異聞三国志【萌動】

七海ポルカ

第1話



 温かい手を握り締める。



 

 ごく薄い、青灰色せいかいしょくの瞳が優しい眼差しで、周瑜を見下ろしている。


 側で、軍医の格好をして周瑜の健診をしているのは虞翻だ。

 彼は元々文官として孫堅軍に仕えていたが、反董卓連合に従軍し、呂奉先りょほうせんによって壊滅させられた江東連合の数少ない生き残りの一人であり、軍医などが全て殺された中、唯一医学の心得があったため、緊急に軍医の任を任されて、孫策が江東に無事帰還するまでは、彼の軍の軍医として働いた。


 当時呂布と交戦し、死傷を負った孫策自身も「虞翻がいなければ俺は確実に死んでいた」と今でも言うように、あの遠征において虞仲翔が果たした役割は大きい。

 虞翻自身、医学の心得があったのは、若い時からいずれは医者になりたかったからで、親に反対されたので仕官をし、文官になったのであるが、孫策に「お前はいい腕をしてるから宮廷医師になってくれ」と言われたのをきっかけに、江東に戻ってからは医術を本格的に勉強し、最近正式に宮廷医師になった。

 本人もまだ自分は医師としては未熟だ、と自覚しているものの、奇しくも夫婦揃って虞翻の咄嗟の医術で一命をとりとめたことがある孫策と周瑜は彼を気に入っており、早速側で使うようになったのだ。


 この場には虞翻、そして周瑜に、側で付き添っている孫策――もう一人女性がいた。


 彼女は喬水玲きょうすいれいといい、女性だが医術の心得のある才女で、普段も故郷や近隣の村で医者をしていた。

 孫策が、周瑜の健診をさせることを、虞翻以外の男の医師にやらせるのを嫌ったため、なにか良い知り合いはいないかと虞翻に尋ねると、彼は友人の娘である彼女の名を挙げたのである。

 水玲と虞翻は、故郷の余姚よようでも共に学んだことのある間柄らしい。

 やってきた才女でありながらもそれに驕った所のない穏やかな性格の女性で、孫策は挨拶をされた時に、すぐ彼女を気に入った。

 貴方ならきっと周瑜も安心出来る、と言った通り、周瑜も私室に尋ねて来た水玲と挨拶を交わした時に、彼女の穏やかでゆったりとした気性を信頼したようだった。


「お身体は、健康でおられるようですね」


 一通りの健診を終え、水玲が言った。

 側の虞翻も頷いている。

 一応は知識としていても、やはりこの分野はまだ専門外なので、彼も水玲が補佐をしてくれることはありがたかった。

「先に大病をなさったと聞き及びましたので、慎重にお身体を見せていただきましたが、お疲れなどもないようです」

 水玲はそう言ったが、周瑜は三月前、死に瀕する大病を患った。

 大病と言っても彼女が運悪くなったのではなく、毒術を用いられたのだ。

 この毒は非常に強力なもので、二週間ほどの間に、それまでの人生においてほぼ大病らしい大病をしたことがなかった周瑜の健康を著しく害した。

 体中の筋力が低下し、治癒力も低下したのだが、この毒を解毒した于吉うきつの弟子である陸遜が、治癒力を高めるための<六道術ろくどうじゅつ>を用いて薬を配合し、しばらく潜在的な治療も続けた。

 無論、周瑜自身も落ちた筋力を戻すために毎日きちんと、規則的な修錬をこなすようにしていたのだ。

 虞翻は張絋ちょうこうと共に日々の健診を任されていたが、彼女のその日々の過ごし方も、あれほど恐ろしい目にあった直後だというのにと、彼も感心していた。

 この短期間で周瑜はほぼ健康な体を取り戻したのだ。

 それは、医学を識る虞翻だからこそ、驚異的なことであると理解出来た。

 

