第15話 先輩の参戦

体育祭まであと3週間。夕暮れ時の学校に、まだ多くの生徒の姿が見られた。放課後の会議室に、各クラスから選ばれた実行委員たちが次々と集まってくる。窓から差し込む橙色の光が、生徒たちの期待に満ちた表情を照らしていた。


太郎と花子も、2年3組の代表として肩を並べて会議室に入る。普段は賑やかな二人だが、今日は少し緊張した様子で黙々と席に着いた。


「ねえ、太郎」花子が小声で話しかける。「私たち、ちゃんとやれるかな...」


太郎は少し困ったように頭をかく。「まあ、なんとかなるさ。二人でがんばろう」


その言葉に、花子はほっとしたように微笑んだ。


会議室がほぼ埋まったところで、3年生の男子が前に立ち、咳払いをして注目を集める。


「それでは、体育祭実行委員会を始めます」


張り詰めた空気が会議室を包む。


「まず初めに、生徒会からのお知らせです。生徒会長、お願いします」


その言葉に、美しい女子生徒が優雅に立ち上がった。長い黒髪が窓からの光を受けて輝いている。


「みなさん、こんにちは。生徒会長の東雲翔子です」


艶やかな声が会議室に響き渡る。太郎は思わずドキリとし、背筋を伸ばした。


(すごい美人...)


周りの生徒たちも、東雲の存在感に圧倒されているようだった。


「今年の体育祭も例年通り、生徒会が全面的にサポートさせていただきます」


東雲の言葉に、会場がざわめく。期待と不安が入り混じったような空気が流れる。


「具体的には、私が各クラスの準備状況を見て回り、アドバイスをさせていただきます。みなさんの頑張りを近くで見られるのを、とても楽しみにしています」


東雲が柔らかな笑みを浮かべると、会議室の空気が一変した。


「東雲先輩が!?」


歓声が上がり、多くの生徒が興奮した様子で話し合っている。しかし、その中で花子は少し眉をひそめていた。


「なんか、いきなり乗り込んでくる感じ...」


花子が小声で太郎に囁く。その目には少し警戒の色が浮かんでいた。


「まあ、生徒会長だからな...」


太郎も複雑な表情を浮かべる。確かに東雲の申し出はありがたいものの、何か企んでいるような気もして落ち着かない。


会議が進む中、東雲の視線が時折太郎たちに向けられる。なぜか、特に関心を持たれているような気がして、太郎は居心地の悪さを感じていた。自分たちのクラスに何か問題でもあるのだろうか。そんな不安が頭をよぎる。


「次に、各競技の詳細について説明します」


司会の3年生が再び前に立ち、プリントを配り始めた。太郎たちも真剣な表情でメモを取る。体育祭の成功に向けて、一つ一つの情報が重要だ。


しかし、太郎の集中力は完全ではなかった。時折、東雲の方へ視線が泳いでしまう。その度に、慌てて目を逸らす太郎。


(なんだよ、俺...集中しなきゃ)


自分を叱咤しながら、太郎は必死でメモを取り続けた。


1時間近くに及ぶ会議が終わり、生徒たちはホッとした表情で席を立ち始める。太郎と花子も、疲れた様子で荷物をまとめていた。


「ふう、長かったね」花子が伸びをしながら言う。


「ああ」太郎も同意するように頷く。「でも、なんとかやれそうな気がするよ」


二人が教室に戻ろうとしたその時。


「2年3組の代表さんよね?」


後ろから声をかけられ、二人は驚いて振り向く。そこには東雲翔子が立っていた。近くで見ると、その美しさに太郎は言葉を失いそうになる。


「は、はい」


太郎が少し緊張した様子で答える。声が上ずっているのが自分でもわかり、顔が熱くなる。


「鳴海です」「結城です」


二人が自己紹介をする。


「ありがとう。明日、あなたたちのクラスに様子を見に行くわ」


東雲が柔らかな笑みを浮かべる。その表情に、太郎はますます緊張してしまう。


「楽しみにしていてね」


そう言って去っていく東雲の後ろ姿を、太郎と花子は複雑な表情で見送った。廊下の向こうで、東雲の姿が曲がり角に消えるまで、二人は動けずにいた。


「なんか、大変なことになりそう...」


花子が小さくため息をつく。その声には、明らかな不安が含まれていた。


「ああ...」


太郎も同意するように頷く。東雲の来訪が、どんな影響を与えるのか想像もつかない。


夕暮れの校舎を歩きながら、二人は無言で教室へと向かった。廊下の窓からは、オレンジ色に染まった空が見える。


教室に戻ると、美咲が二人を待っていた。彼女の姿を見て、太郎の心臓が小さく跳ねる。


「お疲れ様。どうだった?」


美咲の優しい声に、太郎と花子の緊張が少しほぐれる。


「神崎、待っててくれたんだ。うん、まあ...」


太郎が言いよどむと、花子が口を挟む。


「ねえ美咲、明日から生徒会長が各クラスを見て回るんだって」


「えっ、そうなの?」


美咲が驚いた表情を見せる。その大きな目に、不安の色が浮かぶ。


「うん。なんか、私たちのクラスから回るみたい」


花子の言葉に、美咲は少し不安そうな顔をする。


「大丈夫かな...」


「まあ、頑張るしかないよ」


太郎が励ますように言う。でも、その声には自信がなかった。


三人は不安を抱えながらも、明日への準備を始める。教室の中に、夕陽が深い影を落としていく。


その夜、太郎はベッドに横たわりながら、明日のことを考えていた。天井を見つめる目には、期待と不安が混ざっている。


(東雲先輩か...)


脳裏に浮かぶ東雲の笑顔。そして、花子と美咲の顔。三人の顔が、頭の中でグルグルと回る。


期待と不安が入り混じる中、太郎は目を閉じた。明日から、体育祭準備は新たな局面を迎える。そして、太郎たち三人の関係にも、何かが起こるかもしれない...。


そんな予感とともに、太郎は深い眠りについたのだった。窓の外では、満月が静かに輝いている。明日は、どんな一日になるのだろうか。

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