第19話 ニート、大工の息子を拾う

 誰もいない自宅へ到着すると、おかしなことに扉の前に人影が見えた。


「あっ……」


 人影は俺が帰ってきたことを確認すると、一歩踏み出し、そのまま固まってしまった。


「えっと……」


 そして、俺も固まってしまう。炭鉱夫にジョブチェンジしたとはいえ、コミュニケーション能力に無振りのままの俺は相変わらず人と会話が苦手だった。


「クダイ、カイジだ」

「あ、ああ、わかるよ。あ、教会建設のときはありがとな、それで、その……」


 家の前で待っていたのは大工のクダイさんの息子、カイジだった。


「「…………」」


 碌な会話もできず気まずい空気が流れる。ダメだ。このままではずっとここで突っ立っているはめになる。


「とりあえず、上がるか?」

「……悪い」


 久しぶりにエリシャとユイさん以外の人間と会話をすることになった俺は、無口な男カイジを家に上げることになるのだった。

 家に入るとカイジは心底不思議そうに室内を見回した。


「改築しないのか? 前にうちで注文していただろう」


 未だにボロ小屋に住んでいることに疑問を覚えたのだろう。

 俺の家は漂流してから何も変わらず、すきま風が吹き、雨漏り大歓迎のワンルームだった。


「今度牧場を建てるために金が必要で、家の改築からそっちに変えてもらったんだ」


 エリシャも出て行った今、わざわざ自宅を改築する必要はないからな。


「そうか」

「「…………」」


 どうにも会話が続かない。というよりも、俺にもカイジにも会話を広げる能力がないのだ。質問がきて答えたら終わり。相手に関心がないから、そこで会話が終わってしまいのだ。


 だが、カイジと違って俺には快適な一人暮らしを守るという義務がある。このままこいつと夜を明かすのはごめんだ。ここは俺から切り出そう。


「急にどうしたんだ?」


 わざわざ住人から嫌われているはずの俺の家に来るということは、それなりの理由があるはずだ。


「家出した」

「そういうことか」


 とどのつまりは、クダイさんのところを出ても行く宛てがないからここに来たのだろう。


「……驚かないのか」

「いや、別に驚く程のことでもないだろ」


 というより、興味がないだけである。


「しばらく泊めて欲しいんだが」

「近くに小屋があるから、そこでいいならいいぞ」


 俺の家は農作業のために建てられた家だが、近くに工具を修理するための小屋もあったはずだ。俺の使わない空間に誰が泊まろうが知ったことではない。


「……恩に着る」

「別にいいよ。エリシャの教会の件では世話になったしな」


 カイジには前にエリシャの教会建設の際に力を貸してもらった。

 あのときは、大工として忙しいクダイさんに依頼以外で頼むわけにもいかず、適当に知識のありそうなカイジを選んだのだ。


「……噂と違って優しいんだな」


 去り際にそんなことを呟いて出ていったカイジに俺は首を傾げる。

 はて、俺はそんなにカイジに対して面倒を見てあげただろうか。

 俺がしたことといえば、ただ近くの小屋を使えば? と提案しただけだ。


 それにカイジには借りもある。わざわざケチる理由もない。

 勘違いして勝手に恩義を感じている分には問題ないだろう。クダイさんと喧嘩したとか、そんなことは俺にとっては至極どうでもいい話である。

 別にカイジが近くの小屋にずっと住んでいようが、俺には関係のないことだ。


 ただ、一応エリシャにも報告しておくか。


 俺は教会の方へ向かう。そのまま中に入って、奥にあるエリシャの部屋をノックした。


「エリシャ、まだ起きてるか?」


 ノックすると、部屋の中からバタバタと慌ただしい音がして扉が開いた。


「こ、こんばんは! ネイトさんからここまで来るなんて珍しいですね」

「こんな時間には悪いな」


 しっかり者のエリシャにしては珍しく、彼女は頭にウィンプルを被っていない状態だった。普段は隠れているショートボブで切り揃えた輝くような金髪が見えていて少しドキッとする。


「こんな時間に悪いな。取り込み中だったか?」

「い、いえ、大丈夫ですよ!」


 さっきから落ち着きがないので、よくエリシャを見てみると、彼女の髪はしっとりと濡れていた。部屋の奥には湯気の出ている大きなタライが置いてあるところを見るに、どうやら入浴中だったようだ。


「あー、大した用事じゃないんだが……カイジが家出したらしくてな。しばらくうちの小屋に泊まることになった」


 カイジが家出したことを報告すると、エリシャはきょとんとした表情で目を瞬かせた。


「それを伝えにわざわざ?」

「エリシャも山の上に住んでる人間の一人だし、伝えた方がいいだろ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 何がそんなに嬉しいのか、エリシャは上機嫌でお礼を言った。


「そういうわけだから、朝食は手間になるけど二人分頼んでいいか?」

「任せてください!」

「いつも悪いな。それじゃ要件は伝えたから帰るわ。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 そういえば、エリシャがうちを出てから「おやすみ」と言うのは久しぶりかもしれない。エリシャがさっき嬉しそうにしていたのは、人恋しくなったとかそういう理由なのではないだろうか。今度はもっと夜にも会いに行った方がいいかもしれない。


 不思議と、その日はいつもよりぐっすりと眠れた気がした。

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