第10話
16時。
博物館を出て、夜飾師・スタジオに向かっていた。
エマはテディベアが入った紙袋を嬉しそうに抱えている。
「どうでしたか?」
リゲルさんが訊ねて来た。
「素晴らしかったです」
「それはよかったです」
「あの選んだ日の夜空を見れるサービスは予約制ですか?」
「予約制と時間帯で区切って数日分をダイジェストで流す形の二つでいこうと思ってます」
「そうなんですか。もし良かったら博物館の資料をいただけませんか?記事に書きたいので」
「はい。お渡しします。書いてもらいたいので」
「ありがとうございます」
そうこうしている内に夜飾師・スタジオに着いた。建物の入り口には何かが包まれている風呂敷袋を持った少年が立っていた。どことなくリゲルさんに雰囲気が似ている気がする。
「アルデ、どうした?」
リゲルさんは少年に向かって言った。
少年はこちらに向かって来る。
「父ちゃん、弁当」
少年は弁当が入っている風呂敷袋をリゲルさんに突き出した。
「……ありがとう」
リゲルさんは風呂敷袋を受け取った。
どうやら、この少年はリゲルさんの息子さんのようだ。
「あ、息子のアルデです。ほら、挨拶しなさい」
「どうも」
アルデは軽く会釈した。
「よろしくお願いします、だろ」
リゲルさんはアルデに言った。
「……よろしくお願いします」
アルデは嫌そうに頭を下げた。見た感じ、10歳ぐらいだ。こう言う挨拶は恥ずかしいのだろう。
「よろしく。ジェードです。この子は娘のエマです」
「エマだよ」
「エマです、だろ」
「エマです」
エマは深々と頭を下げた。
「あのさ、父ちゃん」
アルデはモジモジしている。
「どうした?」
「……別界には、別界の夜空はいつ見に行くの?」
「……それは……また近いうちにな。ごめんな」
リゲルさんはアルデの頭を撫でながら言った。
「いつも、そればっかだ。父ちゃんなんて大っきらいだ」
アルデはリゲルの手を振りほどいた。
「……アルデ」
「いつになったら流れ星とかオーロラとか見れるんだよ。仕事、仕事ばっかり。俺の事なんて嫌いなんだろ。もういいよ」
アルデは感情に身を任せて言葉を吐いている。瞳からは涙がこぼれている。ずっと、ずっと、楽しみにしていた約束なのだろう。
「アルデ、聞いてくれ」
「いいよ。父ちゃんの話なんて聞きたくない」
この状況はよくない。親子の間に亀裂が出来てしまう。もし、亀裂が出来てしまったら当分は治らないだろう。
どうにかしないと。でも、他人の家族の問題に首を突っ込んでいいのか。
「……ジェード」
エマはどうにかしてと言わんばかりの表情で俺を見つめてきた。
俺はエマの表情を見て、決心した。どうにかすると。でも、どうすればこの状況を上手く治める事が出来る。……別界の夜空、流れ星、オーロラ。
……メモリストーンだ。メモリストーンがあればこの世界、この街でも別界の夜空や流れ星やオーロラが見れる。
「……アルデ君」
「なんだよ。おじさん」
「おじさんが流れ星やオーロラを見せてあげるよ」
「……え?別界に連れて行ってくれるの?」
アルデ君の怒りが止まった。
「ジェードさん?」
リゲルさんは困惑した顔で俺を見ている。
「違うよ。この街で、他の世界の夜空とか見せてあげるよ」
「出来ないよ。だって、まだこの世界の技術じゃ、流れ星とかオーロラは再現出来ないって父ちゃん言ってたもん」
アルデは言った。よくお父さんの仕事の事を知っている。きっと、この仕事に興味があるに違いない。
「……他の世界の技術だったら」
「他の世界の技術」
「リゲルさん。全ての責任は俺が受けます。だから、明日の夜空、俺に預けてくれませんか」
俺はリゲルさんに頭を下げた。これしか方法がないのだ。
「……でも、それは」
「お願いします」
「おねがいします」
「キーキウ」
エマとキッキも頭を下げてくれている。
「……10分だけなら」
「ありがとうございます」
「本当に見せてくれるの??じゃないよね」
アルデは訊ねて来た。
「?じゃないよ。でも、条件がある」
「……なに?」
「夜空や流れ星やオーロラが見れたら、お父さんの言う事を聞いてあげて。そして、自分の本音をお父さんに伝えるんだ。出来るかい?」
「……うん。絶対にする」
アルデは力強く言った。
「よし、それじゃ、おじさんとゆびきりげんまんだ」
「うん」
俺とアルデは小指と小指を絡ませた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲まーす。指切った。男と男の約束だ」
「うん。約束」
俺とアルデは絡ませていた小指を離した。
「アルデ君、お父さんにしないといけない事があるよね」
「……父ちゃん、ごめんなさい」
アルデはリゲルに頭を下げた。
「……いいんだ。俺も言わないといけない事がある。ごめんな」
リゲルはアルデの頭を撫でた。
「……父ちゃん」
「アルデ」
「……仕事、頑張って。俺、帰るから」
「おう。母さんに弁当ありがとうって言っててくれ」
「わかった。おじさんありがとう。エマちゃんもネックレスも」
「どういたしまして」
「キウ」
「じゃあ」
アルデは帰っていった。彼の表情はとても明るくなっていた。
「すみません。勝手な事をして」
俺はリゲルさんに頭を下げた。
「……いいえ、ありがとうございます。顔上げてください」
「……はい」
「あのままだったら、また子供と仲が悪くなっていたと思いますから。なんていうか、お互いおせっかいやきですね」
「……そうですね」
リゲルさんとは似ている部分が多いと思う。それはお互い父親だからと言う訳ではない。きっと、思考の根っこの部分が似ているのだ。
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