第21話 体育祭の結末

体育祭も終盤に差し掛かり、最後の種目であるクラス対抗リレーの時間がやってきた。校庭には興奮と緊張が入り混じる空気が漂っていた。夕暮れ時の柔らかな光が、生徒たちの熱気に満ちた表情を優しく照らしている。


太郎と花子は実行委員として、リレーの準備や進行を担当していた。二人は息を合わせて動き、バトンや順番の確認を行っていく。汗ばんだ額を腕で拭いながら、最後まで気を抜かない様子だ。


「よし、これで大丈夫そうだな」太郎が確認を終えて言う。その声には充実感が滲んでいた。


花子も頷いて「うん、みんな準備オッケーみたい」と答える。彼女の目は疲れの中にも輝きを宿していた。


その時、神崎が二人に近づいてきた。彼女の髪は少し乱れ、頬は上気していたが、それでも優しい雰囲気は変わらない。


「鳴海くん、結城さん、お疲れ様」神崎が優しく微笑む。「二人のおかげで、みんな楽しそうだよ」


「ありがとう、神崎」太郎が少し照れくさそうに答える。彼の目は自然と神崎の表情を探るように動く。「神崎も楽しめてる?」


神崎は少し考えるように目を伏せ、「うん、とても」と答えた。その表情には、何か言いたげな様子が見えた。瞳の奥に、複雑な感情が渦巻いているようだ。


「神崎、どうかした?」太郎が心配そうに尋ねる。彼の声には、無意識のうちに優しさが滲んでいた。


神崎は少し躊躇したあと、「あの...借り物競争のこと...」と言いかける。その声は、周りの喧噪にかき消されそうなほど小さかった。


しかし、その時、マイクを通した声が響き渡った。


「それでは、クラス対抗リレーを開始します!」


三人は慌てて、それぞれの持ち場に散った。太郎と花子は運営側として、神崎は応援する側として。離れ離れになりながらも、三人の間には見えない糸が張られているかのようだった。


リレーが始まり、校庭は歓声と声援で埋め尽くされる。トップを争う選手たちの姿に、観客席からは熱い声援が送られる。走者たちの必死の形相、バトンを受け取る瞬間の緊張感、そして応援する側の熱狂。すべてが一体となって、体育祭最後の熱気を作り出していた。


太郎は進行を見守りながらも、時折神崎の方を見てしまう。彼女は熱心にクラスメイトを応援している。その姿を見ていると、太郎の胸の中に温かいものが広がる。神崎の横顔、応援する彼女の声、すべてが太郎の目に鮮やかに映る。


そして、ついに最終走者がゴールテープを切る。校庭に大きな歓声が沸き起こる。


「やったー!」花子が思わず飛び跳ねる。彼女の笑顔は、まるで太陽のように明るかった。


太郎も満面の笑みを浮かべる。「みんな、本当に頑張ったな」その言葉には、実行委員としての誇りと、一人の生徒としての感動が込められていた。


閉会式が始まり、成績発表が行われる。太郎たちのクラスは3位入賞。クラスメイトたちは喜びを爆発させ、抱き合って喜んでいた。友情と団結の証が、そこにはあった。


式が終わり、生徒たちが帰り支度を始める中、太郎は神崎を探した。さっき言いかけたことが気になっていたのだ。

夕暮れの校庭に、長い影が伸びていく。


「神崎」太郎が声をかける。「さっき、何か言いかけてたよね」


神崎は少し驚いたような顔をして、「あ...うん」と小さく頷いた。彼女の表情には、言いよどむような躊躇いが見えた。


「借り物競争のこと...私、別に...」


その時、花子が駆け寄ってきた。彼女の足音が、二人の間に割って入るように響く。


「実行委員はあっちに集合だって!」花子の声には、まだ興奮が残っていた。


神崎は言葉を飲み込み、二人の間に、言葉にならない何かが漂う。


「すぐ行くよ」太郎が我に返ったように言う。「神崎、ごめん。また後で話そう」


神崎は少し寂しそうな笑顔を見せて頷いた。



二人は別々の方向に散っていく。太郎は神崎の言葉が気になりながらも、実行委員の就業場所に向かう。彼の背中には、言えなかった言葉の重みが乗っているようだった。


体育祭は終わったが、彼らの物語はまだ続く。打ち上げパーティーで、一体何が起こるのか。太郎の胸の中で、期待と不安が入り混じっていた。そして、神崎の言葉の続きを聞けなかったもやもやが、彼の心の片隅でくすぶり続けていた。


夕焼けに染まる校舎を背に、生徒たちは家路につく。しかし、太郎、花子、神崎の三人の心の中では、まだ何かが終わっていない。そして、新たな何かが始まろうとしていた。打ち上げパーティーが、彼らにどんな展開をもたらすのか。誰にもまだわからない。この日の出来事が、三人の関係に何らかの変化をもたらすのだろうか。

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