第32話 ニート、シスターの言葉に戸惑う
「ま、待ってください! 私も行きます!」
牛舎から立ち去る俺を慌ててエリシャが追いかけてくる。
「なんだよ。お前だって動物達と触れ合うの楽しみにしてたろ。出荷物だって今日は俺一人で持っていける量だし、手伝いならいらん」
「そうじゃありません。私がネイトさんと一緒にいたいんです」
「は?」
唐突にエリシャが告白めいたことを言ってきたものだから、つい間抜けな声が口から漏れる。
しばらくして、自分の言ったことの意味を理解したエリシャは、顔を真っ赤にして両手をバタバタと振って先程の言葉を訂正しはじめた。
「いえ、あの、そうじゃなくて! これに深い意味はなくてですね!」
「大丈夫だよ。わかってるから」
きっと気を遣わせてしまったのだろう。
自分で優秀な人材を集めておいて、いざその優秀さを目の当たりにすると、自分の居場所を失ったように感じてしまう。俺、別にいらないじゃん、と。
柄にもなくやる気を出せば、その劣等感は一層強く感じられてしまう。
それが嫌であの場から離れたわけだが、エリシャはそんな俺を気遣ってくれたのだろう。
「俺と一緒に行動するなら仕事は手伝ってもらうぞ」
「構いませんよ。あ、そうだ!」
エリシャは何かを思いついたような表情を浮かべると、駆け足で牛舎に戻っていく。
せめて行動する前に何をするか伝えて欲しいものだ。
仕方なくその場でしばらく待っていると、牛舎とは別の馬小屋の方から灰色の馬に乗ったエリシャとメグミさんがやってきた。
「お待たせしました」
「まさか、この馬で街まで行くつもりか?」
あの暴れ馬に乗って街まで行くとは正気の沙汰とは思えない。狂気の沙汰である。
「この子もエリシャちゃんの言うことなら聞くようになったので大丈夫ですわ、ネイト君」
「つまり、俺は徒歩ってことですよね」
最悪、全力でダッシュしても疲れない体だから別にいいんだけど。
「出荷物だってこの子に乗せればネイトさんは手ぶらで大丈夫ですよ」
「……楽なのにこしたことはない、か」
こうして俺はエリシャを乗せた馬と共に街に向かって山道を下ることになったのだった。
「しかし、エリシャ。お前も馬に乗れたんだな」
「馬車は高かったんですよ。馬一頭を借りて乗る方が移動は楽ですから」
この世界に自動車という便利な移動手段は存在しない。移動は基本馬車で行うのだ。
エリシャの言っていることを日本的に言えば、タクシーに乗るより自転車をレンタルする方が安い。だから、自転車に乗れるという感覚なのだろう。
シーサイドタウンに行ったときに自転車は見かけたから、自転車は存在しているはずだ。
どうにもこの世界は女神信仰が強いせいか、動物の力や自然の力に頼ってる感じが強い。この世界の都会とか案外大したことはないのかもしれない。テレビがあるのに長距離移動手段が馬車しかないなんて、まさにその典型的な例だろう。
馬車といえば、ユイさんは遠出は馬車で腰が痛くなると言っていた。
「馬車か……カイジに揺れの少ない馬車を作ってもらうのもありだな」
あいつの技術力なら自動車のガソリンがないバージョンくらい簡単に作れそうだ。馬車が揺れる原因は整備されていない道を木製の車輪で走るからだ。
自動車の技術を取り入れた馬車を作ればもっと揺れない馬車を作ることもできるだろう。
「カイジさんって本当になんでも作れますよね」
「発明、鍛冶、設計、建築までなんでもござれだからな」
ものづくりに関してはあいつの右に出る者はいないのではないだろうか。その分、コミュニケーション能力に難ありだが、ある程度仲良くなればそれも気にならない。仕事が絡んでいるときなんて特にそうだ。
「ふふっ……」
「何がおかしいんだよ」
「ごめんなさい。笑うつもりじゃなかったんですけど、カイジさんの話をしている時のネイトさん、凄く楽しそうな顔をしていたのでつい」
エリシャはそう言うとまた笑顔を浮かべた。
そんなに俺は楽しそうにカイジの話をしていたのだろうか。誰かの凄いところを話している時なんて劣等感に顔を歪ませているものだと思っていたが。
自分の表情に戸惑っていると、エリシャはどこか嬉しそうに語り出した。
「ネイトさん。私、友人を誇りに思えるってとても大切なことだと思うんです」
「なんだよ、藪から棒に」
「ネイトさんも変わってきているってことですよ」
本当に嬉しそうにそんなことを言うものだから反応に困ってしまう。
一体、俺のどこが変わったのか。
俺が変わるとエリシャはどうして嬉しいのか。
考えても答えは出ないと思い、俺はそこで考えるのをやめた。
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