信濃之国

138億年から来た人間

第1話 忍び

信濃川下流域がまだ大川と呼ばれていた時代、子供たちは、その非凡な頭で考え、川エビやイトヨ、ウナギなどを竹で編んだ仕掛けを使い自分で漁をし、食の足りないひもじさを補っていた。

信濃の国で生まれた玄魁げんかいは、そんな信濃川流域の小さな村で隠れ忍者の養子として育った。




時は戦国、武将達による激しい衝突が繰り返される中、甲斐の武田信玄は領土拡大の為、信濃への侵攻を強めていた。

信濃には既に豪族である村上、高梨が力を伸ばしていたが、孫子の兵法を意味する風林火山の旗印は次々にそれを踏破していき、慌てた村上、高梨は助っ人として一人の武将に全てを託した。越後の虎と異名をとる、長尾景虎。後の上杉謙信である。


この物語は、快進撃を続けた武田軍に影の存在として君臨した十二人の勇者の物語である・・・






「よいか、玄魁。忍者のにんは、しのぶと書く。決して人心を裏切らず、何があろうと絶え忍び信じる事、それが出来ねば、一人前とは言えんのじゃ。分かるな。」


白樺しらかば 源水げんすい、武田軍忍之方総帥しのびのかたそうすいの言葉に、正座をし、こうべを垂れ、聞き入る耳を欹てる玄魁。


忍者修行は学問であるとする伊賀忍者の流れを汲んだ修行を源水は選んだ。

10歳の子供とはいえ、修行は修行、源水に甘さは微塵もない。

おもむろに、短剣を水に濡らすとその間もなく、玄魁の喉元めがけて切っ先を向け突きを放つ。

近距離の位置に座る幼少の子供にも躊躇いは全くなかった。

剣先は、玄海の喉元に刺さったかと思われたが、寸前で何故か空を切った。

水を滴らせておいた短剣が雫を切るように「ピシッ」と音をたてる。

源水は、すぐさま、鞘に刀を収め、「見事な見切りじゃ」と誉め言葉を呟いた。


源水が率いる忍者軍は、伊賀でも甲賀でもない。世にその姿を知らせることもなく、影の裏で生きる新派の忍者である。


玄魁には、5人の兄弟弟子がいた。

笹風ささかぜ雷仁らいじん林洞りんどう水月みなつき神炎じんえん幼子おさなご達だ。

6人の子供のほかに、3人の成人した忍者もいる。

彼らは、玄魁たちの師範代として、また、武田の密命の実行者として、源水と一緒に暮らしている。


手裏剣の名手、興十おきと

三人の中で一番の年長者で、子供好きな優しい男だ。

興人は妖術も使う。

次男に当たるのが、火炎の術の使い手、大楽おおがく

興十とは逆で、子供が大の苦手でうるさがり、邪魔にする。

玄魁たちをガキと呼び捨てにしていた。

三男は、大男の鍛治だんじ

剛腕、怪力の持ち主で、盾とするには都合がいい男だ。

常に周囲へ気配りし、用心深い。

何よりもこの男、源水の実の子である。


源水は、いざという時、自分の息子を盾にして他の忍者の身を守る算段を立てている。

源水は、そのあとの為か胸の守り袋に、小さな附子ぶしを忍ばせている。

附子とは毒丸薬である。

我が子が死ねばわが命をもと思っていることは誰も知らぬことだった。




平木藩当主、宜塚 恒徳むべつか つねのりは、武田軍の宿場として城を提供していた。

平木藩は、武田の侵攻を期に上位を狙う一千石の旗本である。

20人の家来に女中を加え総勢40人程度の城構えで何が出来ようかと恒徳は頭を抱えていたところに、今回の武田軍の侵攻は水を得た魚といった塩梅で、密偵を立て密かに武田に使者を送り城の提供を申し出た。

最後の賭けといってもいい、平木藩の命運をかけた戦いでもある。


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