第28話 ニート、メグミの凄さを知る
普通なら死んでいてもおかしくない一撃をもらってしまったが、そこは万能の女神の加護。
クマの一撃を受けた時と同様に、俺は顔面にバスケットボールを叩き付けられた程度の痛みを感じる程度で済んだ。
要するに、すごく痛い。
「だ、大丈夫ですか、ネイトさん!」
馬に蹴り飛ばされた俺を心配してエリシャが慌てて駆け寄ってくる。
そして、俺を蹴り飛ばした灰色の馬はあろうことかメグミさんに向かって駆けだした。
「メグミさん、危ない!」
しかし、メグミさんは穏やかな表情を一変させ、その細い目を見開き両手を広げて馬の前に立ち塞がった。
「止まりなさい!」
「ブルッ!」
止まれと言われて立ち止まる暴れ馬はいない。そのまま俺と同じように馬の蹄がメグミさんを蹴り飛ばすと思った瞬間、
「それっ!」
「ヒヒーン!?」
何とメグミさんは軽々とジャンプすると、暴れ回る馬に飛び乗った。
そのままメグミさんはまったく振り落とされることなく、馬を宥め続けた。
「どうどう、もう大丈夫だからね」
「ブルル……」
メグミさんが首を撫で続けていると、馬は次第に大人しくなっていった。
「どうやら、知らない土地に来てびっくりしてしまったようですわ。もう落ち着いたので大丈夫です」
「す、すげぇ……」
「見ない顔だが、一体誰なんだ?」
「しかも超美人……」
港にいた人達は立った今目の前で起こった出来事に騒然としている。
灰色の馬に跨がるメグミさんの姿はどこか神々しく、多くの人達が目を奪われていた。
そんな呆然とする人達に向かってメグミさんは馬に跨がったまま自己紹介をした。
「申し遅れました。私は神野恵。本日より岩井寧人さんの牧場で勤務することになりました。以後お見知りおきを」
「この島に牧場なんてあったか?」
「そもそも岩井寧人って誰だ?」
メグミさんが挨拶をすると、俺の名前を把握していない島民が困惑しはじめた。俺の島内での知名度は相変わらずである。
「メグミさん、馬に乗れたんですか」
「ええ、大抵の動物には乗れますわ」
メグミさんは馬から下りながらなんでもないように俺の言葉を肯定する。やっぱりこの人、どう考えてもあの女神の推薦した人物とは思えないくらいにハイスペックだ。
「ブルルッ!」
そして、馬の方は今し方まで落ち着いていたというのに、俺の側に来た途端鼻息を荒くして俺を威嚇してきた。
「こいつ、俺に敵意むき出しなんですが……」
女神の加護があるはずなのに、何故動物が俺の言うことを聞かないのだろうか。クマだって頭を垂れるというのに。
「どうやら、この子は自我が強いから偉そうな態度の人間が嫌いみたいですわ」
「じゃあ、ネイトさんは嫌われますよね」
女神の加護を撥ね除ける程の自我を持つ馬とは一体……。競走馬のサラブレットでももうちょっと穏やかな性格をしていると思うぞ。
「こいつはうちの牧場にいつの間にか迷い込んだ野生馬でしてね。我が物顔で居座る上に手が付けられない程の暴れん坊でして……」
そんな奴をわざわざ連れてくるんじゃない。
俺や周りの人間の気持ちを感じ取ったのか、牧場主の男は慌てて弁解を始めた。
「い、いやぁ、実は新垣さんに頼まれてサプライズで馬を連れてくることになっていたんですが、何分うちもそこまでのサービスはちょっと経営的にキツくてですね」
「売り物にならない暴れ馬を処分ついでに連れてきたと」
「あ、あはは……」
あはは、じゃねぇよ。俺じゃなかったら死んでたぞ。
「しかし、あなたみたいな人がいるなら安心ですな」
「それは同感だな。メグミさんがいればそいつもおとなしくするだろう」
灰色の馬は先ほどまで暴れていたことが嘘のようにおとなしくなっている。メグミさんが付いていればそうそう暴れることもないだろう。……俺には敵意むき出しだけど。
「なあ、今回のことはゴンさんには黙っててやるからもうちょっと安くできない?」
「そ、それはちょっとー……」
「俺、死にかけたんだけどなぁ!」
「ネイトさん!」
牧場主に値引き交渉をしていると、エリシャから非難の声があがった。
「なんだよ、俺は慰謝料を請求してるだけだ」
「いえ、それはいいんです。安くしてもらうのは当然ですが、言い方というものがあります。そんな露骨な言い方したら嫌われますよ」
「あっ、そっちに怒ってたのか」
どうやらエリシャも値切ることに関しては賛成のようだった。
こっちは死にかけたのだ。
俺の世界での法律に照らし合わせて損害賠償請求すればこんなもんじゃ済まない。いくら法律が緩い世界だからといって、これは妥協できないラインだ。
「わ、わかりました! お安くさせていただきます!」
「よし、交渉成立だな」
こうして俺は牛と鶏を格安で仕入れることができた。この値段ならもっと買ってもよかったかもしれない。
「それで牧場の方はどちらにあるので?」
「あの山の頂上だ」
俺が自宅のある方を指を指すと、牧場主は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「あの山の……」
「安心しろ、運ぶ準備は出来てる」
「そ、そうですか」
俺は安堵のため息をつく牧場主に代金を支払い、新たに仕入れた動物達を連れて帰路に就く。
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