十勝名人の冒険

新理ツク

奪われた黄金の将棋盤

 札幌プラチナホテル、その最上階にある会議室、普段は学会の研究発表会などに使われてるここはしかし、今は張り詰められた緊張感、厳粛な空気に包まれていた、会議室内にいる人達が固唾を飲んで見ているのは将棋盤を囲む二人の棋士、そう、今ここでは将棋の試合が行われているのであった。


「……王手です、紫雲棋聖」

 動いたのは茶色の和服を着た侍のようないで立ちの棋士であった、将棋盤は紫雲棋聖の王将を侍棋士側の駒が取り囲んでいる状態であり、素人目で見ても紫雲棋聖に勝ち目がないのは明白であった、それでも紫雲棋聖は逆転の目がないかと将棋盤を睨んでいたがやがて勝ち目がないことを悟り両手を上げた。

「……参りました、流石だ、十勝名人」


 その言葉は侍棋士、つまり十勝名人の勝利を意味していた、観客達は呆然とした様子でそれを見ていたが、やがてその静寂は打ち破られた。

「すげえ……あの人間国宝紫雲棋聖を十勝名人が破ったぞ!」

「なんてこった!これは大ニュースだ!十勝名人が前代未聞の八冠王になった!」

「確かに十勝名人は若くしてかなりの実力を持っているが、しかし八冠王とは信じられん……」


 観客達は徐々に騒がしくなっていく中、対局を終えた紫雲棋聖が十勝名人に近づいていく、そして彼は十勝名人に手を伸ばした、握手を求めているのである。

「流石だ十勝名人、他のタイトル持ちだけでなくこの私まで倒してしまうとは……」

「いえ、これは危ない試合でしたよ、もし選択を少しでも間違えていれば、あるいは負けるのは僕の方だった」

 十勝名人はそう言いながら握手に応じた、それはまさしく将棋の新時代が訪れたことを意味していた、しかしその時である。


「なんですかあなたは!ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!」

「ええ、それは分かっています、しかし緊急事態なのです」

 突如として会議室に入り込んだ男は七三分けの黒髪で眼鏡をかけ、そして黒いスーツを身を包んだいかにもインテリといった感じの容姿の人物であった、その場にいた警備員がインテリ男を追い出そうとするがしかしその男はポケットから手帳のような物を取り出した。


「なっ……これは警察手帳!」

「ええ、私は札幌国際警察究極犯罪課所属の刑事、空瀬ケンです」

「札幌国際警察の方でしたか……しかしなぜここに?ここでは事件なんて起きてませんよ」

 警備員の男は訝しむようにケン刑事を見るがしかし彼はそれを気にした風でもなく話を続ける。


「ええ、ええ、分かっております、事件はこの会議室では起きていません、しかしここにいる人物の中に同行を願いたい人物がいるのです」

「同行を願いたい人物がいる?それは一体?」

「そうそれは十勝名人!あなたには今すぐ札幌中央美術館まで来て欲しい!」

 ケン刑事は十勝名人を指差し叫ぶ、それを聞いた十勝名人は怪訝な様子でケン刑事を見た。


「札幌中央美術館?確かにそこには十勝家の秘宝をいくつか展示品として貸しているが……まさかそれが偽物とかそういうことを言い始めるんじゃないだろうね?」

「いえ、そういうことではありません、十勝家の秘宝の一つ【黄金の将棋盤】が盗まれようとしているのです!」

「な、なんだって!黄金の将棋盤が!?」

「ええ、あなたが驚くのも無理はありません、黄金の将棋盤は十勝家の秘宝の中でも特に大事な物ですからね、しかし本当です、昨日の夜に札幌中央美術館に予告状が届いたのです」

「予告状……一体誰が?」


 十勝名人の疑問に答えるようにケン刑事はポケットから一枚の写真を出した、それに写っていたのは獅子のような髪を振り回す派手な和装をした歌舞伎役者のような男の姿であった。

「彼の名前は怪盗【ウルトラカブキ】今北海道を騒がせる怪盗です」



 夜の札幌中央美術館、古代ローマ風の荘厳な建築をスポットライトがけたたましく照らす、そんな場所に2人の男がいた、十勝名人とケン刑事である。

「ウルトラカブキ……奴は本当に来るのか?」

「ええ、鑑識によるとここに送られた予告状は確かにウルトラカブキの物です、そして予告状に示された時間は今日の22時……あまり時間がありません、そろそろ中に入りましょう」


