バカなアイツ
長船 改
バカなアイツ
アイツってバカなの。ホントにバカ。
これは学力的な意味じゃない。小中と一緒だったけど、テストの点が特別低かったわけじゃないし、高校だって普通のレベルの所に行っていた。
じゃあ何かって言うと、『一般常識』に欠けるんだ。アイツって。
例えば、簡単な言い間違い。
「あれってなんだっけ?えーっと、あの海の波がいったりきたりするやつ。あ、そうだ。あじさいだ!」
「しおさい、ね。」
潮騒が分からないのはいいにしても、そこでアジサイが出て来る?フツー?
まぁそういう勘違いが多いやつなの。アイツは。
あ、アイツっていうのは私の幼馴染のコトね。そして謎なコトに、私の恋人でもあったりします。うん。
それで、なんでアイツのコトをこんな風に言ってるのかというと……。ただいまアイツは絶賛、遅刻中なのです。私とのデートの待ち合わせに。なんてやつだ。しかも私は仕事終わりだというのに。
ちなみに時間は夜の7時。あたりはちょっと暗くなってきている。
たぶん、アイツは時間か場所を勘違いしているんだと思う。だって二度や三度の話じゃないし。しかも子供の頃からだし。まぁでもいい加減慣れちゃった。って言ってもそれはアイツが幼馴染だからなわけで、そうじゃなかったらキレてるだろうけど。
と、スマホに連絡が入る。らいーんと。
『ごめん、場所間違えちゃった。』
『いまどこ?』
『あれ。提灯並んでるとこ!』
『提灯?』
『ほらいつもの。灯りの。』
『灯り?あ、りょ。』
『今からそっち行くから。』
『いいよ、私が行くから。』
『ごめーん。門くぐった所にいるよ。』
『おけ』
はぁ……とため息をつきつつ、でもまぁある意味間に合ってはいたのか~と妙な納得をしつつ。私はアイツのいる所へと歩き出す。
アイツが言った『門』っていうのは、お寺の門のコト。雷門とか近い感じかも。しばらく歩いてると、ホラ見えてきた。
土日になると人出で賑わって思うように進めないこの仲見世通りも、平日夜だとスイスイ歩ける。それにこの辺は私達の地元だから、店が閉まってようが人が少なかろうがあんまり気にならない。
慣れた道。慣れた風景。
でもあの門を通して見る景色だけは、慣れていても、やっぱり他とは違う。
あの、うす暗い中にどこまでも居並ぶ妖艶なともし火の光。
それはまるで私においでおいでをしているようで。
現代に生きる私を、はるか一千年の昔へと連れ去りそうで。
それがとても魅惑的で。
でも門をくぐってみると、そこはやっぱり現代で。
実際に昔を経験したわけでもないのに、なぜかノスタルジックな思いに囚われる。
「あ、きたきた!ごめーん。」
……そして、私を完全に現代へと引き戻すのはアイツの声。ほんとに悪いと思ってるんのか分からない間延びした声。見ると、いつもはよれよれのスーツ姿なのに、珍しくクリーニングにでも出したかのようにバリッと糊がきいている。
「どしたの?そんなこざっぱりとした格好して。」
「あぁ、スーツ?ちょっとねー。」
妙にニマニマしている。これはアレだ。いたずらを考えている時の顔だ。
2歳の頃に出会って25年。ずーっと一緒だったってわけじゃないけれど、さすがにそれくらいは分かる。
私はウンウンと頷きながらアイツと肩を組むふりをして、その首をロックしてやる。
「白状しなさい。なにを企んでるのか。うらあ。」
「うえええ、やめてー。せっかくのスーツがぁ。」
「吐け。吐くのだ。」
「分かった。分かったから。」
「よしよし。」
パッとロックをほどいてあげる。
アイツは「もう~」と言いながら、少し着崩れたスーツを直している。
……はて? やっぱり今日はちょっとおかしいぞ?
「じゃ、じゃあさ。そこに立って。」
「そこ?」
指し示されたのは、参道の真ん中。
ぼんやりと灯りが差す石畳に立つと、アイツは私の前にやって来てスッとかしずいた。
「……へ?」
「これ、受け取って欲しいんだ。」
そう言うと、アイツは懐から小さなケースを取り出して開けて見せた。そこに収まっていたのは、指輪だった。
「お、おお?」
「結婚してくださいっ。」
ちょっと待って頭がパニックだ。え、なんで? いや嬉しいは嬉しいよ? うん嬉しい。間違いなく嬉しい。でもなんでここで? たしかにここは私の好きな場所ではあるけれど、もっとそれらしいイイ雰囲気の所だって……。っていうか指輪のサイズ合ってる? あとこんなサプライズ用意してるくせして遅刻するなよオイ。
と、そこまで理路整然にパニくった所で、私は思わず噴き出してしまった。
お寺の参道。道の両側にはアイツいわくの提灯がぶら下がって。
目の前には、指輪を差し出すスーツ姿のアイツ。
そして私は私でオーソドックスなOL姿で。
場所とシチュエーションとタイミング、それらがぜんっぜん噛み合ってない。
ほんっっっとに、バカだなぁ……。
そしてそれに幸せを感じている私も、きっとバカだ。
バカだから。
「ひとつ、いい?」
「うん。なに?」
返事をする前に指摘しなくちゃ。
「あのね。」
私は居並ぶ灯りを指さして。
「これはね。提灯じゃなくて、ぼんぼり。」
「え? ……え?」
「ぼんぼりなのよ。残念ながら。」
「ええええええ!?そうなの!?」
「ぷっ。あっははははは!」
こういう時なんだから「いやさすがに空気読んでよ!」なんて苦情を訴えたって全然いいのに、素直に驚きを見せるこの姿がたまらなくたまらない。
これからもずっと、こういう勘違いだったり間違いだったりボケっぷりに付き合わされるんだろう。でもそれでもいいんだ。結局、居心地がいいのはここなんだって、とっくのとうに分かってるんだから。
ひとしきり笑ってから、私は嬉しさ混じりの涙をぬぐった。
「あー面白かった。それじゃあ、はい。」
そう言って、私はそっと左手を差し出す。
心は決まってる。
もし指輪のサイズが違っていたとしても、それでもいい。その時はふたりで買いに行けばいいんだから。
だから、返事は先にしてあげる。
「末永く、よろしくね。」
バカなアイツ 長船 改 @kai_osafune
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