらしい。


「多分天狗の仕業なんだけど、陰陽師は半妖の仕業って決めつけているみたいで駅近くに網を張ってるの」


 大通りを行く人の流れにまぎれて駅から遠ざかりつつ、黒蝶は言う。

 妖怪や半妖の存在は公には認められていない。人の目があるところで陰陽師が仕掛けてくることはないだろう。

 尾行を警戒しつつ、折笠は黒蝶の話に耳を傾ける。


「ご神体は桐箱に入ってるんだよ」

「中身は?」

「誰も見たことがないの。だって、開かないんだもん」


 見ようとしたことがあったのか、黒蝶は不満そうに語気を強める。桐箱の大きさを示す黒蝶の手の動きを見る限り、桐箱は長方形で幅十五センチメートル、奥行きはその倍、高さは幅と変わらないくらいらしい。


「うちの神社、いわれも分からないし何を祀っているのかもよくわかってないの」

「神主一族がそれでいいのか……」

「参拝客も滅多に来ないから誰も困ってないんだよ。ただ、ご神体の桐箱が開かないのは物理的な話じゃないの」

「もしかして、妖力で封印されてる?」


 妖怪や半妖が扱う力を妖力という。陰陽師も同様の力を扱うが、プライドの問題なのか彼らは頑なに霊力と呼んでいるらしい。

 その辺りの事情を折笠も聞き知っているが、彼らのプライドに配慮してやる必要性を感じない。何しろ、ついさっきまで命がけで追いかけっこをしていたのだから。

 黒蝶が頷く。


「妖力で封じられているみたい。だから、陰陽師も動いてるんだよ」


 封印が施されているなら、桐箱の中身は危険なものかもしれない。

 例えば呪物の類。そこにあるだけで不幸を呼んだり、死を招く。

 他には強力な妖怪の妖核。妖核を抜かれた時点で妖怪は消滅するが、妖核そのものは陰陽師が式に魂を吹き込んだり術の媒体に使用する。強力な妖怪の妖核ならそれだけ強力な術を使えるようになる。

 中身がどんなものであっても、陰陽師が動き出した事実を考えるとご神体は何かしらの力を持っているのだろう。


「陰陽師の目的が分からないな」


 黒蝶曰く、陰陽師たちはどこからか嗅ぎつけて呼ばれてもいないのにやってきている。

 ご神体を盗み出された黒蝶が天狗の犯行と考える中、唐笠お化けの半妖である折笠を襲ってきた陰陽師の動きも意味が分からない。


「……言っておくけど、俺はご神体とやらを盗んだりしてないからね?」

「うん、分かってるよ。あの陰陽師たちの動きがおかしいだけなんだよ。だって、あの陰陽師たちってうちの神社に事情聴取にも来ないんだよ? 本当にご神体が狙いなのか疑っちゃうくらい、行動があやふや」


 黒蝶からしてみれば、ご神体を取り返しに陰陽師が来てくれたと思ったら全く別行動をして、無関係の唐笠お化けの半妖に攻撃を加える始末。敵かどうか判断できなくとも、味方ではないと考えるのも無理はない。

 味方なら、報連相は絶対だろう。

 黒蝶が不愉快そうに眉根を寄せる。そんな顔でさえどこか柔らかい美しさがあるのは天性のモノだろう。


「推測で話すことじゃないと思うけどね? あの陰陽師たちは多分、この機に乗じてご神体を盗もうとしているんだよ」

「それが一番、妥当な見方だと思う」


 思うと同時に、折笠に襲い掛かってきた理由が分からない。高天原参りという単語がきっかけになっていたようにも思うが、ご神体と何の関係があるのか。

 圧倒的に情報が足りていない。

 折笠は黒蝶に話しかける。


「ご神体が妖力で封じられていた理由は分からない?」

「いわれも分からないんだよ? それと、お腹すいたよね?」


 自由だなこの子、と思いつつ、折笠は通りに連なる店のいくつかに目星を付ける。


「そこの洋食店、パティシエがやっててケーキが美味しいよ」

「入ろう」


 花畑に引き寄せられる蝶のように黒蝶が優雅な足取りで洋食店へ向かう。後から続いた折笠は念のため陰陽師に見られていないか周囲を警戒した後、店に入った。

 奥の席に案内されて、テーブルに着く。紅茶とケーキを頼んで、折笠は本題を切り出す。


「盗んだ奴は天狗って言ってたね。心当たりがあるのか?」

「天狗の無説坊。山に住んでいる妖怪をまとめている頭領だよ」

「半纏を着てるあの天狗か」


 折笠も見覚えのある天狗だ。江戸時代の後期から生きている古い妖怪らしく、地域の妖怪たちに慕われている。

 その昔、寺で修業したこともあるそうで、無説坊という名もその頃から名乗り始めたらしい。


「古天狗を相手に二人で正面から挑んでも勝ち目はなさそうだけど」

修めて

 配下の妖怪たちも厄介だが、天狗自体が強い妖怪だ。怪力と身軽さを併せ持ち、頭も切れる。無説坊ほどの古天狗なら武術の一つも修めているだろう。

 折笠の能力は唐傘を生み出すこと。武器にもできるが攻撃を防ぐのが本懐だ。


「そういえば、黒蝶さんは何の半妖?」


 蝶が舞い飛んでいたことは分かるが、意外と蝶の妖怪は聞かない。

 黒蝶が困ったような顔をした。


「迷い蝶っていう妖怪なんだけど、マイナー過ぎるから知らないよね」

「初めて聞く妖怪だ」


 自身が半妖の折笠は妖怪に関してもそこそこ詳しい。そんな折笠でも初耳の妖怪だ。

 しかし、字面で合点がいった。

 陰陽師から逃げ出した時、折笠はクロアゲハを視界に入れた瞬間から思考が空転した。迷ったのだ。


「判断を迷わせる妖怪か」

「元々は山中に現れて旅人を道に迷わせる蝶の妖怪。道に迷わせるときに判断も迷わせるから、私も能力として使えるの」


 いろいろと使い道がありそうな能力ではある。ただ、直接的な攻撃手段も防御手段もない。それが理由で折笠に声をかけたのだろう。


「となると、無説坊を迷わせて、その隙にご神体を奪い返した後、戦闘を極力避けて逃げる流れかな」

「そう。で、具体的な作戦なんだけど」


 黒蝶がいたずらっぽい笑みを浮かべて、外を指さす。


「陰陽師たちを誘導しちゃわない?」

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