 十勝名人はケン刑事に連れられ美術館の中に入って行った。美術館の中は北海道の芸術家たちが作り上げた作品や世界各地から集められた貴重な美術品が展示されている、しかし十勝名人の目についたのは美術館内の警備体制である、優に1000は超えるだろうか、夥しい数の警備員たちが館内の警備に回っていた。


「ウルトラカブキが最近北海道を騒がせてるからってこの人数はやりすぎなんじゃないのか? 1000人はいるぞ?」

「それだけウルトラカブキが大物だってことです、奴が盗んだ美術品の被害総額はおよそ3億円、にも関わらず札幌国際警察はウルトラカブキを捕まえることが出来ていないのです」

 2人がそういったことを話していると、そこに紫色の、警備服を着た警備員が現れた。


「ケン刑事に十勝名人、良く来てくださいました、私はここの警備長を任されている【円山守】と申します、付いてきてください、黄金の将棋盤の所まで案内します」

 十勝名人とケン刑事は円山警備長に連れられ、黄金の将棋盤がある特別展示場にやってきた、そこでは期間限定で北海道における将棋の歴史に関する展示がされており、黄金の将棋盤はそれの目玉の展示品であった。


「どうですかこの警備体制は? これならあのウルトラカブキもスピード逮捕できるわけです」

 自信満々と言った様子で黄金の将棋盤の警備体制を自慢する円山警備長、確かに黄金の将棋盤の周りを100人の警備員が埋め尽くしており、簡単には突破できないだろうことが伺えた、しかし十勝名人はその警備体制に訝しげであった。

