第一章 マンドラゴラ
マンドラゴラという植物を御存知だろうか?
マンドレイクともいう、この植物。
引き抜くと、人の形をした根が悲鳴を上げ、その声をまともに聞いたものは、正気を失い、死ぬ……そんな話を聞いた事があるだろう。
ハリーポッターにも、登場した、この植物。
実は、実在する植物で、何年か前に、日本でも芽を出し、花を咲かせたとか。
実際のところ、引き抜いても悲鳴などは上げないが、この植物の根には、幻覚、幻聴を伴い、時には死に至る神経毒が含まれているのだ。
かなりの猛毒で、間違って口にしないようにと、引き抜くと、気が狂い、死んでしまうと伝えられたのかもしれない。
しかし、根っこは、人型をしているというのは、本当のようだ。
ほとんど、歪な形で、人なのか何なのか分からない形だが見ようによっては、人型に見えない事もない。
そんなマンドラゴラが昔、とある所にあったそうだ。
不思議な植物が芽を出した。
農家で畑仕事をしていた巳之吉(みのきち)は、自分の畑に、変わった植物が芽を出し、葉を伸ばしているのに、気が付いた。
「なんだべ、これ?今まで見た事もねぇやつだなー。」
巳之吉が腕を組み、畑仕事も、そっちのけで、その植物を見ていると、そこに巳之吉の祖父である十兵衛(じゅうべえ)がやって来た。
「何してるだ、巳之吉!サボってちゃ、夕方までに仕事終わんねぇーぞ。」
巳之吉の側に近付きながら、十兵衛は言う。
「だども、じいさま。これ、見てくんろ。」
「はぁ?」
巳之吉の言葉に、十兵衛は、そちらを見た。
その途端に、十兵衛の顔色が変わった。
「そりゃあ、悪魔の草じゃ!それを引き抜いてはいかんぞ!」
「悪魔の草?引き抜いちゃなんねぇだと?こんな畑のど真ん中にあって邪魔さね。」
そう言って、引き抜こうとした巳之吉を十兵衛は、慌てて止めた。
「やめんかっ!死んでしまうぞ!その根っこは、人の形をしていてな、それを引っこ抜くと、ものすげぇ悲鳴を上げて、その声を聞いた者は、狂って死んでしまうんじゃ。」
死ぬと聞いて、巳之吉は、草に伸ばしていた手を引いた。
「いいか。ぜってぇ、引っこ抜くなよ。」
十兵衛は、そこまで言うと、巳之吉の側を離れていった。
引き抜いてはいけない。
そう言われると、逆に気になる。
人間の心理というのは、おかしなもので、やってはいけない事をやりたがるものである。
その夜。
みんなが寝静まったのを確かめ、巳之吉は、ソッと家を出た。
そして、あの植物の所へ向かった。
いつの間にか、小さな紫色の花を咲かせていた。
「こんな可愛い植物が……なぁ。」
腰を屈め、昼間の十兵衛の話を思い出し、巳之吉は、ボソッと呟いた。
ーもし……そこの人。ー
女の声が聞こえ、ハッと顔を上げると、巳之吉は、周りを見渡す。
しかし、こんな夜更けに、誰もいるはずもない。
キョロキョロしている巳之吉の耳に、再び声が響いてきた。
ーあなたですよ、巳之吉さん。ー
「おらの事か!?」
驚き、巳之吉は、声を上げる。
声は、どうやら、この植物から聞こえる。
ー優しい巳之吉さん。私をここから出して下さいまし。ー
「どういう事だ?!」
訳が分からず、目を大きく見開く巳之吉に、更に植物は言う。
ーああ……土の中は、暗くて冷たい。沢山の虫がいて気持ちが悪い。どうか、助けて下さいまし。ー
声は、若い女のように、か細く、泣いているのか少し震えている。
「だども、これは、抜いちゃなんねぇと言われてるだ……。」
ーこんなに頼んでも、駄目ですか?本当は、あなたも私に興味があったのではありませぬか?引っこ抜きたくて、ここへ来たのではないのですか?ー
その言葉に、巳之吉は、ゴクリと唾を飲み込む。
「狂い死ぬなんて……そんな事あるもんか。よし、今、そこから出してやる。」
巳之吉は、両手の平にペッペッと唾をかけ、植物の葉を掴むと、グイッと引っ張った。
しかし、なかなか引っこ抜く事が出来ない。
「かてぇーな。よいっ……しょ!!」
思いきり力を振り絞り、引っ張ると、ズルズルと、何かが土の中から出てきた。
月明かりに照らされた、それは……。
赤い襦袢を身につけた若い女であったであろう骨になった姿だった。
その身体には、植物の根が絡まり、沢山の虫がたかっていた。
「ひゃあー!!」
悲鳴を上げ、腰を抜かした巳之吉に、骸骨は、カタカタと歯を鳴らし言う。
「私は、十兵衛に騙され、殺された千代というもの……。一人は、寂しい……お前も、一緒に来ておくれ……。」
千代と名乗った骸骨は、巳之吉の身体をきつく抱きしめる。
「た……助けてくれー!!」
叫ぶ巳之吉の身体に、植物の根が絡んでいく。
やがて、空が白白と明けていく。
翌朝。
畑に出た十兵衛は、畑の真ん中、骸骨と根っこに絡まり、酷い形相で息絶えている巳之吉の姿を見つける。
「だから、あれほど、引っこ抜いちゃなんねぇと言ったのに……。」
十兵衛は、火打石で火を起こすと、ソレを燃やした。
『ヒャアァァァァァー。』
そんな悲鳴にも似た声が響いた気がした。
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