猫と小さな神様と夏の始まり

karam(からん)

猫と小さな神様と夏の始まり

猫と小さな神様と夏の始まり



 ある暑い夏の始まりの日のこと。1匹の三毛猫が、岬商店街の中をゆらりと歩いていた。その背から、はぁ、と気だるげな声がする。

「いやぁ、近頃は夏の始めだというのに、もう暑いのぅ。……どうにかならんのかの、ミケや」

 ミケと呼ばれた三毛猫の背に、小さな神様がちょこんと座っていた。地元の人たちに奉られている神様だ。社が小さいのと神様になった年月が少ないからか、力はあまりない。

「オレに言われても困る。オレはただの猫だからな」

「喋っている時点で、ただの猫じゃなかろう」

 喋る三毛猫ミケは、返事の代わりにニャーオ、と鳴く。小さな神様はミケの背で揺れながら、退屈そうにあくびをする。

「ミケ」

 突然、どこからか声がした。いや、どこからかではない。上だ。神様は小さな神様だから、ぐっと声のする方を見上げなければならなかった。

 ミケが立ち止まると、誰かがその頭を撫でる。花屋の少年だった。少年はミケをひとしきり撫でた後、仕事に戻っていく。ミケはあくびをして、再び歩き出す。

 小さな神様は、ミケの毛の間からちょこんと顔を出し、怒りを露にした。

「あぁ、危なかった。あの人間いきなり撫でおって。背に乗っておったワシまでも、揉みくちゃにされるところであったわ」

「降りたらよかったのに」

「降りられるか。お前の背から一気に地面へ飛び降りるのは、ワシにとって度胸試しぞ。……ところで、先程の花屋の少年は狸かね?」

 ミケはニャーオ、と鳴く。

「鳴いてないで、どっちかはっきり言わんか」

 小さな神様はミケの背をペシペシ叩く。ミケはというと叩かれても特に痛くはないようで、知らんぷりをする。

 岬商店街は、山にいる動物たちが人間に化けて経営している商店街だ。仕事をしてみたいから、山だけでの生活が苦しいからなどと経営する理由は様々である。先程ミケを撫でた少年は、どうやら狸のようだ。

 小さな神様はミケをペシペシ叩いていたが、すぐに興味を失くしたようで、また退屈そうにする。

 そのとき、後ろから駆けてくる足音が聞こえた。岬商店街は寂れていて人通りがないため、音がよく響くのだ。

 小さな神様は振り返る。走っていたのは、16歳くらいの少女だった。少女が花屋の前を通過したとき、彼女の鞄に付いていたキーホルダーが切れて落ちた。少女は気付かない。

「気付いてないねぇ」

 立ち止まったミケが言う。代わりに花屋の少年が気づいたようで、キーホルダーを慌てて拾ったが、少女は振り返らない。小さな神様はキーホルダーの行く末に興味がないようで、足をブラブラさせている。

「ねぇ、神様」

「何じゃ、ミケ」

「あの花屋の少年、毎日この商店街を通る、さっきの少女が気になっているみたいだよ。ちなみに少女の方も前からあそこの花が気になっているけど、店に入りづらいみたいだよ」

「ほぅ、そうか」

 それで? というような素っ気ない返事が返ってくる。察しの悪い小さな神様を見て、ミケが目を細める。

「……神様にいつも花をお供えに来てくれるの、花屋の少年だよ」

 小さな神様は目をぱっちりと開け、背伸びをした。

「ほぅ、そうかそうか。あの少年か。人間に興味ないから分からんかった」

 小さな神様は、そう言いながらあくびをする。お供えに来てくれる人の顔くらいは覚えろよ、とミケは思ったが、決して口には出さない。

 小さな神様はちょっと考えて、にやっとした。

「なるほどのぅ、お主の言いたい事が分かったぞ。ワシの出番というわけか」

 小さな神様は得意気に、指をくるっと回した。風が巻き起こり、少女の被っていた帽子を後ろへと緩やかに吹き飛ばす。少女は帽子を取ろうと後ろへ向く。小さな神様が起こした風は強くなかったので、すぐに少女は帽子に追い付いた。

 そして、花屋の少年が自分を呼んでいることに気づく。少年がキーホルダーを掲げると、少女は驚いて花屋に駆けて戻っていった。

 二人は何か話しているようだったが、ミケと小さな神様のいる場所から離れているため話している内容は聞こえない。しばらくして少女はお礼を言い、戻ってきた道を再び走り始めた。

 今度は、ミケと小さな神様の前も通り過ぎていく。それを見ていた小さな神様は、得意そうにふんぞり返った。

「見たか、これがワシの力じゃ! あぁ、我ながら良いことをしたもんじゃの。ワシが見るに、あの二人は相性がよかろう。ふっふっふ。夏と言えば恋、恋と言えばせーしゅんというやつじゃな」

「どっから覚えてきたんだ、その言葉」

「うぬ、たまにワシの社の前を通るじぇーけーが言っておった」

 小さな神様は上機嫌である。鼻歌までも歌い出した。ミケは花屋をチラリと見て、ニャーオと鳴き、ゆっくりと腰を上げる。そして、小さな神様を乗せて再び歩きだす。小さな神様は、まだ歌っている。

 雲一つない晴天、蝉が鳴き始めた蒸し暑い夏の始め。気まぐれの小さな神様によって今、商店街の下の小さな恋が動き出した。

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