「ああ、確かにこの警備はすごい、並の泥棒ならこれであっさり捕まえることができるだろう」

「でしょう?」

 円山警備長は誇らしげだ、しかし……


「だが相手は札幌国際警察でさえ捕まえることのできないウルトラカブキだ、ただいたずらに人員を増やす警備強化など既に他の美術館なりなんなりがやっているだろう……」

「ほう……言いますね……では十勝名人、あなたならどうやってここは警備しますか? これより上手い方法を是非私に教えてもらいたいものですがねぇ……」

 円山警備長と十勝名人の間に火花が飛び散る、しかしそれを遮ったのはケン刑事だった。


「2人とも言ってる場合ではありませんよ、予告の時刻まで後1分、もはや一刻の猶予もありません」

 ケン刑事の警告にとりあえず矛を収める2人、そしてついにその時が訪れた。

「予告状に示された時間だ! 奴はどこから来る!」

 十勝名人は叫ぶ、しかしウルトラカブキが現れる気配がない。

「ふん、ウルトラカブキめ、私達の完全な警備の前に恐れをなしたか」

「いや、私は恐れてなどいないさ、むしろ呆れてさえいる」

「なんだと! なっ! 貴様は!?」


 円山警備長は後ろを見て驚愕の顔を浮かべる、何故なら彼の真後ろにウルトラカブキがいたからだ。

「さて、予告状の通り、黄金の将棋盤はこの私が頂く、異論はないな?」

 ウルトラカブキは警備員たちを舐めるように見ながらそれが当然と言わんばかりに言い放った。


「くっ! この私を舐めるなよ!」

 円山警備長は腰からけ警棒を取り出すと臨戦体制に入る、しかしウルトラカブキは余裕と言わんばかりの笑みを浮かべていた。

「ふん、他愛もない、早く掛かってくるがいい……」

「なっ……舐めやがって! うおおおおおおお!!」

「待ってください円山警備長! 迂闊に踏み込んでは!」

 ケン刑事の制止も効かず円山警備長はウルトラカブキに突撃し警棒を振り下ろす、しかしそれはただ空を降るだけだった。


「なにっ! ウルトラカブキはどこだ!」

「ここだ」

「なっ……後ろに……ぎゃあああああああああああああーーーー!」

 なんと、ウルトラカブキは警棒はジャンプで避け円山警備長の後ろに回り込んでいたのだ、そしてウルトラカブキは彼を回し蹴りで吹き飛ばしたのだ。

「ウルトラカブキ……強すぎる……がはっ!」

 円山警備長はそのまま壁に叩きつけられ気絶した。


「「「ウルトラカブキ! よくも警備長を! 許さんぞ!」」」

 円山警備長の部下の警備員達が一斉にウルトラカブキに襲いかかる、しかしその圧倒的な人数を前にしてもウルトラカブキは余裕だ。

「ふん、いくら雑魚が束になろうがこのウルトラカブキの敵ではない」

 そう言うとウルトラカブキは腰にさしていた刀を取り出し一振り、真空波を発生させ警備員たちを吹き飛ばした。


「「「ぐおおおおおおおおおおお!」」」

「くっ! 怯むな! 数ではこちらが勝っている!」

「「「うおおおおおおおおおーーっ!」」」

 警備員達は一斉にウルトラカブキに襲いかかる、しかしカブキは刀を華麗に振り回し警備員達を次々と吹き飛ばす、やがて立っている警備員は誰一人としていなくなっていた。


「他愛もない……しかし、まだ骨のありそうなのが残っているようだな」

 ウルトラカブキは十勝名人とケン刑事を見ながら呟いた。

「十勝名人、ここは私がウルトラカブキの相手をします、あなたは黄金の将棋盤を死守してください!」

「んっ! ああ! わかった! 任せてくれケン刑事!」

 十勝名人は黄金の将棋盤の元に走り出す、しかし十勝名人の足元に衝撃波が飛んできた、飛ばしたのはウルトラカブキである。


「待て、私がそのような事を許すと思うか?」

「くっ……」

「ウルトラカブキ! 貴方の相手はこの私ですよ!」

 ケン刑事がウルトラカブキに殴りかかる、ウルトラカブキはそれを横に避けた。


「ふん、不意打ちのつもりか?」

「私は雷神聖空手の使い手です、そう簡単にはやられませんよ!」

「雷神聖空手……飛鳥時代に雷神が聖徳太子に授けたという伝説を持つ空手の流派か、なるほど確かにさっきまでの雑魚どもとは違うらしい」

「そういう事です、では行きますよ!」

 ケン刑事は雷神聖空手の型を取るとウルトラカブキに次々と打撃を加える。


「どうですか! 私の雷神聖空手は!」

「ぐっ……確かに中々の威力だ、だがもう見切った」

「何をっ!?」

 ケン刑事はウルトラカブキに掌底を加えようとする、しかしそれはカブキに腕を掴まれる形で終わってしまった。


「くっ!」

「ふん、伝説とも言われる雷神聖空手もこの程度か、次は私が行かせてもらうぞ」

「なっ……ぐわわああああああーーっ!」

 ウルトラカブキはケン刑事を投げ飛ばし壁に激突させた。

「ふん……さて、次は貴様だけだな、十勝名人!」

 ウルトラカブキの眼光は十勝名人を定めていた。


「くっ……!」

 十勝名人はウルトラカブキに睨まれ動けなくなっていた。

「ふん、恐怖で動けないといったところか、ならばすぐに楽にさせてやろう……」

 ウルトラカブキは十勝名人の前に超高速で近づくと回し蹴りで壁に吹き飛ばした。

「ガハッ! ううっ……」

「黄金の将棋盤を持つ十勝家の現当主……私の見込み違いだったか? まぁいい、そろそろ黄金の将棋盤を頂くことにしよう」


 ウルトラカブキがゆっくりと黄金の将棋盤に近づいていく、しかし十勝名人はそれを見ることしかできなかった。

(うう……身体が動かない……このままでは黄金の将棋盤が奴に……しかし身体が……いや……ダメージだけではない……恐怖心が……だがこのままでは……)

 十勝名人は朦朧とした意識の中どうにか身体を動かそうとする、しかしかろうじて動くのは腕だけだ。


(何か……何かないか……奴に……ウルトラカブキに対抗できるものが!)

