最愛の幼馴染に告白したら男装することになりました。

モンブラン博士

第1話

「アンタのことが好きだっ!」


天鳳寺聖奈は幼馴染の帝平次に十年間抱き続けた想いを口にした。

拒絶されるかもしれないという不安が頭をよぎるが、それを打ち消すように言葉が飛び出していた。


「アンタの好みになるように努力するから! アタシと付き合って!」

「もし君が男装してくれるなら付き合ってもいい。というか全力で付き合いたい」

「え」


固まる聖奈に平次は言った。


「僕は王子様のような女の子と付き合いたいって夢があった。こんなこと恥ずかしくて他の人には言えないけど、幼馴染の君になら告白できる。それに君は男装さえしてくれればきっとすごく僕のタイプに違いないと思うんだ」


語られる言葉や表情は真剣そのもので、嘘はない。

けれど、男装というフレーズに聖奈は引っかかりを覚えていた。


「念のために聞くけど男の子が好きってわけじゃないんだよね?」

「もちろん。僕は女の子が好きだよ。男装して王子様のように気品があって優美で誰に対しても優しい子がね」

「なるほど……」


聖奈は思案した。

ありのままの自分を見てほしいと人は言う。

けれどありのままの自分というのは大抵の場合、だらしなくて情けないものだ。

だから人はお洒落をしたり自分を磨いたりと努力して好印象を持たせようとする。

つまり男装もそれと同じなのではないか?

平次は男装した女子が好きだと言っている。これほどストレートに好みのタイプがわかっているのだから、それに合わせれば相手は必ず振り向いてくれる。しかも彼は全力で付き合いたいとまで言っているのだ。男装という壁さえ突破できれば両想いだ。


「わかった。アンタの願い、叶えてあげる」

「ありがとう!」


目をキラキラ輝かせて感謝する平次に聖奈はちょっとだけ引いてしまった。





休日。平次の理想の王子様系女子を模索して聖奈の努力がはじまった。

まずネットショップで西洋風王子様のコスプレを手に入れた。

白を基調とした豪奢なものでパンツスタイルだが女性的な要素も入っている。

全身鏡の前に立って着替えた聖奈は目を丸くして息を飲んだ。


「これが、アタシ……⁉」


聖奈は一七三センチと女子にしては相当な高身長の部類だ。中学では空手部の主将として活躍し、薄く腹筋が割れているほどに鍛えられている。長い脚を駆使した蹴り技が得意だったが、王子様スタイルと長い脚の組み合わせは抜群に映える。切れ長な瞳に中性的な容貌。ポニーテールにした髪。美形ではあるが高身長と強さのせいでモテに縁がなかった聖奈だが、彼女は鏡を凝視して納得した。

自分はお姫様というより王子様の方が似合っているのかもしれない、と。


「マジで理想の王子様じゃん……」


上目遣いで鏡を見て少しだけ肩を落とす。

幼馴染の慧眼ともっと早く自分の長所を活かせば良かったという後悔に気づく。


「そういえば、やたら女子から告白されることが多かったような……?」


当時は告白してくる女子たちを半ば冗談だと思っていたが、冷静に振り返るとアレは本気だったのだろう。逆に言えばそれだけ王子様系として思われていたのなら、平次の好みとも完璧に一致していることになる。


「よし。行くか!」


家を出てポニーテールを風で揺らしながら颯爽と歩く。

王子様のコスプレをしているみたいで、どうしても人目を惹きつけるが仕方がない。

これも愛する人に振り向いてもらえるためだと割り切る。

と、前方に平次の姿を発見した。近づくと彼は耳まで真っ赤にして俯いている。

聖奈は平次の顎を指で掴んで掴んで持ち上げ目線を合わせる。顎クイだ。


「僕を待ったかな?」

「は、はい……!」


一人称を僕にして平常より声のトーンを落とすことで王子様度を上げる作戦は大成功だ。平次は目からハートマークが浮かんできそうなほどメロメロになっている。

調子に乗って壁ドンをして顔を近づけていく。あわあわと動揺している平次に胸がときめく。大好きな人がこんなにもアタシを見てくれている。嬉しい。

心の動揺を悟られないようにしながら更に顔を近づけていくと、自然と唇が重なった。

アタシ、今、平次とキスしてる? ファーストキス奪われちゃった。

激しく高鳴る心臓。重なる唇。それだけでも聖奈は天にも昇る心地だったのだが、平次から積極的にキスを求めてきたではないか。彼の腰に手をまわして抱き寄せ、何度も唇を重ねる。場所はビルとビルの隙間なので人の視線を避けることができる。

彼の優しく掴んで腰を落とし、騎士が姫に忠誠を誓う恰好で彼の手の甲にキスをする。


「今日は僕と楽しいひと時をすごしましょう。お姫様」

「……きゃあっ……嬉しいっ!」


甘い言葉を囁く度に平次はメロメロになる。十六年間も幼馴染をしてきたが、こんな彼を見るのは初めてのことだった。今までずっと隠し通してきたのだろう。それだけに聖奈は自分にだけ見せる彼の姿が嬉しかった。手を繋いで路地から出たところで、ひょいと彼の身体をお姫様抱っこする。一七三センチの聖奈と一六三センチの平次との身長差は十センチ。胸元の服を強くしがみつかれる感覚は新鮮だった。

慎ましい胸に顔を埋め、平次が言った。


「あの、王子様。僕、あなたのことを愛しています」

「ありがとう。僕も同じ気持ちだよ。さあ、行こうか。楽しいデートへ!」

「……はいっ」


お姫様抱っこのままで駆け出す。他人からどう思われても構わない。

自分にしかできない振る舞いで好きな人が喜んでくれるのなら――

男装も悪くないと思う聖奈だった。


おしまい。

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