 虞翻は女というものがあまり好きではなかったが、周瑜のことは深く尊敬していた。

 彼女に対しての尊敬の念は、彼が孫策に対して持っているものと全く同じものだった。


「周瑜はもともと身体が丈夫なんだ」


 孫策は周瑜の手を握ったまま、微笑んだ。

「俺も同じだけどな」

 彼はこの健診の間、大人しくはしていたが、実は退屈しのぎに、ずっと握り締めていた周瑜の手の平を、くすぐったりしてこっそり遊んでいたのだ。

 時々周瑜がくすくすと笑うので、ある時、水玲すいれいは気づいた。

 呉に仕える、文官である父から、この孫呉の両翼の玉座に座る夫婦のことはよく聞いている。

 街の噂でも聞いたことがある。

 それは姉弟のように仲のいい夫婦だと言っていたが、噂は本当だったようだと、水玲は仲睦まじい様子の二人に思わず目を細めた。


「だからきっと、生まれてくる子供も丈夫だぞ」

「うん」


 孫策が緩く背もたれを起こしてある椅子に、楽な体勢で寝そべっている周瑜の額を撫でてそんな風に声を掛けると、周瑜も微笑んで返した。


 周瑜の体には、今、子供がいる。

 宿ったのだ。

 孫策はまだ二十四歳の王だったが、周瑜を娶ったのは十二の時である。

 武門である孫家の宿命とはいえ、遠征などを細かく挟んでではあったが、夫婦仲はいつでも仲睦まじかったのにも関わらず、十年以上子が出来なかった。

 国を打ち立てる時には、孫策が建国の王になることもあり、周瑜は今までの経歴、戦功を含めて、孫呉――特に軍部に絶大な信頼があったが、しかし政を司る者達にとっては、いかに周瑜が孫呉において重んじられようと、王にいつまで経っても世継ぎがいないという状況は憂慮すべき問題点であるといつも論じられて来た。

 孫策の、周瑜に対する信頼と愛情は絶対的であったので、周瑜は今まで通り軍部において腕を振るい、孫策には、王子を生み教育する側室を用意するべきではないかということである。

 

 勿論、周瑜とは話し合った。

 というより、孫策は周瑜にそんな話もしたくなかったが、周瑜から一度話そう、と建国する前に提案されたのだ。

 孫策は、側室は経験上、自分は嫌いだということと、もし世継ぎがいないということが、自分が王位にいるにあたって最大の弊害になるのなら、譲位は今すぐにでも考える用意があると彼女に伝えた。

 臣下から、このまま王位に留まるなら、せめて王宮医師に周瑜が身籠ることが出来る身体なのかを調べさせてほしいという提案も出たが、孫策はこれを嫌がった。

 確かに周瑜とは夫婦の閨もきちんとこなした上で、子供が出来ていなかったので、彼女は子供が出来にくい身体であるか、孫策が子を生ませる力が弱いか、どちらかなのだろうと思う。

 豪族の中には、そういう場合は家の存続の為に離縁や養子を考えるきっかけにするだろうが、孫策は、例え自分たちに子が出来なかったとしても、周瑜と別れて暮らすなどという選択肢はなかった。

 彼女をただ一人の妻として、生涯添い遂げる覚悟はもう定まっているのだから、調べる必要性も何も無いだろうというのが彼の考え方である。

 王位についてからは継承問題はついて回ったので、孫策の感情としては、譲位をする方向性にほぼ固まりつつあった。

 幸い弟の孫権がいたので、出来る限り早く彼に譲位をするつもりだった。

 孫策は譲位後は将軍職に留まり、周瑜と共に軍務に専念するつもりでいる。

 また継承問題が複雑化しないために譲位後は建業の城も出ることを考えていた。

 周瑜と考えは共有しているので、建国してからは「いずれ江東の好きな所に夫婦で暮らそう」とまで話していて、視察など行く先々で、もしここだと思う所があったら気に留めておこう、と二人で決めている。

