3.


3.


目の前に横たわるナニカ。

それから目を離しても大丈夫なのか。

見知らぬ相手からの、それも戦闘を終えた直後。

背中に張り付いているミモザのことも有り、どうしていいか迷ったのは間違いない。


「確実に核を潰した。 警戒する必要はない……って言っても信用ならねーか」


ただ、背後の声が後半になるにつれて。

気を張っていたのか、何処か村長を相手していた時のような疎外感が薄れ。

安心しても大丈夫だろう、と思わされてしまったのもまた事実だった。


故に、気を張ったまま。

何かがあれば身を挺する覚悟を再び固めながら、後ろを振り返る。


「貴方が倒した、の間違いじゃないんですか?」


茶髪で、何処かだらしなさの目立つような男性だった。

俺達が着込んでいる服装とは明らかに違う、何か皮を固く煮染めたような格好に身を包み。

左腰には直剣と思わしき柄が二振り、そして小剣も同じく二振り。


ただ、一番印象的だったのは背中に背負った弓らしきモノ。

明らかに大振りで、少なくとも俺が弦を引くことも難しそうな武具。

其れ等を全て合わせて、見たことも聞いたこともない誰かが一人。


「最後の最後だけ貰ったのは間違いないが……それを言っても仕方ないわな」

「だったら」

「だが、本来だったらお前さん達の勝ちで間違いねーよ。

 俺達みたいなのじゃないととどめを刺せない、って意味じゃ間違ってねーけどな」


何で逃げなかったんだ、とか。

その子の為か、とか。

幾つかの問い掛けに答えていいのか分からずに、口を閉ざす。


質問しながらも、視線は常に村側の……未だ何が起こったのか分からない方を見ている気がする。

隠すつもりもない、幾つもの態度から考える限り。

……”ナニカ”が何かを知っているだろうということ。

そして、恐らくは何が起こっているのかを多少なりとも理解しているということ。

俺達が何も知らない、理解できていない答えを……目の前の男性は持ち合わせている。


再びに、背中から掴まれる力が強くなったのを感じて。

今までの経験から、聞いたほうが良い、と言っているのだと判断する。

疲れているのをはっきりと感じながらも、質問に質問を返すように口を開こうとして。


「隊長!」

「ん、おお。 やっと追い付いたのか」


更に一人、見知らぬ声。


そちらへと目線を向け、同時に二人から見えないように僅かに移動しようとするミモザ。

余り意味もないだろうに、と考えつつ少しだけ向き合う角度を変えて壁になってやる。


金属製の……服、と言うよりは鎧、と呼ぶべきなのか。

ぎちぎちと異音を立てながら、大型の剣を背に身に着け。

赤髪を短く揃え、額に大粒の汗を浮かべた長身の少年が此方に向け走ってくる。


思わず二人を交互に見てしまう。

そんな視線を気にもしないように、対話が成立し。


「言っただろーが、そんなもん着てくるような場所じゃねーって」

「何があるか分からない場所に行くのにですか!?」

「だったら俺みたいに革鎧仕立てればいいだろうが……って、そうじゃねえ」


けれど、俺達のことを思い出したように視線を手繰られた気がした。

口には出さずとも、動くな、と。

そう言われているような気がして、足を動かす最後の気力をも刈り取られた気がした。


「俺はこの二人を保護しておく。 お前は村の方を確認してこい」

「それは……」


二人の目線が、横たわったナニカを見ているのは分かった。

そして、流れるように俺達を見て。

まさかな、と呟いている口の動きを捉えてしまっていた。


「一人で、ですか?」

「見立てだが、残っていたとしても恐らくそう多くはない筈だ。

 何か怪しい部分があれば打ち上げろ」


保護……と言う言葉に思わず浮かんだのは嘗ての村長にされた区別。

意識してはいなかったけれど、震えるように肩が動き。

顔を隠すように、押し付けるように更に強く抱き締められる。

無理な挙動をしたことでの痛みが再発し、顔を見られていないのを良いことに片目を瞑って言葉を飲み込む。

助けられた男性の目線に、村人が俺を見るときのような色が多分映った気がした。


何度か此方を見返しながらも、指示に従って駆けていく少年。

村の入り口付近に到着するまで見送った上で、溜息を漏らしながら頭を掻き毟った男性。

その関係性を表すような言葉を、俺は持ってはいなかった。


「悪いな、話の途中で遮っちまった」


いえ、と口にした筈で。

けれど喉が張り付き、上手く言葉が出てこなかった。

唾を飲み込み、先程聞こうとしたことを改めて問い掛ける。


「……その。 貴方達は?」


”ナニカ”の存在を問う前に。

それを知る、正体不明の男性について先に問う。

一度、二度。

目をぱちくりと開いて閉じた後。


「あー…………すまん、ちょっとこっちからも聞かせてくれ。 知らねーのか?」

「後で見て貰えば分かりますけど、教会とかすらこの村には無いので……」


最低限の物事を教え込む場所、としての役割も持つらしい教会。

ただ、例え誰かが死んだとしても。

