黄昏のボールパーク

元之介

第1話 野球やろう

 スパン!

 スパン!

「もうどれくらいになるんだっけ?」

 上下グリーンのジャージを着た少女が20メートルくらい離れた場所にいる少女に声を掛ける。

「どれくらいって? 何が?」

 スパン!

 スパン!

 相変わらず小気味いい音を響かせて白いボールが2人の間を行き来していた。

 河川敷である。大きな川が流れていて、その河原にある広場だ。2人がいるところは辛うじて土が見えていた、高い草のない所。

「だからあ、こんな所で2人でキャッチボール始めてからさあ」

しおりはキャッチボール嫌い?」

「嫌いなんて言ってないっしょ」

「好き?」

 今度は向こうにいる背の高い少女が栞に問いかけた。彼女も同じジャージを着ている。グリーンの上下だ。学校の体操服だった。

「好きだけどさあ」

 栞がまだ何か言いたそうに答えた。

 スパン!

「じゃあいいじゃん」

「いや、何か、飽きたって言うか・・・」

 栞はそう言うと戻って来たボールをグローブを外した両手でねる。

「栞、私とキャッチボールするの飽きちゃったの・・・?」

「・・・そう言うんじゃないよ」

「私とじゃつまらない?」

「だから、美悠紀みゆきはどうしてそうなるのかな? ネガティブというか自信なさげって言うか・・・」

 言いながら栞は捏ねていたボールを美悠紀に返す。

 スパン!

「そんなこと言ったって・・・」

 美悠紀は心配そうな顔で20メートル先の少女を見ていた。

「じゃあさ、もうちょっとこっち来て」

「え? どうしたの?」

「いいから。こっち来て」

 言われて美悠紀はボールを持ったまま近付いて行く。

「ストップ、ストップ。その辺だな」

栞が声を掛けたところで美悠紀が止まった。

 すると栞はその場にしゃがみ込むとグローブを胸の前に構えた。

「え? ど、どうしたの?」

 美悠紀は驚いたように栞を見た。

「だから、2人で立ったままキャッチボールするんじゃなくて、ピッチャーとキャッチャーでやろうよ」

栞が言う。

「私、やったことないよ」

「いいって。投げてみてよ。ここ、ここ」

 栞は大きな声を上げるとグローブの中をポンポンと叩いて、キャッチャーミットのように構えた。

 それで美悠紀は大きく腕を引くと左足を前に踏み出す。足を着くと同時に腕を振り抜いた。

 ビュン!

 バシッ!

 白い硬球は勢いよく栞のグローブに収まっていた。そうなのだ、2人は野球の公式球である固いあのボールでキャッチボールをしていた。

「すげえ!」

 栞は驚きとともにグローブの中のボールを握った。左手が熱を持って痺れたようになっている。

「ようし、もう一丁」

 帰って来たボールを握った美悠紀。今度は少し左足を上げて、右腕を大きく後ろに引き絞った。左足を着くと同時に腕を大きく振る。そしてギリギリまで握っていたボールを離した。

 パシーン!

ボールはあっという間に栞のグローブに収まった。栞は慌ててグローブを外すと左手を押さえた。

「痛い・・・」

 そして大きな声で笑い出していた。

「ハッハッハッハ、ハッハッハッハ・・・」

笑いながら栞は美悠紀に近付いた。

「美悠紀、あんた野球やったことないんだよねえ?」

 美悠紀はキョトンとした顔で栞を見ていた。栞は構わずに切り出した。

「野球、やらない!? 本格的に。甲子園目指そう!」

 だけど美悠紀には栞の言っていることが理解出来ない。

 ただ、今投げたボールが今までのキャッチボールとは全く違う気持ち良さだということは分かった。

 だから美悠紀は栞の申し出をはにかみながらも受け入れたのである。

「う、うん。野球やろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る