 孫策は周瑜がいればそこが我が家なので城などどこでも良かったから、周瑜の好きな所に住むつもりだ。

 今のところ彼女は建業の南東にある西湖せいこの湖城、

 また、馴染みのある寿春や江夏なども気に入っているようだ。

 特に江夏は本拠地であった富春の城が落ちてからは、一番最初に住む場所になったため思い出深いらしい。

 水に囲まれた明るいあの土地は、周瑜も好んでいる。

 そんな風にして、夫婦では話し合ってもいたことだった。


 子供は天からの授かりものだ。


 穏やかに夫婦で暮らしていれば、あるとき授かることもあるだろうと孫策は考えていたし、周瑜には何の罪もないことを、自分が王位についているから責められたり、好奇の目で注目されたりし、彼女が不必要に重荷に考えなくてはならなくなるのも嫌だった。

 二人の間ではそんな風に考え固まりつつあった、そんな頃合いの懐妊である。


 孫策が虞翻以外の医師を周瑜に近づけるのを嫌がった背景には、先だっての毒術の件で、彼らがあまりに無力で、孫策を失望させたこともあるが、実のところ、子が出来たならば、などとまたこの議論を蒸し返すような向きが起こるのを嫌ったというのも大いにある。

 孫策は子が出来たからといって今までの考えを変える気は全く無かった。

 周瑜とどこかで城を持ち、生まれて来る子供と三人で穏やかに過ごすつもりなのだ。

 今からそれが楽しみなので、また王位継承がどうだなどという議論に加わるつもりはないのである。


「水玲殿。貴方が良ければ、近々城に移って、周瑜を側で診ていただきたいが。

 もちろん、今回も急に来ていただいたのだから、貴方は街医者でもあるし、そのことで力になれることや必要なことがあればなるべく期待に添うようにする」

「ありがとうございます。陛下。お気遣い、感謝いたします。

 ただ、この出産において妃殿下の御身が孫呉の国にとって一番の大事であることは父からも重ねて言われております。

 ここに来る前にきちんと家族で話し合い、街の方も人々が困らないように手筈は整えてきました。

 幸いもう一人いる弟が私の仕事を引き受けてくれたので、ご心配は無用にございます。

 御子が無事にご出産されるまで、しっかりとお仕えさせていただきます」

 信頼出来る答えに、孫策は穏やかな表情で頷く。

「そうか。それは良かった。貴方はやはり聡明な人らしい。

 城での部屋はすぐに用意させる。

 その他、何かあれば玉蘭ぎょくらんに伝えてくれ。玉蘭は周瑜の侍女だ。幼い頃から周瑜に仕え、こちらも姉妹のような間柄。

 王と王妃の居城区画は彼女に全て任せてるから、貴方が過ごしやすいようにするよう、俺からも話しておく」

「ありがとうございます。玉蘭様には、このあと、ご挨拶に参ります」

「うん。それと虞翻。お前も当分周瑜の副官兼主治医として側に仕えてもらう。

 周瑜もいいな。今まで政のことまで俺はお前に任せっぱなしにして来た。

 けど、さすがにこれからは少し量も減らさないとな。

 それはこっちでやるが、体調が優れない時は遠慮なく虞翻に頼れ。こいつはもともと文官だし、器用だから何でもやる。

 反董卓連合も、呂布と交戦した後は空前絶後の人手不足になったから、軍医から会計までなんでも虞翻にやらせてた」

 周瑜がくすくすと笑った。

「大変だったな、仲翔ちゅうしょうどの……」

「いえ。どうぞ、何なりとお申し付けください。周瑜殿」

「ありがとう。とても助かる」

「それから虞翻。陸遜も周瑜の侍従として正式に任じることにしたから。二人で協力してやってくれ。あいつも切れ者だ。決してお前の足は引っ張らん。仕事が早いしな」


 虞翻は陸遜のことは、もうよく知っていた。

 彼はあまり社交的ではない人間だったが、聡明な人間は好む傾向がある。

 孫権が陸遜を好意的に見ていないことも聞いていたが、虞翻から見て陸遜は決して出しゃばらないが、静かに控え、見るべきものをきちんと見ている、そういう人間に思えた。

 孫策を筆頭に厳格な主従関係よりは、家族のような付き合いを、という和気藹々とした風潮を許すところが呉軍にはあったが、その中でも陸遜は、その和を乱すほどのことはせずとも、一人気にならないほどの孤高は保って過ごしており、その雰囲気は、虞翻の気に入るものがあった。