最寄りの村の教会まで頼みに行かなくてはならないこんな村では、その当たり前も当たり前ではない。

父と母から物事を学んだ俺達からすれば、色々と常識が偏っているだろうことは村人と話しても分かっていたこと。

だから直接的に聞いてしまったほうが確実だと、そう思っただけのこと。


頭を抱えるようにしながらも、何かを飲み込むように口にするのを抑えたように思え。

優しいんだな、と何と無しに思った。


「《騎士》」

「え?」


溜息に混ぜるように、言葉が聞こえて。


「《騎士》って呼ばれる存在だよ、俺達はな」


彼奴が戻って来るまでは常識ってやつを教えてやる。


面倒臭そうな顔をしながら。

名も知らない男性は、そんな言葉を口にし。


「長い付き合いになるかは分からねーが……シャガ=ラグネだ。

 宜しくな、坊主に嬢ちゃん」


皮肉そうに、口元を歪めたのが分かった。



◆◆◆



曰く。

この周囲一帯、ある程度の範囲の土地を治める《領主》の一族に選ばれた剣。

その家の直系のみが選出できる、とある力を分け与えられた存在。

名目だけの存在ではないが為、選ばれる事自体を誉とする戦士の頂点。


「…………と、教会では教えてる筈の。 しがない小間使いだよ」


互いに座り込み、村の方を警戒しながら。

肩の力を抜いて話をする格好は、倒れる前の父を何処か思い出す。

腰に手を伸ばして何かに触れ、少しだけ考え込むように目を瞑った上で手を離す。


機嫌が悪い……多分それは、俺達に対してではなく。

この村一帯に対してのモノなのだろうと、何となくに感じていた。


「えっと、その……何から聞いて良いのか分からないのですが」

「あー、良い良い。 こっちも聞きたいことあるんだし、お互い様だ」


気付けばグズグズに崩れ去り、溶けてしまったかのように消えたナニカ。

そんな変質も普通では有り得ない物だと理解しているのに。

目の前の人物は、そうして当然だと気に留める様子もない。


「さっきの……獣? みたいなアレって何だったんですか?」

「教会が言うところの《魔》ってやつ」


魔。

どうにも不穏な言葉のように聞こえて、自分に言い聞かせるように繰り返した。


「俺達が生きていくのに、肉だの魚だの食うだろ?」

「それは……まぁ、そうですね」


昨晩だって魚も獣も獲った。

基本食べる分だけを捕らえ、多少は干し、過剰過ぎれば逃がす。

そしてそうした後は大地に還し、礼を告げる。


両親共に行っていた当たり前のことだったから、生活に染み付いている行動。

気付けばミモザにも伝わっていた、村では俺達以外ではしていなかったコト。


「後は人死にも含んで考えるんだが、そう言うのが積もると大地が段々穢れていくらしい」


魂、想いは月へと去って新たなモノを産み出す。

体、残滓は大地へと消えて次へと繋いでいく。

その二つは別物で、何方が上とか下とかはない。


そう聞いていたからこそ、男性の話す内容は衝撃的で。

え、なんて。 ミモザの口からも言葉が漏れるのが耳に届いた。


「その穢れを大地が受け止められなくなった時、その土地に生まれるのが《魔》。

 基本的にはその土地から離れず、けれど自身を保つ為に更なる穢れを取り込もうとする存在」


お前さんが見たアレは産まれたてか、或いはそう言う特性でも在ったんだろうな、とか。

俺達の知らないことを前提に語る口調の端に、怒りと諦めが乗っていたのは気の所為だろうか。


「特性、ですか」

「俺達が持ってる『天恵』と似たもんだよ。

 ただまぁ、その方向性は大概やべー内容しか無いんだが」


そして、と。

皮肉げに笑う様子は、何処か無理しているようにも捉えられた。

同時に、背中に押し当てられていた顔が、少しずつ離れていくのを感じていた。


「そうして現れた《魔》は必ずその特性の核を持つ。

 《領主》か《騎士》……土地を治めるものか、その剣でなければ破壊できない核を、な」


核を破壊しなければ真なる意味で倒したとは言えず。

それが出来る役割を持ち得るのも限られる、と。


「ま、そんで力を貰って、また次へ……って繰り返してるから小間使い。

 言いたくなる気持ちも分かって貰えたりするかね?」


苦笑交じりに浮かぶのは、顔に染み付いた疲弊の痕跡。


……成程、小間使いと呼んだ理由も何となく理解できた。

それだけの多くの役割を果たさなければいけないのに、数が限られるという制限。

何でもしなければいけない、という状況からか。


破壊し、浄化を終え。

そうすることでその土地に積もった穢れを減少させる。

その恩恵として、倒した当人の力は増し。

その力を以て、再びに次の守護へと赴く無限の道。

先に対処できず、後から現れた事を知って動くしか出来ない役割。


なんとなく。

終わりがないんだな、と感じる自分がいた。


目の前の人への警戒を一段階深めつつ。

それさえも見抜かれているだろう、と思いつつも。

話を続け、何も知らない無知を既知へと変えていく。


「それじゃあ、お二人?が来たのは……?」

「いや、報告が上がったわけじゃねえ……んだが良かったっちゃ良かったんだよなぁ」


