第39話 ニート、現実から目を逸らす
「ネイトさん、ネイトさん! お願いです、目を覚まして!」
目を覚ますと、目元を真っ赤にして泣きじゃくるエリシャの顔が眼前にあった。
「エリシャ?」
「ネイトさん? 目が覚めたんですか!? 良かった、本当に良かった……!」
「ちょ、エリシャ!?」
エリシャが泣きながら抱き着いてくる。ふいに漂ってくるいい匂いにドキッとしてしまう。
普段ならこんな大胆なことをしてくるような奴ではないのだが、それだけ心配をかけてしまったということだろう。
「悪い。迷惑かけた。すぐに仕事に戻るよ」
ただでさえスケジュールが押しているのだ。休んでいる暇はない。せっかく掘り出した素材も全てマグマに落ちてしまったからな。
「何を言ってるんですか! 死にかけたんですよ!?」
「エリシャの言う通りなのナー」
「今日くらいしっかり休め」
「大丈夫だ。俺には女神の加護があるんだ。死にや……あれ?」
体を起こそうとするが、体が動かない。
そんな俺を見て、メグミさんが言い聞かせるように言った。
「ネイト君。女神の加護も万能ではありませんわ。死にかけるまで生命力が弱っているのに、すぐに復活できると思いますか?」
「そんな、ただでさえ時間がないんだ。コナー栄養ドリンクをくれ。あれならすぐに復活できるだろ」
「お断りなのナー」
コナーは顔を顰めて栄養ドリンクの提供を拒否してきた。
ただでさえ切羽詰まっている状況だというのに、そんなことを言うものだから、俺はつい感情のままに怒鳴ってしまった。
「ふざけんな! 俺が役立たずなせいでみんなに無理させてるのに、俺だけ休むわけにはいかねぇんだよ! どうせ寿命が多少縮むくらいだろ? 上等だ! みんなのお荷物になるくらいなら、命削ってでも働いて――」
「ふざけてるのはどっちですか!」
だが、俺の怒鳴り声を上回る怒声が言葉を遮ってきた。
「ネイトさんが役立たず? お荷物? 寝言は寝て言ってください! 誰のおかげで今の女神牧場があると思ってるんですか!」
エリシャは目に涙を溜め、今まで聞いたことがない声量で俺に向かって叫んできた。
寝言は寝て言え? それはこっちの台詞である。
「誰のおかげだって? はっ、そんなの〝女神様〟のおかげに決まってるだろ」
初めて自発的に女神に様をつけて呼んだからだろうか。誰かの息を呑む音が聞こえた。
「俺は、ずっと逃げていた。学生の頃は自分の利益になりそうな奴とだけ仲良くして、甘い汁を吸っていた。両親が甘いのをいいことに働きもせず、ただのうのうと毎日を過ごしていた。俺には何もない。何も考えずに生きてきた。何も学んでいない空っぽな人間。それが俺だ」
思えば、こいつと付き合えばおいしい思いができる、なんてよくもまあ上から目線で品定めできたものだ。
自分は何も与えることができない無能な人間だったというのに。
「この島に来てからも何も変わっちゃいなかった。女神の加護をいいように自分のために使って、お前らに苦労せずに手に入れたものを使って恩を売って、今はこうして俺の目的のためにこき使っている。……本当、最低だよな」
俺がみんなにあげたものは全て偶然の産物だった。
偶然手に入った広大な土地に、偶然手に入った人智を超えた力。
それを自分の力だと驕り高ぶり、まるで自分が努力した成果を手に入れた気分になっていただけだったのだ。
「……だからダメなんだ。俺がもっと頑張らないと」
観光牧場も、収穫祭も結局は俺のやりたいことでしかないのだ。ならば、一番頑張らなければならないのは俺だ。
だというのに、俺はまるで役に立つ技能も持っていなかった。
コナーのように農作業ができるわけでもない。
エリシャのように難しい料理を作れるわけでもない。
カイジのようにいろんな発明品を作れるわけでもない。
メグミさんのように動物の面倒が見れるわけでもない。
俺にできることは、せいぜい観光協会のおっさん相手に媚びへつらってご機嫌を取ることか、疲労を感じない体を使って他のみんなの負担を少しでも減らすことだけだ。
それすらも満足にできないなんてとんだお笑い種だ。
「結局、俺は自分の力じゃ何もできないんだよ!」
そうさ、こいつらはたまたま俺に恩があって、自分がやりたいことができるからここにいるだけだ。
もっといい条件で自分のやりたいことができるなら、間違いなくそっちに行くはずだ。
「お前の力だろ……!」
帽子を叩きつけると、カイジは振り絞るように声を出す。
「俺がここで働いているのはネイト、お前の力になりたいからだ。……俺を見くびるなよ、ネイト。俺はお前が思ってるようなお人好しじゃない! ネイトに助けられたことには感謝しているが、それはただのきっかけだ! お前が思い描く未来を実現するのに協力したいと思ったから俺やみんながここにいるんだ!」
カイジはそのまま俺の胸倉を掴むと、俺の目を真っ直ぐに見据えて言い放った。
「俺が――俺達が〝お前の力〟だろうが!」
「カイジ……」
「ちっとは頭冷やせ」
胸倉から手を離すと荒々しくドアを開けてカイジは部屋から出ていった。それに続くように全員が出ていく。
部屋に一人残された俺は誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。
「……俺の力なんて今更そんな風に思えねぇよ」
ああ、そうさ。俺は頑張ってなんかいなかった。何もかもうまくいったから、気まぐれで張り切っていただけなのだ。
結局俺はニートだった頃から何も変わっていない。
叩きつけられた現実から目を逸らすように俺は布団を被り、目を瞑った。
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