 その時である、十勝名人の手が何かを掴んだ。

「むっ! これは!」

 それは一本の刀であった、しかもただの刀ではない、これは黄金の将棋盤と同様、十勝家の家宝として特別展示場に飾られていた名刀【王将刀】である。


『桂馬よ、今こそ王将刀を使うのだ、お前にならそれを使いこなすことができるはず……』

「はっ! 今の声は……父さん?」

 十勝名人に脳内に聞こえた父の声、しかし今はそれを考えている場合ではない。

「そう……僕には使命がある……十勝家当主として黄金の将棋盤を護る使命が!」

 今の十勝名人には身体の痛みも、恐怖心も無い、今の彼にあるのは黄金の将棋盤を護ろうという使命だけである。


「ふん、どうやらまだ闘う意思が残っているようだな」

 今にも黄金の将棋盤を盗ろうとしていたウルトラカブキが十勝名人の方を向き直す、その目は獲物を見つけた獅子のようであった。

「ああ……その黄金の将棋盤は僕のものだ、それを盗まれるところをみすみす見逃すわけにはいかないのでね!」

「いいだろう……かかってくるがいい……」

「はーっ!」

 十勝名人は王将刀でウルトラカブキに斬りかかる、カブキはそれを刀で受け止める、鍔迫り合いである。


「くっ! 防いだか!」

「貴様が持っている王将刀も中々の名刀だが、私の【仮名手刀】も負けてはいない」

 ウルトラカブキは仮名手刀に力を入れ高速で回転させる、その回転力を利用し十勝名人の王将刀を折るつもりなのだ。


「十勝名人よ!、このままだと貴様の王将刀が折れてしまうな!」

「いや、そうはならない、行くぞ!」

 十勝名人は王将刀を空中に放り出し、ウルトラカブキの斬撃を回避、そして落下する王将刀をキャッチした。

「何ぃ! 貴様そのような芸当を!」

「行くぞ! 十勝流奥義! 王将斬!」

 十勝名人は王将刀を力強く縦に振り下ろす、それはまるで迷いなく将棋のコマを動かす棋士のようであった。


「なっ……おおおおおおっ!!」

 ウルトラカブキはその衝撃になす術もなく吹き飛ばされた。

「くく……」

 吹き飛ばされながらもウルトラカブキは不適に笑う。

「ウルトラカブキ! 何が可笑しい!」

「いい太刀筋だがまだまだ甘いな、私を吹き飛ばした方向を見るが良い」

「吹き飛ばした……なっ!?」


 十勝名人がウルトラカブキを吹き飛ばした方向にはなんと、黄金の将棋盤が展示されていた、ウルトラカブキは吹き飛ばされた勢いで黄金の将棋盤を手に入れるつもりなのだ。

「ウルトラカブキ! 待て!」

「ふん! もう遅い!」

 ウルトラカブキは吹き飛ばされつつも態勢を整え黄金の将棋盤をキャッチ、そのまま地面に着地すると全速力で逃げ出した。


「黄金の将棋盤は頂いたぞ、さらばだ十勝名人!」

「待て! ウルトラカブキ!」

 逃げるウルトラカブキを十勝名人は追いかける、二人はどんどん階段を登っていき、やがて札幌中央美術館の屋上へとたどり着いた。


「ウルトラカブキ! もう逃げ場は無いぞ! 観念しろ!」

「逃げ場は無いだと? フハハ!」

「何が可笑しい!」

「私が何も考えずに屋上まで来たと思ったか? 空を見てみると良い……」

「空だと? 一体何が? なっ!?」

 十勝名人が空を見る、そこにはけたたましい音を立てて屋上へと降りてくる巨大な船のような建造物の姿があった。


「なっ! これは! 空中戦艦だと!」

「ふん! 私はこれで逃げさせてもらうとしよう」

 ウルトラカブキが空中戦艦に飛び乗ろうとしたその時、ウルトラカブキ目掛けて石が投降される、彼がそれを軽く回避し石が放たれた方向を見るとそこには息も絶え絶えといった様子のケン刑事がいた。


「ケン刑事!」

「ふん、死に損ないが……その身体で私の邪魔をしようというのか?」

「その空中戦艦……やはりあなたの背後にはプライムガードが関わっていましたか……」

 ケン刑事の言葉にウルトラカブキはしばらく黙っていたが、しかしやがて口を開いた。


「そうだ、私はただの怪盗ではない……私はプライムガードのエージェントとして動いている」

「やはり、私たち札幌国際警察の見立ては間違っていなかったようですね」

「待ってくれケン刑事! さっきから一体なんの話をしている!? プライムガードとは一体!?」

 話についていけてない十勝名人はケン刑事に説明を求める、ケン刑事は空中戦艦の前部を指さすとそこには【PG】の文字が描かれていた。


「PG……プライムガード……」

「ええ、プライムガードとはこの北海道を根城にする秘密結社です、やつらは北海道を征服し新たな国を建てようとしている……」

「ふん! ともかく私は退散させてもらうぞ!」

 ウルトラカブキは戦艦に飛び乗った、戦艦はもう飛び立とうとしている。


「ふん! ではさらばだ! 札幌国際警察に十勝名人よ!」

「待て! ウルトラカブキ!」

 十勝名人の言葉に返事が投げかけられることはなく戦艦は飛び立っていった、二人はそれを見ているしかなかった。

「くっ……逃げられたか……だが黄金の将棋盤は必ず取り戻してみせる!」

 十勝名人は黄金の将棋盤を取り戻す決意を固める、空は既に朝焼けになっており、二人と美術館を照らしていた。

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