その《魔》が現れた報告が村長辺りから出たからなのか。

仮にそうだとすれば、炊事の煙が上がっていないのも納得がいくこと。

何より、間に合わなかったら俺達は普通に死んでいたかも知れない。

そんな、”良い方向性”での可能性を口にして。

けれど、偶然居合わせたからだ、とその考えを否定する。


「人探し……とでも言えば良いのかね、あんまり細かいことは言えねえんだが」


まぁ一番近い村までは連れてってやる、と口にする。

村がどうなっているのかに関して何も言わない。


《魔》の立っていた位置。

人の気配が無くなった、普段と違う村。

多数が夜闇に旅立ったあの時と似たような、眠ったような匂い。

こうして近付いて、落ち着いたからこそ理解できてしまう事。

お互いにはっきりとは言わない言葉を、無言のままに共有していた。


「《騎士》が、ですか?」

「ああ、俺達でもなけ…………りゃ、あ……?」


おかしな話だろ、とでも笑っていた顔が凍り付き。

視線が、俺の目ではなく少しだけ逸れた場所を見つめていた。

それを追いかけた先、右側後方。

視線の端にはミモザがちょこんと顔を覗かせている。


「……あの?」


途端に止まった言葉。

微かに唇が動き、三つの何かを口にした気がする。

誰かの名前のようだと、不思議なことに理解出来ていた。


「なぁ」

「は、はい」


一歩前に距離を詰めてきた男性シャガさん

近付いてきた見知らぬ相手に再び顔を隠し、半分だけ覗かせるような状態。

急に変わった態度に、首を傾げながらも応対が続く。


「その……あー、後ろの子。 お前さんの母親の名前、メリアとかそれに近い名前だったか?」

「お母さん……はい、アメリアって名前でした、けど」


視線を彼女に固定しながら。

そうか、と漏らした言葉はどうにも重く聞こえた。

アメリア、と口の内側で転がすような音が響いた。


「アメリアさんは?」

「…………流行り病で、その」

「えっと、一体何を……」


更に重ねた言葉。

口ごもり、そして母親のことを思い出して声に落ち込む色合いが挟まり。

二人の会話に割り込むようにして、その本筋を問い掛ける。


つい先程知り合っただけの相手。

助けられた相手。

けれど、ミモザの事を思うのならば……最悪は、敵に回す相手。

そんな事を考えていたのに。

或いは、考えていたから。


「言っただろ、人を探してるって」

「……ええ」


これ以上聞いてはいけない。

そんな直感が囁いて。


「探していたのは、《領主》一族の直系の最後の一人」


聞かなければいけない。

そんな直感が、同時に身体を貫いた。


言えない、と言っていた言葉を翻し。

自分に、俺達に言い聞かせるような口調で。

見つけてしまった、という意味合いを秘めたような言葉だった。


「前の後継者、嫡男の第二夫人になる筈だった人。

 第一夫人が嫌ったことで追われた、その人の子供」


じっ、と見つめる目線は固定化されて。

半ば震える手が、俺の身体にも伝わって。

そんな僅かな空白の後。


「つまりは、その女の子だ」


ぎゅ、と。

抱き締められている手の力が。

明確に、強くなるのを感じ。


隊長、と。

離れた場所から近寄ってくる、金属音混じりの声が。

少しだけ、遠く聞こえてくるような気がした。


「どうだった?」

「村の方は……」


首を横に振るのが見えて。

考えていた先、少しずつ狭まっていた先のこと。

その全てが崩壊したのを悟った。


「隊長の方は?」

「俺達の任務対象が見つかった」

「え、あの半ば無茶苦茶なやつがですか!?」


段々と震えが強くなって。

鼻を鳴らすような小さい音がして。

多分、顔に映らないだけで泣いているのだろうと感じた。


「余り長居はするつもりもねーが、それでも時間は掛かると思う。

 お前も力を貸してやれ」

「そりゃあ、相手が相手ですしそうしますが……」


勝手に進む話。

けれど、それを止めるだけの力を持たない。


この場所に二人で居続けられるわけではない、と理解できてしまっていたから。

生活する上での必需となる塩や穀物、或いは手入れするための道具に至るまで。

其れ等を手に入れる先を全て失ったのだと、頭の何処かで分かってはいた。


だから、もうそれは半ば命令のような形で。

それでも。

気になったのは、彼女が望むかどうかだった。


「ミモザ」

「…………なぁに」


問い掛けたのは、たった一言。


「俺は、必要か?」


返ったのも、たった二言。


「…………うん」


肯定の返事。


「ずっと。ずっと、一緒にいて――――スイくん」


そして、懇願の言葉。


子供じみたやり取り。

其れが叶うかどうなのか、分からないままに想いを告げる。

けれど――――それで、俺の決意は定まったのだと思った。


かちり、と。

胸の奥で、何かが深く嵌め込まれたような気がした。

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