知らぬが仏

亥之子餅。

お告げ -其之壱-

 その青年は、夢を見た。不思議な夢だった。


 青年は果てしなく続く真っ白な空間で、ぽつんと置かれた椅子に座っていた。

 彼の目の前には、眩しく光るひとつの金色のオーブが浮いている。バレーボールほどの大きさのそれは、ふわふわと漂うように揺れて、時折雨が降る水面のように中心が波打っている。彼はそれを呆然と見つめていた。

 夢の中の思考ゆえか、あるいはその美しさが想起させる直感か、彼はそれが「神」であると確信していた。別に「神」の存在を信じていたわけではなかったが、なにか人知を超えた存在であることは疑わなかった。じっと見つめていると、次第に意識を持っていかれそうになるほど、その輝きは神秘的で綺麗だった。

 だが、「神」が僕に何の用だろうか。不思議に思いながらも、ただ光の揺らぎを眺め続けていた。


 すると不意に、オーブが一段と眩い光を放った。青年の視界を瞬く間に覆いつくす光に、彼は思わず目を瞑った。

 恐る恐る目を開けると、球形をしていたオーブが形を変え、発生する胎児のような姿になっていた。変わらず神聖な光を放ち、まるで拍動しているかのように波を刻んで揺らいでいる。どこか禍々しくも感じる見た目に、青年はそれを形容する言葉が浮かばなかった。


 そして一心に見つめることしかできない青年に、「神」は静かに語りかけた。

 まさに青天霹靂――「神」が与えた言葉は、平穏だった彼の人生のすべてを狂わせた。



【――――汝、七日後の明朝に死す――――】



 その瞬間、飛び起きるように青年は目覚めた。何度も浅い呼吸を繰り返す。跳ね続ける心臓が痛かった。

 慌てて枕元のスマホを握りしめる。時刻は深夜三時。日付は――11月10日だ。

 夢とは分かっていても、割り切ることはできない。「ああ、よかった夢か」と胸を撫で下ろすことはできなかった。だってあれほどまでに「神」であって、この言葉は「お告げ」なのだと、そう信じてしまったから。

 11月17日――突如現れた運命の日に、青年は胃からせりあがるものを押さえてトイレに駆け込んだ。


 ***


 それからの一週間、青年は怯え続けて過ごした。一日、また一日と近づいてくるXデーに、彼は堪らずカレンダーをゴミ箱に突っ込み、壁掛けの時計を処分した。

 何も信じられない、何もかもが怖い――。

 得体の知れぬ、それでいて過去に感じたことのない恐怖に押しつぶされそうになる。何度も自分の最期の瞬間を頭に浮かべては、必死に頭を掻きむしった。


 そして、六日目の深夜。

 青年は「神」に宣告された来たる日を、自宅の押し入れのなかに籠って過ごすことを決めた。

 考えうる限り、すべての「死因」を排除すべく、入念に準備を行っていた。

 物が落ちてきて頭を打っては困るから、彼は押し入れの中を空っぽにした。食中毒で死んでは困るから、六日目のうちに満腹まで食べ溜めておいた。火事が起こっては困るから、家じゅうの電気とガスを止め、隣人にもこの日は家を空けるよう頼み込んだ。


 彼の知恵と生きる意志のすべてをつぎ込んで、彼はいよいよ七日目の朝を迎えた。



 <続>

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