口無し男とめいコンビ

なつ

口無し男とめいコンビ


「お前がやったんだろ!」

「何とか言ったらどうなんだ!」

ずっと取り調べ室に響き渡る大声が耳を通り抜けてゆく。今までの取り調べ回数は2回と言ったところか。今回の容疑者は口を割らず、ぼーっと座り続けているだけで、何も情報を聞き出すことができない。こうなってしまえば、こちらからとしては手を出すことができない。私たち出せるのは口だけである。

条件に一致している目撃証言が出ているばかりか、アリバイもなかったため、今我々の中では、最も怪しい人物であるとは考えているが、まだ決定的な証拠を見つけることができていない。そのために取り調べ室では一悶着が起こっているのである。

ここで、事件の全貌を紹介しよう。事件の発端がアパートに住む男性が殺されたという通報が入り、捜査が開始された。死体には、数ヶ所の刺し傷があった。しかし、刺し傷が、直接の原因ではなく、出血多量での死因であるという鑑定の結果がでた。我々は数多の刺し傷や出血の量から、自殺ではなく他殺の可能性が高いと結論をつけて捜査を始めている。ここからは我々の見せ場である情報収集タイムである。近くの住民などに聞き込みをしたり、証拠物品が残っていたりしないかを探しているうちに、先ほど詰められていた容疑者が最も有力な候補であると推測された。決め手となったのは聞き込みで、アパートの住民から「パーカーを深めに被った男を見た。身長はそこそこで、すらっとしてて、目がキッと吊り上がっていた。」という証言も貰っていて、容疑者の男がパーカーを被っており、一般的な背をしており、同時に痩せ身でもあった。そして目がシャキッとしている。証言と酷似した特徴だったため、話を伺おうとしたところ颯爽と逃げ出してしまったため、追いかけて捕まえたのだ。

そのため、こいつは何か情報を知っているのではないかと考えていたのだが、最初のうちはそうも上手くは引き出せないないため、もどかしくなって怒号が飛び交うというのが恒例になってしまっている。

「凶器はどこだ!」

「さっさと吐け!」

という常套句を言いながら、取り調べをする。我々は彼の動機も分からず凶器も刃物であると言うことはわかっているが詳しいことははんめいしていない。私たちはほぼ何もわからない状態から取り調べをしている段階に過ぎないのだ。だから、事件は難航するに違いないだろうと踏んでいる。。市民の平和を守るために取り調べ室の平穏はいつも脅かされている。


いくら取り調べをしていても、わずかな緊迫がある。それは犯人との対話の機会が貴重であり、聞き逃すようなことをしたら、速攻で機嫌を損ねてしまうかもしれないからだ。と考えていると、緊迫をぶち壊して、私の部下がきた。

紹介を忘れていたが、こいつは私の大事な後輩であり、私と一緒に取り調べや現場の確認などをしているが、主に取り調べ担当の方を任せているつもりである。

少しチャラく、不真面目。しかし、顔がいい。

そのため、女性への聞き込みは効果抜群である。したがって聞き込みの付添人で私についてくることが多くなっているため、最近では私も彼と言葉を交わすことが増えている。「今日の取り調べ、どう思った?」と私が聞いた。「今日、取り調べ担当したんすけど僕にはあいつが犯人とは思えないんすよ。」と後輩が私にそう言った。「うーん、そうか?」と私が聞き返したら、意外な返答が返ってきた。

「第6感っす。」

返答に呆気に取られていたが、「冗談すよw」と返されてしまった。茶化されていたらしい。

「それで本題なんですけど、犯人ならもっと話して容疑を否認するんじゃないかなと思うんすよ。なんで話さないのかとも疑問に思っていたっす。彼には犯人というよりは他に何かあるのかもしれないっすね。僕なら話さなかったらノイローゼになってしまうっすよ。」と、後輩なりの返答が返ってきた。「そうは言っても、他に犯人の目星なんてつかなくねーか?情報が少ないから。」と聞き返すと「そうなんすよねー。まだまだ調べたいこととかもあるんですけど、新しいことに手をつけるにはもう時間が少ないじゃないっすか。予算も少ないし、情報も先輩が言う通り少ししかないっす。だから何もできないっすね。ほんとうに自分の直感に頼りたいぐらいです。」後輩が珍しく真面目モードに入っている。後輩の言っていることは正論であるとは思う。だが私には他の犯人の見当もつかない。目撃証言とかを参考にしたり、容疑者の行動を参考にしたら、彼が犯人っぽいとは思ってしまうかなと私の現状を彼に伝えた。「やっぱそうっすよね。なんなら目撃証言が嘘で、その目撃証言をした人が犯人でした〜、なんてパターンもあるかもしれないじゃないですかw」と明らかに私を試しているかのように物を言ってくる。


「いやいや、そんなことある?」と後輩に言った。

「流石にこれはないっすよね。」と少し笑みを浮かべながら私に答えてくれた。誰だって喋らない男がいれば怪しむのは当たり前である。1周回って口が付いていないのか?とも最初は思った。印象としては好青年のようには見え、尋問をするのが少し嫌になってた。私も最初は相手を丁寧に扱って、何か話してもらおうとしたが、何も言わなかった。同じくして後輩も物腰柔らかく発言をしていたが、思うように相手が話さなかったことと、自分の話し相手になってくれなかったことで、自分の感情がピークに達したのか、少し興奮気味の尋問になってしまった。止めようとはしたのだが、私は情けない先輩である。後輩の勢いに飲まれてしまい蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまっていた。そのため初回の尋問は完全に後輩の独壇場となってしまっていた。ただし、後輩のしていることも分かる。何も話さなかったら犯人と思うし、少しキレ気味になってしまうのも、仕方なかったと言えるのかもしれない。