「かしこまりました」


「うん」


 話がまとまった頃合いで、のそっと部屋の入り口に巨体が姿を現わす。

緋湧ひよう>である。

 堂々とした足取りでやってきた緋湧は、しかし部屋の境目の所できちんと止まり、そこで蹲った。

 ふさふさとした尻尾の先までだらりと絨毯の上に伸ばして、完全に眠る体勢だ。

「緋湧、そんな所で寝ないで。部屋に入れないでしょう」

 声がして、玉蘭が顔だけ覗かせた。

 虎をどかせるのが怖いので、入れないのだ。

 彼女は注意したが、緋湧は頬を絨毯の上にくっつけてどわ~~~~っと大きな欠伸をしている。

「もう……。喬水玲さま。お部屋の準備が整いました。ご案内しますのでどうぞゆっくりお寛ぎください」

 水玲は微笑む。

「玉蘭様、ありがとうございます。では、陛下、妃殿下。一度失礼いたします」

「では、私も。部屋におりますので、何かあればすぐにお呼びください」

 虞翻も立ち上がり、一礼して出て行く。

 部屋には孫策と周瑜だけになった。

 入り口の所にいる緋湧は早速そこですぅすぅと寝始めたようだ。

 二人だけになると、孫策は寝室に行こうと周瑜を抱え上げ、自分たちの寝室に向かった。

 大きな寝台に周瑜を下ろす。

 へへ、と孫策は一緒に毛布に潜り込んだ。

 ちなみにまだ時間は昼下がりで、外は明るい。

 周瑜も特に体調が優れないわけではないが、今日はなんの予定も入れなかったので、ゆっくり出来るのである。

 まだ春と呼ぶには寒い時期だ。

 贅沢にも昼間から、愛妻と毛布に包まって、孫策は機嫌がいい。


 周瑜は嬉しそうな孫策が可愛くて、額を寄せて来る孫策の頭を優しく撫でてやった。


「子供のこと、どうするかあいつらとも話して来たんだけどな。

 なんか公にすると行事とかがまた多くなるから、もう少し子供が育ってから、正式に民にも公表したらどうかなって。

 おふくろも、懐妊が分かってから最初の方は、身体も慣れてないから疲れることも多いだろうしって気にしてたから。

 周瑜はどうだ……?」


「うん。私も、その方が助かるよ」

 孫策は頷いて、優しく周瑜の体を抱きかかえた。

「うん。じゃあ決まりだ。そうしよう。

 けど、俺があの時あんまりにも大騒ぎしたから、もう江南行った時もあちこちでおめでとうおめでとうって声掛けて貰ったよ。

 周瑜も連れて行ってやりたかったな。みんな嬉しそうだったぞ」

「君の顔を見れば、分かる」

 周瑜は微笑んだ。

「そうか。そうだな。

 体調は大丈夫か? 公務は、すぐに減らしてやるからな」

「うん。ありがとう。でも今のところは大丈夫だ。君が補佐役を任じてくれたから、安心出来たし」

「仕事も隣りの執務室で出来るように、陸遜に整えてもらったから」

「仕事がいつになく早いな策。どうしたんだ?」

「だってすごい嬉しいが、この嬉しさを上手く表現出来ん。

 大はしゃぎするのはもういっぱいしたから、お前の為に、なんかしてやりたいし、これくらいのこことしか今は出来んし」

「はは……」

 周瑜が笑っている。

「ありがとう。でも君が側でそうやって嬉しそうにしてくれてるのが、一番私は嬉しいよ。

 多分これから子供も育って来ると、大変になると思うけど。でもやっぱりそういう時も君がこうしていてくれると一番元気が出るな」

「そうか?」

「うん。わたしは昔からずっとそうだ」

 孫策は嬉しそうに微笑む。

 はしゃいでいた彼は、寝台に肘を付いて立てて頭を支え、横向きになると、周瑜の頬に手の平でそっと触れた。


「……なんか不思議だ。当たり前のことなんだけど、俺とお前に子供が出来たなんて。

 ……ちょっと変な感じしないか?」


 する。と周瑜もくすくすと笑う。

「君が父親なんてなんかへんだ」

