第7話 Tinged with heat * 熱を帯びて

教室のエアコンの設定温度が28度と決められているせいで、全然涼しくない。

広くもない教室に22人も生徒がいると、その熱のせいか冷房が入ってるなんてちっとも感じられない。


午前中の授業が終わって、先生がいなくなるとすぐに男子が冷房の温度を下げた。


「あっちー。冷蔵庫に入りたい」

「言えてる」


男子達がエアコンの送風口の真下に集まって涼み始めたので、近くの席の京本和佳が、私の席の方にお弁当を持って急いで避難してきた。


和佳は、ようやくクラスに出来た友達だった。


「悠里、昨日のドラマ見た?」

「見たよ。あそこで元カノが現れたのは切なかった」

「だよねぇ。元カノって何でいつも邪魔してくるのかなぁ」


お弁当を食べながら、昨日見たドラマの話をしている時だった。


西寺が話している声が耳に入って、そっちを見た。


「オレ、ここ寒い」

「嘘だろ? じーちゃんか」

「爺さん?」

「俺のじーちゃん、くっそ暑いのに『暑くない』ってすぐエアコン切んだよ。こっちは暑いのにさ」

「爺さんになったかも」


西寺は笑っていたけど、何だかいつもと違っていた。


「売店で飲みもん買ってくるけど、なんかいる?」

「いらない」


西寺は小さくため息をつくと、ひとり廊下に出て行った。


「和佳、ごめん。ちょっと用を思い出した」

「あ、うん」


広げていたお弁当を急いで片付けてカバンにしまい、廊下に出た。



西寺は、廊下にある自習用のテーブルに突っ伏していた。


「ちょっといい?」

「何? 告白?」

「そういうのいいから、ちょっと来て」


西寺が大人しくついて来ているか何度も振り返りながら、保健室へ向かった。


「2人きりになりたいんなら、そう言ってくれればいいのに」

「黙ってついて来て」


保健室のドアを開けて、「先生?」と声をかけたけれど、誰もいなかったので、西寺の背中を押してベッドまで連れて行った。


「ほら、寝て」

「何で……」

「調子悪いでしょ?」

「……何で……わかった?」

「友達と話してる時の目が、笑ってなかった」

「そんなんでわかんの? どんだけオレのこと見てんの」

「それだけ言えたらまだ元気ってことだね。待ってて。先生呼んで来る」

「いい」

「でも先生に言って親へ連絡入れてもらった方が……」


西寺が私の腕を掴んだ。

その手がとても熱くて、熱があるのが伝わって来る。


「家には誰もいない。座って。今、めちゃくちゃ眠いから、オレが眠るまでそこにいて」

「……わかった」


西寺が手を離したので、近くにあったイスをベッドのそばまで引き寄せて座った。


「りんご剥いて」

「りんごなんてないから」

「なんだ……風邪といえばりんごはド定番じゃん」

「ねぇ、せめて熱測ってみよう」

「ん」


西寺が自分の前髪を手で上にかき上げるようにして、額を見せた。


「そういうんじゃなくて、体温計で」

「熱測るって言ったら、ここでしょ」


さっきから冗談ばかり。

私の勘違いで、本当は具合なんか悪くないんじゃないかと思えてきた。


西寺の額に手を近づけた。


「違う。おでこにおでこくっつけんの。家でやんない?」

「そんなのやったことない」

「じゃあ、初めてだ」

「そんなことしないから」

「いいじゃんオレ弱ってるのに……」


消え入るような声で言われて、まるで泣きそうな顔で見られて、私の方が意地悪な人に思えてしまう。


じっと私を見つめてくるから……


ベッドの端に座り、手で自分の体重を支えながら、横たわる西寺の額に自分の額を当てるために顔を近づけた。


髪の毛が西寺の頬に落ちてしまい、それを右手で耳にかけた時、西寺が私の、髪の毛を抑えていた方の手に自分の手を重ねて、そのまま引き寄せた。



熱い――



ドアの開く音に驚いて、西寺から離れた。

その拍子に自分で置いたイスにぶつかって、イスを倒してしまった。


「大丈夫?」


保健室の先生が近づいてきて倒れたイスをおこした。


「西寺くん、熱があるみたいで……」

「あなたは? 顔が赤いように見えるけど?」

「私は、元気です。何ともないです。失礼します」


逃げるように保健室を出た。

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