だがここで、一つの兆しが見えてきた。容疑者の自宅の庭から凶器と思われるナイフを見つけたのだ。残念ながら指紋は拭き取られているのか、柄の部分からは何も検出はされなかった。しかし見るべきはそこではない。なぜなら刃先には被疑者の血液がたっぷり付いていたからである。ただこれには一つ疑問点があった。確かに容疑者の家の庭に落ちていたのだが、それまでには4回に渡る捜査をしていた。そのため急にナイフが出てきたようにも見えた。不可解である。まあ、この捜査で喋らない凶器も動機もない男から、凶器が見つかったということがわかった。そのため取り調べも捗るだろうと思われたが、「これでやったんだろ?」と容疑者を詰めても何も言わなかった。凶器が見つかっても何も言わないなら本格的に犯人のようには見える。彼が話すことができれば動機がわかるのになと考えながら今日の取り調べは終わった。


結局、あれからは何も成果が出ることがなく、捜査は一旦少人数編成で行われることになった。もちろん、私と後輩も編成には入っている。しかし進展がなさすぎたため、他の仕事も割り当てられてしまった。今のままでは過労死コースである。今日も容疑者の観察に他の仕事、勤務時間の緊急対応など休める暇がなかった。そのため、今も3徹の状態でフラフラになりながら業務をこなしている。すると後輩が「先輩死ぬほど顔色悪いっすね、仕事手伝いましょうか?」と問いかけてきてくれた。いつもだったら自分の仕事であるから、と断りを入れるのだが今日は徹夜で思考、判断が鈍りに鈍っていたため業務を手放し後輩に頼んでしまった。後輩は驚いて「いつもは頼まないのに今日は頼むんですね。珍しい一面が見れましたw」と茶化し気味に発言をしたが、そんな発言に構っているほど余裕がなかったので、スルーをかましたら少し悲しそうな顔をしていた。これは大人気がなかったかもしれない。後輩が私の仕事を片付けている時、後輩は私のパソコンの事件に対する詳細を見つけた。「ああ、これ口無し男のやつですか?」と聞かれて思わず笑ってしまった。「ああそうだよ、今人数が少ない分は誰かが穴を埋めないと駄目だから地道に調べてるんだよ。」と言ってやった。この前は殴りかかりそうなほどに剣幕が凄かったから、後輩は調べていないんだろうなぁと思っていた。案の定であった。「先輩は舐められてるとか思わないんですか?」と後輩が突拍子もないことを聞いてきた。確かに他の人から見れば、舐められていると取られても仕方がないような状況には陥っている、が一つ後輩にアドバイスをしてやった。「舐められてるとかじゃないんだよ。ああやって対応をすると自然に相手も同じ対応になってくるはずだから、それだけは心がけるようにはしてるんだ。あと冷静さは保たないといけないな。相手がどんな対応をしても冷静さを失ってはいけないよ。」と言った。取り調べの時の後輩に少し冷静さを持ってほしいと言う考えから言った言葉であり、責めるつもりではなかったが、後輩が少し恥ずかしそうに笑みを浮かべているように見えた。


あれから少して、ようやく犯人が喋ったのだ。ただ、どこか落ち着きがなく、何かに怯えているようでほとんど聞き取れなかったけど、経験則からくる犯人が言う言葉ランキング堂々一位獲得の「俺はやってないんです」と言う言葉だけは聞き取れた。その言葉を聞いた瞬間後輩が少し顔を顰めて今にも殴らんとするほどの気迫がこもっているようだったため、

「アンガーマネジメントだ。5秒ぐらい数えると落ち着けるぞ。」というと「それを言うなら六秒じゃないっすか?」と突っ込まれてしまい、学のなさを披露してしまった。しかし、そのおかげで後輩は正気を取り戻し、私たちは無事に取り調べを終えることができた。ただ、半分ぐらいはさっきの言葉の繰り返しで、凶器を見せても「こんなの持ってない」だの、目撃証言があると言っても「そんなの知らない」の一点張りでほぼ情報が落ちなかった。今日の取り調べを聞いていると彼は以前とは別人のようにオドオドしていて、緊張しているように見えた。話さなかった時は堂々として、私たちのことを意に介さないような感じであった。様々な可能性を巡らせていると、後輩に話しかけられていた。「やっぱり取り調べは難しいですね。今日は少し話してくれましたけど、彼ほぼほぼ否認することしかしてなかったからあまりわからないんですよね。でも、姿勢がすごく犯人のように見えたんですよね。先輩は彼が犯人だと思いますか?」


「そうだと思う。」

と後輩に力強く断言した。すると後輩は

「え?マジっすか。」と一言言うだけである。

普段であれば何か突っ込んでくる後輩も、犯人探しパートでは静かに考えているようだ。

「冷静になれば、目撃証言の話や、凶器が容疑者の庭から見つかった話や、彼が急に話せるようになった話を聞いて、おかしいと思うところが多々あったんだ。それもなんとなく説明しろと言われたらできないんだが」

と言うと「なんですかそれwけど先輩もそう考えているんですね。僕もその可能性が高いんじゃないかなと考えています。今まで色々考えて、何回も何回も取り調べてつまづいてようやく辿り着いた答えですから。僕も彼が犯人で決まりでいいと思うっす。」この会話は午後7時をちょうど回ったときだろうか。やっと私と後輩の意見も合致し、今回の犯人を追い詰めることができた。


事件は無事、解決したのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

口無し男とめいコンビ なつ @natsuodayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