「なにー。これでも随分貫禄が出て来た貫禄が出て来たって最近よく言われるんだぞ」

「貫禄は出て来たよ。けど……仕方ないよ。私たちは五歳の頃から一緒だったんだもの。弟みたいな君の思い出がいっぱいあるから」

「まあなー。ん? ちょっと待て誰が弟だ。そこは百歩譲って俺が兄だぞ周瑜」

「君を素敵だとも、大好きな夫だとも思ったことはあるけど兄だと思ったことは私は一度もないからな」

「なんだと。俺は幼い頃はいつだって素敵なお前の兄貴だったつもりだ!」

「きみなんかいつだって可愛い弟だった」

 孫策が溜息をつく。

「心配いらない。きっとこれから、子供が生まれる頃にはそういう違和感も消えていくよ。

 初めてのことだもの。慣れないのは当たり前だ。この不思議な感じは、楽しめばいい」

 周瑜がそう言うと、孫策は瞳をすがめて彼女の白い額に唇で触れた。


「……うん。そうだな」


義父上ちちうえのことを考えてるか?」

「よく分かったな」

 孫策が吹き出し、明るく笑った。

「寿春でも、義母上ははうえがそんな顔をしていたから。

 義父上のことを思い出しておられたよ」

「そうか……。うん……。周瑜の子供なんて、ここにいたらきっとすげー喜んだんだろうなってさ。周瑜のことは、ほんと自分の娘みたいに可愛がってたもんな」

 うん、と周瑜は頷く。

 優しい顔をした周瑜に、孫策も優しく髪を撫でてやった。

「……明日にでも周尚しゅうしょう殿に文を書こう。多分、もう知ってると思うけどな。

 丹陽はここから近いが、馬はしばらく乗らない方がいいと母上も言ってた。会いに来てもらおう」

「うん。そうする。寂しいけどな。最近ようやく馬術も元に戻って来てたから」

「少しの我慢だよ」

「うん」

「水玲も、まずは周瑜が穏やかに日々を過ごすことが大切だって言ってたからな。

 俺はついつい、寝てていい寝てていいとかばっかり言ってしまうが、お前のことだ、寝てばっかもかえって辛いことありそうだ」

「そうだな……ごめん」

 周瑜もつい自分に笑ってしまう。

 最近はいつも早朝に、軽く庭を馬で駆けていたので、今でも朝晴れていると、一番に厩に行ってしまうのだ。

 そして馬を撫でていると、そうだ今はあまり乗ってはいけないのだとふと気づく。

「馬はダメだけど、気分転換の散歩ならいい。

 馬の代わりに俺がいつでも付き合ってやるからな。

 晴れた日は庭を回ろう。これから花の季節になる。空中庭園は綺麗になるぞ、周瑜」

「うん」

「夏はあの回廊で星を見ながらお前に笛を吹いてもらうんだ。

 そうしたらじきに、庭の色が変わって来る。

 去年の秋は黄金色で綺麗だったな」

「<烈火れっか>が落ち葉で遊んでた。そうだ。秋になれば、きっとあの子ももっと大きくなってるんだな」

「そうだな。きっともうカッコイイ声で唸れるようになってるぞ」

 周瑜は笑った。

「あのきゅんきゅんっていう子犬みたいな声が聞けなくなるのは寂しいけどね」

「子供は雪が積もるようになる前に生まれるんじゃないかって言ってたぞ」


 黄金色の季節か……。

 待ち遠しい。


「な……。この冬はお前にとって、すごく辛いことがたくさんあっただろ。

 でもきっと、次の雪の季節は幸せだからな」


 孫策が両腕を伸ばして、周瑜を抱き寄せた。

 周瑜は温かい孫策の身体に頬を寄せ、目を閉じた。

「うん。そうだね。

 けど、……この冬だって嫌なことばかりじゃなかった」

 少し顔を上げて孫策の瞳を見上げる。


「わたしは今、とても幸せだ。伯符はくふ


 周瑜の綺麗な笑顔に、孫策は嬉しそうに額を寄せて、そっと唇を重ねた。

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